【東京都】深大寺城

CASTLE DATA FILE.95
登城日:2026年2月3日
交通手段:自転車(新宿から約15km 1時間)
ステータス:国指定史跡
ジャンル:平城
遺構:曲輪・土塁・堀
スタンプ:「嵐山史跡の博物館」で押印
御城印:「嵐山史跡の博物館」で購入

中世戦国時代の貴重な城が都心近くに残っている!

節分の日、以前から行こう行こうと考えていた東京都調布市の深大寺城にやっと訪城しました。

都心から近いこともあり、東京の人気スポットになっている深大寺の近くには、扇谷上杉氏の深大寺城がありました。

築城年など詳細は不明な部分がありますが、扇谷上杉氏と山内上杉氏の抗争の中で、扇谷上杉氏の主要拠点を結ぶ役割を果たしたと考えられています。自宅からは片道15kmの距離ですが、天気も良かったので自転車で行ってみました。

ワタクシの愛車。
一眼レフと望遠レンズを入れた重たいリュックを背負って走っているので、途中で休憩しながら向かいます。

約1時間くらいで深大寺城の付近にやってきました。奥に見える森が深大寺城です。
天然の谷のようになっています。

深大寺城の周りは神代植物公園となっており、立派な一眼レフで植物の写真を撮っている方を、多く見かけました。
その中で、おそらく一眼レフで城を撮っているのは自分だけだったと確信しています。

左側が深大寺城。谷のようになっている神代植物園は幅90mの湿地帯となっており、当時も天然の水濠のようになっていたと思われます。

麓には小川も流れています。

正直、深大寺城に関しては平場のファミリー向けの公園のイメージを持っていたのですが、神代植物園に面している東側は、特に城郭の雰囲気が凄く出ています。

神代植物園から小川に架かる橋を渡ると、深大寺城となります。

後世に造られたような道ですが階段を登って1郭を目指します。
斜面が急で容易に上がれないようになっています。

坂を案内板に沿って上がっていきます。

1郭に入ると深大寺城の説明板と石碑があります。

扇谷上杉氏の守りの要だった深大寺城は、北条氏が関東で勢力を拡大したことで、北条氏に対抗する城として上杉朝定によって再築され、より強固な城になりました。

1郭・2郭・3郭で構成されている深大寺城ですが、1郭は小さめな曲輪となります。
曲輪の中間部に仕切りの土塁を確認する事ができました。

曲輪を土塁で囲んでおり、東面は急斜面の崖になっています。

1郭全体が土塁で囲まれている中で、南側に土塁が途切れています。

1郭の東側の下には腰郭が展開されているので、腰郭に繋がる虎口、もしくは竪堀の可能性があります。しかし、立ち入る事ができないため確認はできず。

場所によっては背丈を超える高い土塁になっていますが、草木が多く遺構保存のため近くに寄ることができないので、写真はあまり上手に撮ることができませんでした。

深大寺城 最大の見どころスポット!

深大寺城の見どころポイント、1郭と2郭を繋ぐ土橋と虎口。

虎口と土塁。
土橋は舗装されていますが、しっかりと形を残しています。実際はもう少し土橋の幅が狭いのですが、遺構を保存するために履土をして埋没を防いでいます。

土橋から見た左側の横堀と土塁。
この横堀は東側の斜面へと落ちているように思います。

反対側からも横堀から土橋を見てみます。
当時の堀底はもっと深く傾斜の角度も急勾配だったと考えられます。

土橋から見た右側の横堀と土塁。
こちらの横堀はぐるっと1郭を取り囲んでいます。空堀と土塁も保存のために、土塁に覆土をして堀底にも土を盛っています。

土塁から見た土橋。

横堀と土塁。これだけの立派な遺構を都心から近い場所で見れるのは、ある意味奇跡といえるのではないでしょうか。

城内にある説明看板より。

1郭の形状に沿って土塁と横堀が続いています。

コーナー部。
想像していたより遺構が残っており、かなり楽しめる城跡です。

2郭から見た1郭の虎口。
左側の柵には蕎麦が植えられており、春と秋に蕎麦の花が綺麗に咲くようです。
これも蕎麦が名物の深大寺らしい、他の城では決して見ることのできない光景。

