【宮城県】若林城

CASTLE DATA FILE.37
登城日:2024年2月17日
交通手段:仙台駅から自転車で約20分
ステータス:ー
ジャンル:単郭式 平城
遺構:土塁・堀・移築城門
復元建築:ー
スタンプ:ー
御城印:奥州王でネットから購入

仙台城・白石城と並ぶ、伊達政宗が築いた仙台藩 第3の城

先週の熊本県から今週は宮城県に移動。
桃太郎電鉄並みの移動距離です。

宮城県といえばやはり伊達政宗。
伊達政宗が築き、居城としたのは仙台城です。

江戸時代は一国一城令により、一つの藩に一つの城しか持てない時代でしたが、62万石を有した仙台藩には3つの城と21の要害がありました。

要害とは一国一城令に配慮した呼び名で、実際は軍事施設なので城と同等。

3つの城とは仙台城、白石城、そして若林城。
実は若林城は仙台の方でも知らない方が多いのです。

伊達政宗の為に1928年に築城し、伊達政宗が亡くなった1636年に廃されました。
政宗自身が細部まで指揮して築城したと言われています。

元は伊達政宗の隠居城と言われてきましたが、研究の結果で実際の執務も若林城で行ったとされています。
伊達政宗の晩年は、仙台城には年に一度行く程度だったようです。

今回は天気も良かったので、自転車で片道10kmの道のりをひたすら突き進みました。

Googleマップの上空写真。
城郭の形がハッキリと分かります。東西400m、南北350m
仙台城のイメージが強い地域ですが、仙台にも近世城郭の平城がありました。

