【東京都】江戸城(再訪)ライトアップ

2025年12月26日

今回は新しく手に入れた一眼レフの試し撮りを兼ねて江戸城に行きました。
江戸城のライトアップは見たことがなかったので、このチャンスに訪城です。

たまたまこの日は寒波が来ており、体感温度が-4°と東京でもかなり寒い日でした。しかし、大手町駅から大手門に向かうと夜の闇に照らされた大手門が現れます。

とても寒い中でも城を見ると寒さも軽減されます。
ライトアップされた大手門を見て一気にテンションが上がりました。
大手門は江戸城の正門となり、参勤交代で江戸に滞在していた大名たちはここから新年や月次で登城する際に使用しました。

築城名手として知られた藤堂高虎の設計によって造られましたが、寛永6年(1629)の工事のときに酒井忠世が分担し、左右の石垣は伊達政宗が築造しました。
大手門は櫓門が空襲によって焼失してしまいますが、1967(昭和42)年に復元されました。

続いて巽櫓(桜田二重櫓)に移動します。
さすが東京のど真ん中!高層ビルと江戸時代から残る現存の二重櫓のコラボレーションは絵になります。
二重櫓ながら、存在感のある重厚的な櫓です。

奥にはライトアップされた大手門も見えます。
江戸城の象徴的な、現存の三重櫓となる富士見櫓もライトアップされていますが、富士見櫓は外部からは木が邪魔で見えるポイントがありません。

内部にも通常は昼間でも立ち入ることができないエリアなので、なぜ富士見櫓がライトアップされているのかは謎でした。
光っているのは分かるのですが、櫓の姿を見ることはできません。ビルの上からなら見えるかもしれないですね。

続いて坂下門の方面へと移動です。
一眼レフの調子も良さげです!坂下門も通常は立ち入ることができません。
宮内庁の出入り口になっているため、セキュリティが厳重です。
坂下門は大手門と同様に、高麗門と渡櫓門からなる枡形形式の門でした。1885年(明治18年)に高麗門が撤去され、1887年(明治20年)に渡櫓門のみが角度を90度変えて建て直されました。
魔改造された門となっています。

続いて二重橋と伏見櫓が見えるスポットに移動です。
これはスマホで撮った写真。
奥に光る建築物が伏見櫓で、二重の現存櫓です。手前に見える橋は正門石橋。
ここは皇居の正門となるため立ち入ることができません。その為、水堀の外側からしか写真を撮ることができまさん。

富士見櫓は二重の櫓と平屋の多聞櫓が接続されています。

今年の1月2日に行われた一般参賀の際に見た伏見櫓。
唐破風を備えた天下の名城に相応しい格式と美しさ兼ねた櫓です。関東大震災で倒壊しましたが、解体して復元されました。

続いて桜田門の櫓門です。
江戸城に来たことがある方は分かると思いますが、とにかくこの門は大きいです!
ワタクシも最初に桜田門を見た時は、さすが江戸幕府の城だなと、その大きさに驚きました。
ライトアップで一番綺麗に見えるのは、この桜田門かなと思います。

桜田門は歩いて通過することができるので、間近で見ることができます。
桜田門の石垣。隙間なく加工された当時の最高技術で積まれた石垣になります。
この貴重な石垣を優しくナデナデしました。第三者目線で見たら、ただの変態です。

桜田門よ外側からの写真。
巨大な枡形になっており、右側は先ほどの櫓門。左側は高麗門形式となっています。
大老の井伊直弼が水戸浪士に暗殺された桜田門外の変は、まさにこの門で起きました。

続いては凱旋濠の石垣!
当時は石垣の上には建築物がありましたが、今は石垣のみが残ります。
石垣と水堀だけでも幻想的な世界を作り出しています。

水堀に浮かぶ石垣。美しい。
周りには普通に車がいっぱい走っています。今は皇居となっている為、看板も含めて江戸城という存在が薄れています。
現にワタクシも東京に来て14年が過ぎましたが、城好きになるまでは、ここが江戸城だと知りませんでした。
ほぼ毎日大手門の前を通って車で出勤していたにも関わらず、理解していませんでした。それだけ、街の中に江戸城というワードが少ないとも言えます。

再び大手町駅方面へ戻ります。
今度は堀沿いを歩きます。そして、馬場先濠の石垣。どこまでも続く石垣。

次は和田倉門の石垣です。
奥に見える橋は、当時架けられていた木橋をモデルにして再建されました。
背景の高層建築も映えます。
あまりにも寒くて、手がかじかんでしまったので、本来は和田倉門の橋も渡って写真を撮りたかったのですが、今日はここで断念。
それでも、夜の江戸城は昼間とは異なるテイストがあり十分満足できるものでした。

今週の日曜日から山梨遠征を決行するため、一眼レフを試したかったというのもありました。