愛知県
愛知県は、令制国では尾張国と三河国に当たる。尾張国は、鎌倉幕府の初代将軍であり武家政権の祖である、源頼朝が生まれた地域との説がある。
三河国は、室町幕府を開いた足利氏が岡崎を拠点とし、細川氏・仁木氏・一色氏・吉良氏・今川氏などの足利一門が発祥するなど日本の中世・近世における支配者氏族との関係が濃い地域である。
戦国時代には、織田信長と信長の臣下で同盟者である豊臣秀吉、徳川家康など多くの武将を輩出し、中央政局に大きな影響を及ぼした。
東京が世界的大都市となるきっかけを作った人物が徳川家康であり、江戸時代の大名は、徳川一族や譜代大名などの三河出身者のほか、前田家、浅野家、池田家、山内家、蜂須賀家などの尾張出身者が各地で大藩を幕末まで支配した。
全国の大名の約7割が愛知県(尾張・三河)出身とも言われている。また、江戸時代に花開いた日本的建築や日本的文化は愛知出身者による貢献が大きかった。
江戸時代以降、尾張は徳川御三家のひとつである尾張徳川家の領域となり、三河は譜代大名、旗本領、寺社領、天領と分割支配された。
愛知県
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| 吉田城【続日本100名城】 吉田城【豊橋市】 戦国時代初期、三河支配の重要拠点のひとつとして、松平氏と今川氏の間で争奪戦が繰り広げられた。池田輝政が吉田城主となった際に、城域の拡張や城下町の整備を行う。最盛期の吉田城は名古屋城をも凌ぐ、全国屈指の敷地面積を誇った。 ![]() 遺構:石垣・土塁・堀 復元建築:模擬鉄櫓 縄張り:平城 【吉田城データベース】 | |
| 名古屋城【日本100名城】 名古屋城【名古屋市】 徳川御三家 尾張徳川家の居城で、徳川家康が西国の抑えとして築城。近世城郭の最高到達点とも称される名城。緑色の銅瓦葺と金の鯱は名古屋城のシンボルになっている。近年、本丸御殿が精巧に復元された。 ![]() 遺構:櫓3棟・門3棟・庭園・石垣・堀 国の重要文化財:櫓3棟、門3棟 復元建築:大小天守(外観復元)・正門(外観復元)・不明門・本丸御殿 縄張り:平城(特別史跡) 【名古屋城データベース】 | |
| 犬山城【日本100名城】 犬山城【犬山市】 織田信長の叔父、織田信康がこの地にあった砦を改修して築いた城。天守は現存12天守のひとつで、国宝5城のひとつでもある。現在、日本最古の天守とされている。木曽川の対岸から見る犬山城はとても美しく、絶好の撮影スポット。 ![]() 遺構:天守・石垣・土塁 国宝:天守 復元建築:櫓・門(模擬) 縄張り:平山城(国指定史跡) | |
| 岡崎城【日本100名城】 岡崎城【岡崎市】 徳川家康の生まれた城で、桶狭間の戦いで今川義元が敗死した際に家康(当時は松平元康)が今川氏から独立した城でもある。江戸時代には家康誕生の城として重要視され、譜代大名が歴代の城主を務めている。 ![]() 遺構:石垣・堀 復元建築:天守(復興天守)・城門 縄張り:平山城(市指定史跡) | |
| 長篠城【日本100名城】 長篠城(ながしのじょう)【新城市】 長篠城は徳川氏と武田氏の国境に存在する城で、愛知県から長野県や静岡県北部へ通じる交通の要衝にあったため、武将たちの合戦の舞台になり奪いあった城。城跡として整備されており、本丸付近には空堀や土塁が残っている。 ![]() 遺構:曲輪・土塁・空堀・石垣 縄張り:平城(国指定史跡) | |
| 小牧山城【続日本100名城】 小牧山城(こまきやまじょう)【小牧市】 織田信長によって、美濃攻略の本拠地として築かれた城。信長がはじめて築いた城でもある。その後、岐阜城に移住したため小牧山城は約4年間で廃城となるが、豊臣秀吉と徳川家康が戦った小牧・長久手の戦いでは、家康がこの地に本陣を置いた。 ![]() 遺構:曲輪・井戸・土塁 縄張り:平山城(国指定史跡) | |
![]() | 清洲城(きよすじょう) 清洲城(きよすじょう)【清須市】 清洲城は織田信長の居城として知られ、信長はこの城から桶狭間の戦いに出陣している。信長の後継者を決める清洲会議が行われた城でもあり、歴史的にも大きな役割をになった城。町制100周年を記念して模擬天守が築かれた。 ![]() 遺構:土塁・石垣 移築建築:名古屋城の西北隅櫓は清洲城の天守を移築したと伝承がある 縄張り:平城 |
![]() | 足助城 足助城(あすけじょう)【豊田市】 足助城は三河鈴木氏の諸家である足助鈴木氏の居城で、家康の関東入国に従って関東に移った際に廃城となる。高櫓・長屋・物見矢倉・厨などの建物が復元。発掘調査成果に基づく戦国時代の山城の復元は、国内最初で「全国ではじめて復元された山城」と称されている。 ![]() 遺構:曲輪 復元建築:高櫓・物見櫓・厨 縄張り:山城 |
![]() | 岩崎城 岩崎城【日進市】 岩崎城は丹羽氏清にはじまる丹羽氏の居城である。羽柴秀吉と徳川家康が戦った小牧・長久手の戦いにおける緒戦となった戦い、岩崎城の戦いの舞台でもある。現在は城内に模擬天守が建てられている。 ![]() 遺構:曲輪・空堀・土塁土橋・建造物跡・井戸跡 復元建築:天守(模擬天守)・城門 縄張り:平山城 |
