【埼玉県】小倉城(おぐらじょう)

CASTLE DATA FILE.100
登城日:2026年2月22日
交通手段:東武東上線「武蔵嵐山駅」下車→レンタサイクル 約20分
ステータス:国指定史跡
ジャンル:連郭式 山城
遺構:土塁・石垣・曲輪・空堀
御城印:JR八高線「明覚駅」隣の観光協会で購入

戦国期のオーラが全開。関東圏では稀有な石積みの城

2026年になり、杉山城・菅谷館・武蔵松山城を攻略。比企城館群 最後の城となる小倉城に初訪城です。

小倉城は築城年や築城者など、まだ謎が多い城です。しかし、戦国時代に重要な役割を果たした城であり、城主は小田原北条氏の家臣遠山氏、もしくは同じく小田原北条氏の家臣上田氏と言われています。

1月に杉山城と菅谷館に行った際に、武蔵嵐山駅の嵐なびで自転車をレンタルして周りました。
今回も自転車を1日レンタル。武蔵嵐山駅からは約20分くらいで到着できますが、行きは迷ったこともあり40分ほど要しました。

安定の重忠号!電動自転車が1日1000円なので、お得です!
写真は続日本100名城 菅谷館の虎口跡での一枚!

先月に攻略したばかりですが、今回も小倉城を攻略した帰りに寄って、30枚くらい写真を撮りました。

不思議なもので、前回 完璧に周り切ったと思ったのに、改めて行くと新たな発見があります。
見る視点、見る角度、見る季節などで、城の見え方が全く変わります。
何度行っても楽しめます。

Googleマップを見ながら行くと、砂利の山道を指定されました。
ママチャリなので、不安を抱きながらナビ通りに進みます。

並行して流れる川は槻川。とても美しい光景に癒されます。

ここは埼玉県を代表する景勝地の嵐山渓谷。
歌人 与謝野晶子が歌を詠んだ場所でもあります。

予定よりも時間が掛かりましたが、何とか小倉城の登城口に到着できました。
小倉城の標高は137m。山道を登るので、動きやすい靴をオススメします。

小倉城には幾つか登城ルートがありますが、大福寺の脇から入城するのが一番スムーズです。
パンフレットも置いてあるので、見ながら登城した方が断然楽しめます。

小倉城は主に郭1と郭2を守るように、北郭群と郭3〜5が展開。そして、至る箇所に腰郭が配備され防御力を高めています。

かなり急な勾配の登城路。
見上げると上部には小倉城の郭群が広がります。谷になっており強烈な威圧感と圧迫感があります。
これぞ戦国の城。

ワタクシ以外にも何名が登城している方とすれ違いましたが、この景色には皆さん圧倒されていました。

登城路の小さな平場に脇に佇む石の祠。
この場所は熊野神社の跡で、現在は近くにある日枝神社に合祠されました。

熊野神社は江戸時代に江戸幕府より朱印状を得ていた神社だったそうです。
麓にある大福寺が別当として、当たっていました。

熊野神社跡を真っ直ぐ進むとT字路になり、右は郭1方面、左は郭3へと繋がります。
まずは郭1方面に行くと空堀が現れます。

上から見た空堀。
左側は崖になっているので、傾斜のついた土橋のようになっています。

空堀沿いに登ると小さな平場が現れます。
左側の高い場所は郭1となり主郭部になるので、馬出のような機能を持った腰曲輪かなと考えます。

腰曲輪には石積みを確認できます。
小倉城の特徴は、関東では珍しい石積みを多用している点です。
この山で取れる緑泥片岩を薄く長方形に加工し、丁寧に積み上げられています。

規制線が張られているので、このアングルからしか見えないのですが、斜面側は高さ3.5mもあるようです。
腰曲輪を進むと北郭群方面と郭1方面に分かれますが、北郭群方面から攻略していきます。

北郭群と主郭方面を遮断しているのが枡形虎口。
岩盤を掘削した虎口で、門の設置が想定されています。

枡形虎口に残る石積み。

枡形虎口中からの写真。奥に高くなっている曲輪が郭1となります。

同じ角度からのショット!
掲示板にQRコードがあり、発掘調査時の360度ビューを見ることができます。

石積みも確認できますが、遺構保存のために現在は埋め戻されています。

下から見た枡形虎口。
この窪んだ箇所に門があったと想定されています。
90度折れ曲がって、さらに90度折れ曲がる喰違いになっており、戦国期のオーラを感じることができます。

北郭群の登城路は山の尾根沿いに造られており片側は崖。もう片側は深い谷で、天然の要害で守られています。

北郭群の最大の見どころは二重堀切!!
パンフレットに記載があったので北郭群を周っていたのですが、最初は見つけられずに通り過ぎてしまいました。
藪の中に隠れており、草木をかき分けてついに発見!

発見した時は本当に感動しました!かなり大きな堀切です!

