【長野県】松本城

CASTLE DATA FILE.31
登城日:2024年1月2日
交通手段:長野自動車道「松本IC」から10分
ステータス:日本100名城・国指定史跡
ジャンル:梯郭輪郭複合式 平城
遺構:天守・石垣・土塁・堀・二の丸土蔵
復元建築:黒門・太鼓門
スタンプ:松本城管理事務所で押印
御城印:松本城管理事務所で購入

雄大な北アルプスを望む 漆黒の国宝 大天守。

新年の始まりは小諸城から始まり、続いて松本城にやってきました。
城好きなら誰もが知っている聖地のような城です。

松本城は現存12天守のひとつ。現存12天守とは江戸時代より前に作られた天守。
天守があった城は全国で170城程と言われています。
その中で現存している天守は12城しか残っていないのです。
有名な大阪城や名古屋城は復元なのでこの現存天守には該当しません。

一国一城令、戊辰戦争、廃城令、第二次世界大戦。
いくつもの出来事によって、日本の城は姿を消してしまいました。
松本城がいかに貴重な城かお分かり頂けると思います。

松本城へは松本駅から一番近い、黒門側から入城します。

日本全国に2万から3万の城があったと言われていますが、その中で国宝は5城のみです。
姫路城、犬山城、彦根城、松江城、そして松本城です。

橋からはとても美しい松本城の天守群と水堀が見えてきます。
この堀の水は湧き水。背景にも映る北アルプスなど、山々に囲まれた松本城は豊富な水が湧き出ているようです。

本丸入口の高麗門形式のニの門を進むとチケット売り場があります。

チケット売り場は大きな枡形になっていて、巨大な一の門が行く手を阻みます。
門の形状は渡櫓門。
復元の門ですが、こちらの一の門は設計図が残っていなかったので名古屋城を参考にして復元されました。

新年なので装飾されています。

黒門を抜けると本丸御殿跡に出ます。
本丸御殿跡内に管理事務所があり、御城印を購入することができます。

そして、奥には巨大な高層天守群!

松本城は乾小天守、渡櫓、大天守、辰巳櫓、月見櫓の五つの建築物で構成された連立式天守です。
ちなみに、この五つの建築物全てが国宝に指定されています。

黒光りした黒漆塗りの下見板。
漆喰は湿気や水に弱いため、湿気が多い地域や雪が多い地域では建築物を保護するために使われました。

白漆喰の純白な城も素敵ですが、黒の城も威圧感があってカッコいい!

小さな穴は鉄砲狭間、縦細の穴は弓狭間。
敵が攻めてきた際、鉄砲と弓で入り口は防御体制が敷かれています。
松本城の天守群には狭間が115箇所も設けられています。

当然、角には石落としも設置されています。
石垣は自然石を使った野面積み。

右側が乾小天守、左側が大天守。その二つを繋ぐのが渡櫓。
渡櫓の下が入り口となっています。

松本城の大天守は五層六階。

天守の高さは29.4m、重量1000tもあるようで、昭和の大改修の前には土台の支持柱が腐食して自重に耐えきれず、天守は傾いていました。
そこから改修して元の姿に戻した技術は見事です。