![]() | 田峰城(だみねじょう) 田峰城(だみねじょう)【設楽町】 菅沼氏の居城で、1575年城主・菅沼定忠は長篠の戦いで大敗した武田勝頼を田峰城に迎え入れようとするが、留守居の親族・菅沼定直が入城を拒絶したため、わずかな手勢での逃避行を強いられた。本丸大手門、本丸御殿、物見台が復元されている。 遺構:曲輪・空堀 復元建築:御殿・大手門・搦手門・物見台 縄張り:山城(町指定史跡) |
![]() | 沓掛城(くつかけじょう) 沓掛城(くつかけじょう)【豊明市】 桶狭間の戦いの前夜に今川義元が宿泊した城。桶狭間の戦い後に織田信長より勲功一番と称された簗田政綱の居城となった。本丸、空堀、諏訪曲輪などの遺構がきれいな状態で残っている。東西288m、南北234mと当時は規模の大きな城で、総堀に囲まれる形式だった。 遺構:本丸・堀・二の丸・諏訪曲輪 縄張り:平城 |
| 古宮城【続日本100名城】 古宮城(ふるみやじょう)【新城市】 武田信玄が三河侵攻の拠点として、家臣の馬場信春に築かせた城。1573年、奥平貞能・貞昌父子は武田氏を離反して徳川氏に帰属し、その際に古宮城は徳川・奥平氏によって攻められ落城。丘全体を要塞化しており、土塁や竪堀が良好に残っている。 遺構:土塁・曲輪・横堀・竪堀等 縄張り:平山城(市指定史跡) | |
![]() | 西尾城(にしおじょう) 西尾城【西尾市】 三河国守護に任じられた足利義氏によって築かれた城。その後、牧野成定、酒井正親、田中吉政らの居城として拡張され、江戸時代には西尾藩の藩庁として使用された。現在は本丸丑寅櫓と鍮石門、屏風折れの土塀が復元されている。 ![]() 遺構:曲輪・石垣・土塁・堀 復元建築:本丸丑寅櫓・二之丸丑寅櫓・城門 縄張り:平山城(市指定史跡) |
![]() | 大給城(おぎゅうじょう) 大給城(おぎゅうじょう)【豊田市】 大給松平氏の居城で、1507年〜1510年には武田氏の侵攻に備えて、松平乗元とその子乗正により大改修が行われたが、徳川家康の関東移封に伴い廃城。城址に多数ある巨石群と、全国的にも珍しい水ノ手曲輪といわれる貯水池が残る。 遺構:堀切・曲輪・石塁・櫓台 縄張り:山城(国指定史跡) |
![]() | 野田城 野田城【新城市】 野田城は菅沼定盈ら菅沼氏の居城で、1573年の野田城の戦いでは水の手を断たれて、城主・定盈は開城降伏している。このとき武田信玄が城から聞こえる笛の音に聴き惚れていたら鉄砲で狙撃され、その傷が原因で死亡したとの伝説がある。 遺構:曲輪・空堀 縄張り:平山城(市指定史跡) |
![]() | 松平城 松平城【豊田市】 松平城は徳川家康の先祖に当たる松平親氏によって築かれた城。山麓にある松平氏館(現在の松平東照宮)の詰めの城として築かれた。現在城址では曲輪、土塁、横堀などの遺構が確認できる。 遺構:曲輪・土塁・横堀 縄張り:山城(国指定史跡) |
![]() | 設楽城(したらじょう) 設楽城(したらじょう)【東栄町】 設楽城は設楽氏の居城で、愛知県に残る山城のうちで最古となる。設楽貞通の代には菅沼定則の娘を娶り今川義元に属し、桶狭間の戦いで義元が敗れたあとは、徳川家康に属し三方ヶ原の戦い、野田城の戦い、長篠の戦いに参戦。 遺構:曲輪・土塁・堀切 縄張り:山城(県指定史跡) |
![]() | 市場城(いちばじょう) 市場城(いちばじょう)【豊田市】 市場城は城址公園として綺麗にに整備されており、遊歩道が設置されている。城址には枡形門跡,畝状竪堀、および櫓台の石垣などの遺構を見ることができる。 遺構:石垣・竪堀 縄張り:山城 |
![]() | 大草城(おおくさじょう) 大草城(おおくさじょう)【知多市】 大草城は織田信長の弟、織田長益(有楽斎)によって築かれた城。1582年 信長が本能寺の変で没すると、尾張一国は織田信雄に与えられ、長益は信雄の家臣として大草城を築いたが、未完の城のまま廃城となる。 ![]() 遺構:土塁・水堀 復元建築:櫓(模擬櫓) 縄張り:平城 |
![]() | 田原城 田原城【田原市】 田原城は三河湾を支配していた戸田氏の後は、松平氏譜代の本多広孝が、さらに家康が関東へと移封したのちは吉田城に入封した池田輝政の重臣である伊木忠次が城主となる。本丸は巴江神社になっており、二の丸には復元櫓が模擬再建されている。 遺構:石垣・堀 復元建築:城門・櫓 縄張り:平城(市指定史跡) |
![]() | 岩津城 岩津城(いわつじょう) 岩津松平家の祖とされる松平信光によって築かれた城。1571年に武田軍が三河に侵攻した際に一度廃城となるが、1584年の小牧長久手の戦いで徳川家康によって改修された。小規模ながら保存状態の良い遺構が残る。 遺構:空堀・曲輪・土塁・土橋 縄張り:山城(市指定史跡) |