二重堀切の中間部からのショット。
草が多くて分かりずらいですが、かなり高低差があります。

郭2と郭4を分断する大堀切が小倉城最大の堀切とされていますが、北郭群の二重堀切の方がダイナミックです。

二重堀切の近くには土橋のような箇所があります。
この辺りは複雑な形状をしているので、これが土橋かは不明ですが左側が竪堀のように見えました。

来た道を戻り郭1に向かいます。
先ほど見た枡形虎口を抜けると道が分岐しており、左側が最初に通ってきた腰郭。右の道を上ると郭1となります。

スロープを登ると90度折れ曲がり、郭1北虎口となります。

郭1北虎口も発掘調査で門と思われる跡が発見されています。

この虎口にも石積みがあり、2期以上の造り替えがあったことも判明しています。
改めて発掘調査の尊さ、凄さを感じます。遺構は大切に地中に埋められています。

虎口脇の土塁は展望スポットになっており、木のベンチもあります。

小倉城は外秩父の山地帯と関東平野の境界にあり、大きく蛇行を繰り返す槻川と山地の自然地形を生かした天然の要害にあります。

ここでコンビニで買っておいた おにぎりを食べてエネルギーをチャージ。
山城に行く時は必ず おにぎりを持っていき、主郭で味わうのがルーティーンです。

郭1からは、同じ比企城館群の菅谷館と松山城の方面を一望でき、城同士のネットワークを見ることができます。
小田原征伐で豊臣軍と激突した北条軍。
北条方の小倉城は、前田利家・上杉景勝を中心とした北国軍に攻められ、落城してしまいます。

郭1は全体が高い土塁で囲まれています。
この土塁の保存状態は素晴らしい。

郭1は小倉城で一番広い曲輪で二段になっています。小倉城で一番高い場所に位置しています。
郭1からは4棟の建築物の跡が発掘調査で発見されています。

土器や硯、碁石といった生活用品も出土しているので、守りの要であり生活の場であったと考えられます。
遺物は15世紀末~16世紀後半の生活道具なので、戦国時代の城だと結論づきました。

郭1には先ほど入城した北虎口を合わせて3つの虎口があります。

郭1東虎口は郭3に繋がる虎口になります。

土塁をくり抜いて虎口となっています。
郭1の土塁の高さを実感できます。

郭1東虎口の両脇の土塁は見上げるほどの高さ。

東虎口も石積み仕様になっています。
攻めてくる敵への威圧などの意図があったのでしょうか。

郭1の土塁から見た郭2方面。
郭1が高い場所にあり、攻めてくる敵を狙うことができます。

続いて、郭2と接続されている南虎口。

南虎口では発掘調査で側面部の石積みと、階段と思われる三段の雛壇城の石垣が地中から発見されています。
近くにある鉢形城にも同じ遺構が発見されているので、同じ北条氏の城として技術の共有があったのでしょうか。

南虎口を下からも見てみます。
南虎口も北虎口と同じく、スロープを登り90度折れ曲がって虎口となっています。

郭2から見た郭1への通路。
右側が郭1。左側は切り立った崖のようになっています。

郭1が高いので、よじ登るのは不可能かなと思います。
そして、極度にスリム化された道は大群で押し寄せることを阻止します。

郭2は細長い曲輪となっており、木が切られて整備されています。南側先端部が突き出しているのが確認できます。

先端部だけ立ち入り禁止となっているため、発掘調査をしているのでしょうか。郭2も土塁で囲まれています。

郭2から見た郭1。
郭1がかなり高くなっているのが分かります。
堀切のように分断され、堀底は通路となっており、郭4方面と郭5方面へと繋がります。

右側が郭1で、左側が郭2。堀切で分断し通路となっています。

郭2下の東側には腰郭が展開されており、この道の先に郭4があります。
中間部が不自然にキュッと絞り込んで道が狭くなっています。

絞り込まれた箇所は草木が生い茂っていますが、竪堀になっているように見えました。
さらに進んで郭4を目指します。

郭2と郭4を分断する大堀切。
説明書きでは小倉城で一番大きな堀切となります。

右側が郭2。左側は郭4で高めの立派な土塁を見ることができます。

郭2の先端が突き出した形状をしているので、郭に沿うように分断されています。

大堀切は竪堀となり斜面を降下しています。

かなり深さのある竪堀。
小倉城には幾つか竪堀がありますが、確認した中では大堀切と接続したこの竪堀が一番巨大!

