【岡山県】岡山城(再訪)

2025年6月24日
昨年の10月以来となる岡山城に再訪城。
名古屋城、広島城と並ぶ日本三大平城の一つは、岡山城です。
岡山駅からは歩いて15分から20分程度。
街のシンボルとなる天守も素晴らしいのですが、個人的に感じて欲しいのは街の至る所に石垣の遺構がたくさん残っていること。

ワタクシが停めた駐車場にも立派な石垣がありました。

斜め前の駐車場には天守台クラスの大きな石垣があります。
上は駐車場になっており、車が普通に停まっています。

普通の何気ない交差点。

よく見ると、やはり石垣!隣は飲食店。

こんなに立派な石垣が街の中に溶け込んでいます。
前回訪問した時も、違うエリアで街の中で見つけた遺構はたくさんありますので、良ければ前回の記事も見てみてください。
日中は用事がある為、朝の6時にホテルを出て散策。今回は石垣をゆっくりと眺めるのが目的
あいにくの雨ではありますが、傘をさしながら旭川沿いを歩いて向かいます。

川沿いは岡山城築城400年の際に、史実を元に再現された石材を運ぶ修羅が置いてあります。

岡山城は防備の薄い東側を強化するために、旭川の流路を変えて、天然の堀としました。
マップで見ても不思議な経路をしているのがハッキリとかわかります。

住宅の先に見えるのが月見櫓。奥には天守の最上階も見えています。

月見櫓は岡山城本丸の中段の北西隅に造られた櫓。
唐破風など装飾美もあり、1620年に建築されました。江戸初期の貴重な月見櫓で現存櫓です。
国の重要文化財に指定されています。

月見櫓があるこの辺りの石垣は時代が割と新しく、石を綺麗に加工してあります。

奥の石垣は月見櫓の石垣。
かなりのベストポジションに木が生えているのが残念。
月見櫓は下からだと、ちょうど木が邪魔して、どこから見ても綺麗に映すことができません。
しかし、石垣の曲線美は堪能することができます。
最上部が垂直に反り上がっているのが、まさに石垣技術進化の象徴です。

そのまま本丸下の段を周って石垣を堪能。
見ての通り、石の積み方が明らかに異なる石垣も見ることができます。

右側は自然石を積み上げた野面積み。どの時代の石垣も個性があって好きです。

石垣の隅の箇所を見ると技術の違いが分かりますね。

本丸下段、内下馬門あたりの石垣は迫力満点!
手前の張り出した石垣は大納戸櫓跡で、三階の天守に次ぐ大きさでした。

野面積みで、この高さや石垣の勾配と曲線を出せるのは芸術です。
残念ながら明治の廃城後に破却されました。

鉄門跡の石垣。上に見えるのは復元された不明門。

鉄門跡。
見上げる程の石垣に囲まれた門で、現在は石垣のみですが、ここに城門があったと想像すると、かなりの威圧感があったと思われます。まずは、本丸の石垣をぐるりと見て周ります。

本丸上段の石垣は14.9m!
関ヶ原の合戦以前に積まれた石垣としてはトップクラスの高さを誇ります。
さすが豊臣政権 五大老の有力大名。これだけの城を築城するには、相当な力がないと成し得ないはず。

近くで見ると凄さが一層伝わります。
この時代特有の上から下まで直線的な傾斜で、大小の自然石を巧みに積み上げており、技術の高さを目の当たりにします。

鉄門の石垣とのコラボ写真はシビれます。
天守や月見櫓など見どころ満載の岡山城ですが、個人的にはこの圧巻の石垣は必見!

月見櫓下の石垣に比べると隅石の違いが一目瞭然。
直方体の石材をびっしりと隙間なく交互に積んだ算木積みに比べて、この時代の隅石は重ね積みになります。
この無骨で荒々しい野面積みもカッコいいんですよね。

岡山城の水の手に通じる石段。
本丸の上部には要害門があり、手前の下部には櫓門がありました。破却されましたが、昭和41年に上部の門だけ復元されました。

いよいよ天守台の石垣です。

岡山城は珍しい多角形の天守をしています。
建築技術も高かったと思いますが、やはりこの石垣!
扇状に積んでいるのが、まさに芸術。当時、どうやってこんなに綺麗な多角を出したのか不思議です。

そして、この多角の石垣に鎮座するのが漆黒の大天守!
金箔瓦や金の鯱などが施された、豪華絢爛な天守は空襲で消失してしまいます。残念ながら消失から1ヶ月半後に終戦を迎えます。
現在の天守は昭和に復元されました。

天守の脇には廊下門があり、隅には月見櫓があります。

廊下門は本丸の搦手にあたり、裏側となります。
櫓門形式で、城主が本丸中の段に向かう専用廊下としての役割もありました。

廊下門を抜けると、本丸中の段に出ます。
中の段には表書院跡があります。表書院では藩の政治が行なわれており、大小60の部屋がありました。
現在、遺構は地中に保存されており、間取りが分かる表示がされております。

中の段の隅には月見櫓があります。
本丸下段から見上げると二層でしたが、中の段から見ると三層のように見える不思議な造り。

中の段には地中に眠っていた宇喜多秀家時代の石垣が展示されています。
宇喜多秀家は関ヶ原の合戦で西軍の主力として戦い、敗戦後は八丈島に流罪となります。
以降、小早川秀秋、池田輝政が城主を務め、本丸も拡張されました。
拡張前の宇喜多秀家時代の石垣が、地中に眠っていると考えるとなんかロマンがあります。
そのロマンの片鱗を見ることができます。

中の段から不明門を通って、いよいよ本丸上段に向かいます。

不明門は格式ある門で、土台の石垣がエグいほど巨石!
本丸上段は城主など、ごく一部の人しか立ち入れず、その重要なエリアを守る門なので堅固な警備体制となっています。

鏡石と本丸上段の石垣。
岡山城は巨大城郭でしたが、現在本丸しか残っていません。しかし、その本丸だけでもかなりの面積があります。

本丸上段からの天守。
本丸上段には城主の住まいとなる御殿がありました。奥には望楼型の天守が堂々と鎮座。

焼失した天守の礎石は本丸跡に移され、保存されています。
この礎石が長きに渡り天守の柱を支えていました。

最後はワタクシが一番お気に入りのスポットからの写真!
後楽園を結ぶ月見橋からは旭川と天守を一望。

正面から見る岡山城は、幅広のずんぐりとした印象ですが、月見橋から見る岡山城は凄くシャープでカッコいい!
多角形の変形した天守を持つ岡山城は、幻の城 安土城をベースにしていると言われています。
この角度から岡山城を眺めると、何となく安土城ってこんな感じだったのかなと想像することができます。空襲で焼失したのは残念ですが、古写真が残っていたことで復元することができ、今でも我々を感動させ続けてくれます。
1時間少々ひたすら歩いて堪能しましたが、2回目の訪城でもまだまだ周り足りません。
それもまた次回の楽しみです。
是非、宇喜多秀家を大河ドラマにして頂き、岡山城がもっとフューチャーされることを願っています。









