江戸城@東京都

CASTLE DATA FILE.07
登城日:2023年9月18日
交通手段:東京メトロ「東西線」大手町駅から徒歩10分
ステータス:日本100名城・国指定特別史跡
ジャンル:平山城
遺構:櫓、門、石垣、土塁、堀
スタンプ:和田倉休憩場で押印
御城印:ー

江戸幕府の本拠で、東京の礎を築いた巨大城郭!

東京に住んでいる方でも、江戸城ってどこ?っていう人が多いのです。
ワタクシも実は同じでした。東京に来て13年間、江戸城がどこにあるか分かっていませんでした。

江戸城は今でもしっかりと残っています。まさに現在の皇居が江戸城です。
日本の中枢、千代田区のど真ん中が江戸城です。江戸幕府が260年間、政治の中心として拠点にしたのが江戸城です。

各お城の大きさが
姫路城23ha、名古屋城35ha、仙台城44ha、大阪城106haと数字で見て取れる通り、大阪城も巨大城郭です。
しかし、江戸城はなんと規格外の230ha!大阪城の倍以上の広さを誇ります。

具体的な数字で見てみると、よりリアルに伝わります。
千代田区と中央区の全域+港区の一部が江戸城の大きさになります。
そんな江戸城に今日は初入城します!

本日は大手町駅で降りて、大手門から入城することにしました。

堀外から見た大手門。
巨大な枡形の形が分かります。現在、江戸城は皇居なのでセキュリティも万全です。

朝9時に到着。持ち物検査を受けてから入城します。

外から見た大手門と石垣。
大手門の石垣の修復は伊達政宗が担当したようですね。

こんなに立派な門が江戸城にはあります。
切込接の石垣も見事です。

以前、この大手門の前を通勤でほぼ毎日通っていましたが、ここが江戸城の入口だと全く気づきませんでした。
知らないって怖い。世の中、実は見落としていることがたくさんあるのではないかと、自分の人生が不安になります。

日本の中枢、東京千代田区のロケーションに溶け込む歴史的建築物。

この大手門が江戸城の正門になります。
築城は藤堂高虎。その後、1620年に伊達政宗や酒井忠世らが修復して現在の形の枡形になったとか。
江戸城の大手門の大工事となれば名誉ですが、人員と資金も膨大でした。

ちなみに、大手門は空襲で焼失。現在の大手門は昭和42年に復元されました。

同心番所。
大手門を通過した人を監視する江戸時代の検問所です。

これは江戸時代後期の現存建物で、修理復元されて残っています。

同心番所の前を通り、本丸大手門(大手三の門)の渡櫓門石垣の間を抜けると、長さ50メートルを超える百人番所が見えてきます。

こちらも江戸時代からの現存です。
同心100人が配置され、昼夜を問わず警護に当たっていたそうです。

 百人番所の前には中ノ門跡があり、石垣のみが残ります。
当時は大手門のように巨大な櫓門がありました。隙間なく積まれた切込接の石垣は必見です。

中ノ門を抜けると坂になっており、その途中に中雀門がありました。
こちらも石垣のみが残ります。

続いて、江戸城の天守台。
天守は残念ながら江戸時代の明暦の大火によって焼失。
天守の再建よりも城下町の再建を優先した為、加賀藩によって石垣工事は完了したものの江戸城に天守閣が建つことはありませんでした。

石垣のみしか残っていませんが、かなりの迫力です。
天守台の高さは13.8m。

当時、最高クラスの石垣技術が持ち込まれました。

天守台からの景色。東京らしく高層ビルに囲まれていますが、皇居一帯は緑豊かな空間が広がります。

城内には江戸城の模型があります。形は名古屋城に近いでしょうか

天守の大きさは44.8m。石垣と合わせると58.6mの巨大建築物を建造する構想でした。
ビルであれば20階相当です。

絵図の設計図も残っています。
復元しないかな。と、つい考えてしまいます。誰だって58mの巨大な天守を見てみたいですよね。しかも、この大都市東京のど真ん中に。

想像しただけでワクワクします。

東御苑の隅には櫓が見えます。
富士見櫓です。江戸城天守焼失後の代用天守とされてきたようです。現存の貴重な三重櫓で、櫓でありながら他城の天守に匹敵するほどの大きさ。

残念ながらこちらのショットは裏側。ネットで出てくる写真は、皇居の一般参賀か天皇誕生日などの特別な日しか見ることができないそうです。

それは次回の楽しみにしたいと思います。

東皇居を出て桜田門の方向へ向かいます。
堀の角には桜田巽櫓があります。ちなみに、二重櫓としては日本最大の大きさです。

こちらも現存。奥には桔梗門。
さらに奥には富士見櫓も少し見えます。3つの建造物が見えるこの場所は、江戸城でも良き撮影スポットです。

桔梗門は内桜田門とも呼ばれていました。
江戸城の本丸に繋がる重要な門でした。普段は通ることができず、一般参賀などの行事の時に退城時の門となります。

桔梗門の先には坂下門があります。

明治に入り、西の丸に皇居が移るとその重要な入口のひとつとして使われ、1885年に高麗門が撤去され、1887年に渡櫓門のみが角度を90度変えて建て直されました。

今は宮内庁の出入口の門となっているので、一般人は通行ができず、セキュリティが強化されています。

個人的にはこちらも良いショット!
二重橋と伏見櫓、そして石垣。手前が正門石橋。奥が正門鉄橋。
二重橋とは正門鉄橋を指します。
二重橋は当時は木造で、壕が深かったので土台となる丸太の上に橋を重ねて設計したので二重橋らしい。

奥の伏見櫓は京都の伏見城から移築と言われていますが史実は不明。残念ながらこちらも近くで見ることができないので、このスポットがベストかなと思います。

皇居正門も一般参賀などの行事の時に開く門です。
江戸時代は西の丸大手門と呼ばれました。

もともとはこの渡櫓門のすぐ前に高麗門がありましたが、1888年(明治21年)の宮殿造営の際に高麗門は撤去され、翌年には名称も改められました。

江戸時代から残る貴重な門です。

二重橋を堀沿いに通り越した先には桜田門。
こちらも、かなり巨大な門です。

近くで見ると大きさ、迫力共に他の城で見る門と桁違いです。
関東大震災で被害を受けるも復元。国の重要文化財です。

使われている木材、組み方見ても大迫力。

桜田門の中は枡形になっています。

今回は内側から入ってきましたが、桜田門から入ると、これが正面になります。
ここで有名な桜田門外の変が起きます。

石垣も大きめの石が芸術的に積まれており、江戸城にとって重要な門だったと伺えます。

桜田門付近は皇居ランナーが大勢います。人が映らないように写真を撮るだけでも大変です。

江戸城にはまだまだ多くの門が残っています。
流石に巨大な敷地な為、全てを回るのは厳しいですね。桜田門から再び大手町駅まで戻った時点で2万歩でした。

少しずつ攻略していきたいです。
今は既に都会の中に溶け込んだ石垣もあったりするようなので、それもまた別日で楽しみたいと思います。