大堀切より断然迫力があります。

右側が大堀切で、左側が竪堀。
土塁が切り欠いてあるのは、虎口ではなく後世に往来を容易にするために開掘されたもので、本来は橋が架かっていたそうです。

おそらく、その際に堀も一部埋められた可能性があります。主郭の郭1に直結する登城路なので、当時は防御力が高めの設計だったに違いありません。

大堀切を越えると郭4となります。
郭4は傾斜がついており木が切られていないので、曲輪としての見どころは やや少なめ。

しかし、郭2と郭4を分断する大堀切は、郭4から見ることをオススメ!
堀が郭2の形状に合わせてクランクしています。

郭4の南側虎口。
この虎口が小倉城南側からの登城口となるので厳重な造り。

主郭の虎口と同じく、スロープを登りながら90度折れ曲がる設計。正面からと右側の郭4から十字で狙われています。

郭4下には腰郭が展開されています。
急斜面の上が郭4で、虎口を守るために設けられたと思われる平場。
腰郭の下は谷のように、天然の空堀のようになっています。

北側の登城路。左側は深い谷で郭4となります。

続いて同じ道を戻って郭5に向かいます。郭5は郭1と郭2の堀切のあたりから斜面を下ります。

小倉城で郭5は道中にあまり説明が無いので、迷わないように気をつける必要があります。
郭5に向かう途中、竪堀らしき遺構を発見。傾斜のついた土橋のような箇所を通って郭5に突き進みます。

下から見た竪堀。
郭5がある小倉城の東側には竪堀が幾つもあり、連続竪堀もあるようですが、未整備エリアだったりするので、

目の前で見ることができるこの遺構は貴重です。

郭5に向かう途中、林の中に郭3がうっすら見えます。
郭3は小倉城最大の見どころスポットで、石積みで形成された郭です。
現在は木が邪魔して見えませんが、急勾配な崖の上にそびえる石垣の郭は、きっと壮麗だったと思います。

下に郭5が見えてきました。
枯葉のせいかもしれませんが、途中から道なのか分からない道を進みますので注意が必要です。
ワタクシは山用のトレッキングシューズ履いているのですが、それでも滑りやすかったので足元にも注意です。

郭5は雛壇のような郭で、あまり大きくはありません。攻めてきた敵を食い止める役割だったり、兵を駐屯させる郭だったのでしょうか。

郭5の虎口らしき落ち込みも確認できます。

この先はどうなっているのか見当もつかないため、これ以上先に進む勇気はなく、一通り郭5も攻略できたので引き返します。

最後はメインディッシュとなる郭3に向かいます。
ここまで既に満足度はかなり高いのですが、最後の最後まで小倉城は楽しませてくれます。

一番最初に登城したルートに戻ると郭3に繋がる道があります。
現在はここからしか郭3に行くことができません。
道が分岐しており、上にあがる道を進むと郭3で、下の道を進むと郭3の石垣を見ることができます。

郭1と郭3を分断する堀切!
規模はあまり大きくはありませんが、小倉城のいくつかある堀切の中で、形状が一番分かる遺構です。

復元された橋が架かっており、イメージが最大限につきやすいです。

郭1から見た堀切。
老朽化だからでしょうか。橋は現在渡ることはできませんので、今は郭3に行くにはルートが1本になっています。

逆に郭3から見た堀切と橋。
ポイントは郭1の方が高いので、橋の高さを合わせるために、郭3側には橋台が設けられています。
橋の部分に土塁のように土盛りをして郭1と高さを調整されています。

郭3も先端が突き出しており、右側には虎口が設けられています。郭3は完全に独立した郭になっているので、三方向を見渡すことができるのが特徴。

郭1を背にして、各方面から攻めてくる敵を迎え撃つことのできる重要な郭だったと考えられます。
それ故に郭3だけは大規模な石垣造りになっていたのかもしれません。

最後の最後に郭3の石積みを見ます。
本来はグルりと郭の周りを石積みで形成しているのですが、現在は立入禁止になっているので、ほんの一部しか見ることができません。

この石垣は平成11年から18年まで実施された調査で、郭3をコの字型にかこむ最大高約5m、総延長120mあまりの大規模な石積普請が発見されたもの。
関東圏で石垣を使用した城は珍しいので大変貴重な遺構です。

実際に下には石積みの一部が散乱しています。土のうで何とか崩落を食い止めているような状態です。
400年以上経過しても残っていた遺構が、衰退し始めたのは何故でしょうか。

理由は色々とあると思われますが、遺構保存のためと危険回避のための立入禁止だと思いますので、ここは先が見たい気持ちを抑えてマナーを守ります。
それが自分自身と遺構を守ることに繋がります。

いつか見ることができることを願います。
小田原北条氏の関係する城とされていますが、北条氏の城の中では独自路線のテイストを持った城と感じました。
根拠を説明するのは難しいのですが、個人的には北条氏の城は大土木工事を行って山自体の形状を造ってしまうイメージです。

小倉城は尾根や谷など山自体の形状を存分に生かした、王道な山城らしさを感じます。
小倉城を攻略したことで、比企城館群は制覇しました。

それぞれが個性ある城で独創的。独自の歴史がありロマンを存分に感じる素晴らしい時間でした。

※御城印は八高線「明覚駅」隣の観光センターで購入できます。小倉城からは片道約5km 自転車で爆走して気合いで手に入れました。