2郭には発掘調査によって出土した建物跡に、レプリカが埋められています。

当然、戦国時代の城なので礎石を使った巨大建築物ではなく、柱を埋め込んだ掘立の建築物ですが、2郭だけで9棟の建物群の跡が発見されています。

深大寺城がとても貴重とされているのは、まさに発掘調査の賜物で、建物側から出土した遺物で陶磁器などが出土しているのですが、15世紀から16世紀前半の物ばかりで、16世紀後半の遺物は出土しなかったようです。
この調査によって、北条氏がこの地を支配下に置いた後も手を加えることなく廃城したことが判明。

タイムカプセルに入れられたかのように、扇谷上杉氏の時代の城郭遺構がそのまま残っています。
中世城郭は後世の時代に改修や再築されることが多いので、この時代の遺構はとても貴重。深大寺城は今では国の指定史跡になっています。

2郭南側の土塁。

とても綺麗に整備されていています。この土塁を境界線として周りは住宅など開発されているので、遺構を残して頂いたことに感謝です。

2郭南側には虎口の跡が残ります。

虎口の先には現在、建物が立っておりフェンスで囲まれています。
今の建物の辺りには馬出の平坦部があったと調査で判明しています。

L字の土塁。この土塁の奥には3郭がありましたが、住宅とテニスコートになっており、遺構は消滅しています。

2郭の西側は二重の土塁になっています。
南側からL字で曲がった土塁は途中で止まり、部分的に空堀のようになっています。不思議な造りをしています。

広場から見た二重の土塁。
発掘調査に基づいて復元もしていると思われますが、よく遺構が綺麗に残っています、
深大寺城は備えとして築城、再築されていますが、最終的には戦うことなく廃城となった城です。それ故にそのまま遺構が残っているとも考えられます。

2郭にワタクシの背丈より高いススキが生えていたので、何となく写真に納めてみました。

2郭から一度、城外に出て腰曲輪に向かいます。

1郭の東(神代植物園)側に腰曲輪は展開されており、細い道の先にあります。

腰郭にはベンチが設置されており、休憩できるスペースになっています。
特に何かあるわけではないのですが、注目するのは左側の斜面。急な勾配な斜面の上には1郭。

北側と西側は空堀と土塁で2郭→3郭と防御を敷いていますが、東側は湿地帯と急な斜面を背後にすることで防備しているので、東側の1郭を守るこの腰郭は割と重要だったのかなと思います。

腰郭から神代植物園に戻ります。
急な階段を降りると、右側の森の中に何となく竪堀のような落ち込みも見えたのですが、階段以外は立ち入りができないので、確認することはできず。
しかし、遺構を探しながら歩くのが何よりも戦国期城郭の楽しさです。

東側がいかに急な斜面で守られているのか、階段の斜度を見て頂ければ伝わると思います。

深大寺城は併せて観光できるのも魅力

深大寺城に来たら併せて行きたいのが当然 深大寺!
深大寺城からは歩いて5分ほど。山門は茅葺屋根で趣があります。参道も風情があって良き。

本日は節分だったので、多くの人が豆まきに集まっていました。

横から見た唐門。城郭建築のベースは寺院建築にあります。
深大寺は奈良時代の755年に開山したと伝わります。ちなみに東京都では浅草寺に次ぐ歴史を持った寺。

深大寺城は1537年頃に扇谷上杉氏によって築城されたと推測されているので、深大寺城より遥か前からこの地を見守り続けています。

深大寺蕎麦は東京の名物。20軒の蕎麦屋が軒を連ねる

そして深大寺に来たら、深大寺そばを外すわけにはいきません。
山門の前にある門前さんで13時頃に1人ランチ。

食事は旅の楽しみの一つ。

三代将軍 徳川家光公が鷹狩りの際に深大寺に立ち寄って蕎麦を食べ、褒めたという逸話も残ります。
城だけでなく歴史も食も楽しめる深大寺城に是非足を運んでみてください。