標柱と説明板がある北側が大手門跡とされています。

城郭東側には、土塁とオレンジ色の塀が見えてきます。住宅街のど真ん中に土造りの城に相応しい高い土塁。

興味深い土塁が見えるので接近したいのですが、若林城は難攻不落の城。

近づくことさえ許されません。
現在の若林城は日本で最も難攻不落の城跡かもしれません。

若林城は現在、宮城刑務所になっています。
高い土塁の上にある高い塀は、囚人の脱走を防ぐものであり、中を覗くこともできません。

平和な江戸時代に築城された城は、400年の時を超えて難攻不落となっています。
土塁下の平場は、当時は水堀となっていました。
堀幅は25m程の上等な掘です。

土塁や門の配置から戦を意識した城とも言われています。
個人的には中世の方形居館を、グレードアップさせたような城郭だったのではないかと感じました。

土塁の高さは5mもあり、平地に突如現れる迫力ある土塁に釘付けです。

おそらく当時は白か黒の土塀が、土塁の上部に建っていたと思われます。色は違えどおそらくこのような雰囲気だったのではないかと思います。

城郭周囲は住宅に囲まれているので、雰囲気が一番味わえるのは、この南東の隅だと思います。

北西隅は土塁と下は水路となっており、水が流れています。
当時の名残りなのかは不明ですが、若林城の周りには至る所に水路がひかれています。

刑務所関係の駐車場があり、離れた場所からは城郭北側のクランクした形状を見ることができます。

城郭形状はそのまま生かされているようです。
この駐車場は当時は水堀だったと思われます。

塀を造る際に土塁の上部を削ってしまったそうです。
本来はもっと高い土塁でした。

若林城の周りの道もクランクしているので、当時の名残の可能性があります。

若林城の周りには水路が巡っています。
伊達政宗は若林城の築城と共に城下町の整備も行いました。

これまでの発掘調査で若林城の大型建築物は、仙台城の二の丸に移築されたことが判明。

全国で3番目の石高を誇る仙台藩でしたが、中世城郭を改修した城が多かったので、若林城はとても貴重な遺構なだけに残念ではあります。

これ以上、近づくことができない為に若林城の散策は終了です。

しかし、これで終わらない若林城!
城として機能していた年月が短かった幻の城でしたが、大手門が移築されています。

仙台の寺町に佇む 幻の城「若林城」の足跡

場所は仙台駅から歩いて15分程の若林区新寺にある松音寺。
この一帯はお寺の密集地であり、伊達家に所縁のある寺院が多く存在します。

こちらが松音寺の入口。
鐘撞きのお堂のような門には、鯱が上がっています。

最初はこの門が移築された城門かと思ったのですが、移築城門は敷地内にあります。

よく見ると軒丸瓦や鬼瓦に伊達家代々の家紋、三つ引両が刻まれています。
ネットで調べてもこちらの門については情報を得られず。

ほぼ方形で上部は入母屋、そして通し柱。
建築物の構造的には、櫓の2階、もしくは3階を改造したのではないかと個人的に考えています。

鯱は伊達一門の証なので、寺院らしからぬこの門が気になります。
正解は分からないのですが、ロマンを感じる建築物です。

松音寺の山門。
これこそ若林城の大手門と伝わる貴重な城門です。
仙台市の登録有形文化財に指定されています。
城門の風格を感じる大きな門です。

サイドから見た移築門。切妻の造りで、門の上部の丸瓦は三つ巴。
しかし、土塀の丸瓦は伊達家の三つ引両です。
この移築門は仙台二代藩主 伊達忠宗から拝領したと伝わっています。

伊達政宗の没後は、若林城の建築物は仙台城に移築されているので、その際に移築されたと考えても不思議ではないです。

内側からも見てみます。
控柱も梁も木の材質をしっかりと感じる三間一戸の薬医門。

門の正面には若林城門と書かれています。
仙台藩には多くの城があったにも関わらず、現存建築が皆無に近いので、本当に若林城の城門であればかなり貴重です。

若林城に行った後に瑞鳳殿に行きました。

この形式の薬医門は寺院建築でよく見られると言われるとそれまでなのですが、若林城の移築門が本物なのではないかと感じる瞬間がありました。

瑞鳳殿には伊達政宗、忠宗、綱宗の伊達家三代当主の霊屋があります。

瑞鳳殿の麓には瑞鳳寺があります。
そこには若林城の移築門と伝わる門と同じ規模、形式の山門がありました。

瑞鳳寺は仙台藩二代藩主 伊達忠宗によって造られた寺です。

使われている柱はこちらの方が太いのですが、瓜二つの門です。やはり、若林城移築門は伊達家によって造られたのではないかと個人的には思います。

やはりロマンでしかない。
若林城は大人気の武将、伊達政宗の城なのでもっと多くの方に知って貰いたいものです。

豪華絢爛で煌びやかな桃山建築 伊達政宗が静かに眠る銀ヶ峯

せっかく瑞鳳殿に来たので、こちらもご紹介。
仙台城の近くにあるので、仙台城に来たら絶対セットで観光するのをオススメします。

この地は伊達家の墓所が置かれていたので、限られた人のみが入ることができる禁足地だったようです。 
戦後に伊達家から仙台市に寄贈されました。

至る所に使用されている石垣!
これも仙台藩にとって、とても貴重な遺構です。

涅槃門は伊達政宗の霊屋の前に築造された門です。

涅槃(ねはん)とは煩悩を取り去った悟りの境地となる状態、死を意味します。

煌びやかで豪華な飾り彫刻。
麒麟、牡丹、唐獅子などを見ることができます。

拝殿は唐門でシックな黒色。

この豪華絢爛な建物が伊達政宗の霊屋となります。
桃山文化を象徴するような彫刻、金の装飾、伊達政宗らしい雅で派手な霊屋です。

70歳で生涯を終えた伊達政宗ですが、この霊屋は遺命だったので、二代藩主 忠宗によって造られました。

瑞鳳殿は昭和6年に国宝に指定されましたが、仙台空襲によって経ヶ峯墓所の全ての建築物は焼失。

その後、発掘調査で記述通り伊達政宗の遺骨が出土しました。伊達政宗の遺骨は楕円形の木製座棺に納められ、石灰を詰めていたことで遺骨の保存状態は良好だったようです。

ちなみに、遺骨から本当に伊達政宗は片目が見えていなかったことも判明しています。
建築物は昭和54年に復元されました。

焼失しても青銅製の龍瓦はかろうじで4体は焼け残っていて、保管されてきました。

この地だけ静かな時間が流れていて、とても癒されます。

続いて、二代藩主・忠宗と三代藩主・綱宗が眠る霊屋にある門。
漆塗りの上品な仕上がり。

二代藩主 伊達忠宗の霊屋は感仙殿。
伊達政宗の瑞鳳殿に比べますと、華頭窓の上部あたりがシンプルです。

感仙殿と並ぶように建てられているのが、三代藩主 伊達綱宗の霊屋で善応殿。

感仙殿と善応殿あたりは石垣も素晴らしい。
江戸時代は転封や改易、お家取り潰しで断絶した大名は多くいます。
仙台藩は藩祖 伊達政宗から幕末・明治までこの地を守り続けました。

若林城も含めて、多くの方に知って頂きたいスポットです。
最後は瑞鳳殿から自転車で15分程の仙台城に向かいます。