大天守と小天守の間から天守内部に入城します。
凄い威圧感のある入口。

松本城では四階が一番急な階段で最大斜度61度。
階段中央に上りと下りを分離する手すりが無いので、狭い階段を行き交うのが恐怖でした。

ニ階には火縄銃などの展示物が多く展示されています。
天守に城主が住んでいると思われがちですが、城主は本丸などの御殿に住んでいました。

城に立てこもって戦う最後の戦法で。最後の砦が天守の役割でした。
通常は武器庫として活用されていました。

二階から見た乾小天守と渡櫓。天守群を目の前で見れるベストポイント。

やはり現存天守の内部は当時の技術を見ることができて魅力的です。
松本城ほどの木造高層建築物を維持していくのは、想像を超えて大変なことです。

内側から見た破風。間近で見ることができます。
破風があることで城は華麗になり、威厳がでます。

最上階の天井。桔木構造という技術。

梁が井形に組まれています。
屋根の先端まで伸びる桔木を挟み込んでテコの原理を利用し、重たい瓦屋根の先端が下がらないように工夫されています。

寺院で使われる技術を採用したようです。

天守から見た広大な水堀。
堀幅は最大60m!これは当時の鉄砲が天守に届かない距離を計算して設計されました。

ちなみに天守内には70m届く鉄砲があったため、天守内からでも敵を攻撃出来たそうです。 
こんなに美しい城ですが、あくまで城は軍事施設。

天守から見た本丸御殿跡。
広場には830坪の御殿が建っていました。藩の政庁で城主の居館もありましたが、1727年に火事で焼失しました。
以降、政庁と城主の居館は二の丸に移されました。

天守から見た松本市街。

大天守→辰巳櫓→月見櫓と連結しています。
突き出した建築物は月見櫓。
乾小天守、大天守、渡櫓は1593年に築城。辰巳櫓、月見櫓は1634年に増築。

戦国時代から平和な江戸時代へと移りゆく時代を見て取ることができます。
月見櫓は名前の通り、お月見をするための建築物なので、平和の象徴と言われています。

下から見た月見櫓。
軍事施設の大天守と、優雅な月見櫓が連立して迫力がすごい!

本丸跡からの一枚。
夕暮れ時の太陽が映し出す、山々と天守のシルエット。
後ろにはビルも何も無いので、この景色は約400年前と何も変わらないはず。

松本城の東側には太鼓門があります。

枡形となっており防御力を高めています。
江戸時代は倉庫として使われていました。

太鼓門の鏡柱の脇には巨大な石垣が目を惹きます。
玄藩石と呼ばれていて22.5tもあるそうです。
よく城門の脇に大きな石が置かれています。

明治に破却されましたが、平成4年に石垣を復元。平成11年には太鼓門が復元されました。
現在は耐震対策工事中。

この立派な太鼓門を復元するために、発掘調査と復元作業で8年の歳月を要しました。

失うのは一瞬ですが、失われた歴史的建築物を復元するには大きな時間と予算が必要です。
それを実行している行政は素晴らしい。
行政の力なくして復元はあり得ません。

太鼓門を抜けると二の丸跡があります。
部屋数50室、建坪600坪

本丸御殿が焼失後に政務を行った場所で、廃城令後も県庁として使用されていましたが、残念ながら明治9年に焼失してしまいました。

二の丸御殿の絵図。

帰りは入城した南側から帰ります。
黒門の裏側。

観光客が多い松本城は、人が映らないように写真を撮るのが本当に難しいのですが、閉城間際だった為に、最後に良い写真が撮れました。

一の門。
門の色調から黒門と呼ばれていました。

二の門と、塀。
本丸御殿に直結した門だったので、格式の高さを感じます。

堀から見た二の門と天守。
ここからは内堀から見た、夕暮れの美しい天守を掲載

白鳥と天守

夕暮れ時なので、赤みを帯びた天守。

大天守と乾小天守

埋橋と天守
見る角度によって、四季折々で全く違う顔を見せてくれる松本城。どこを撮っても絵になります。

江戸時代の終わりと共に、侍の時代が終わり城は不要なものとなりました。
廃藩置県によって全国の城郭は売り払われたり取り壊され、松本城も門や櫓が壊されました。

天守は現代のお金で2350万円ほどで個人に売却されました。
東京の新築一軒家の半分程の金額!

個人に売却された城の末路は、ほぼ壊さたようです。大きな建築物は維持するのも大変です。

みすみす壊される松本城を憂い募金などを募り、買い戻しに成功したことで松本城の天守は売却と破却を免れ現在まで残り続けています。

市民の力で守った城は、今では国の宝としてこれからも保存されていきます。
また、季節を変えて来たいと思います。

松本城から激近の「和食処たかぎ」さんで食事。
信州そばのお店!

ざるそば880円。
超細切りの信州そば。

鰻丼セットは驚きの1600円。
創業140年以上の超老舗は値段も安く大満足でした。