富山県

室町時代、京都に在住する守護に代わって、守護代の遊佐・神保・椎名の3氏が越中を分割して統治した。一方、文明3年(1471)の吉崎御坊(福井県)の建立に伴い、浄土真宗が本格的に北陸に広がった。

室町後期には、加賀一向一揆や、そこから独立した瑞泉寺や善徳寺(南砺市)、土山御坊(後の勝興寺)を中心とする越中一向一揆が、力をもつようになった。

一向一揆や越後守護代の長尾氏(後の上杉氏)の介入のため、越中では一国を支配するような戦国大名は生まれなかった。

上杉謙信は、反抗する国人や一向一揆を破り、天正4年(1576)に越中を手中におさめた。しかし、天正6年(1578)に謙信が急死すると、天下統一を目指す織田信長が越中を攻め、家臣の佐々成政が天正11年(1583)に越中を平定した。

本能寺の変後、羽柴秀吉が信長の後を継いだ。北陸では、反秀吉の成政と親秀吉の前田利家が抗争を繰り広げたが、天正13年(1585)、秀吉の越中出陣で成政は降伏。

成政は肥後(熊本県)に国替えとなり、加賀前田家が、加賀・越中・能登120万石を支配することとなった。ここに「加賀百万石」の原型が誕生したのである。

富山県

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富山城【続日本100名城】: 36.693216, 137.211243
高岡城【日本100名城】: 36.749201, 137.020798
増山城【続日本100名城】: 36.651509, 137.040882
大村城: 36.757281, 137.255244
井波城: 36.559127, 136.974041
安田城: 36.679562, 137.160257
阿尾城(あおじょう): 36.879955, 136.990907
守山城(もりやまじょう): 36.787395, 137.010670
松倉城: 36.754083, 137.438107
森寺城: 36.906958, 136.959729
白鳥城(しらとりじょう): 36.698231, 137.163545
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富山城【続日本100名城】
富山城【富山市】

富山城は佐々成政の居城として知られ、江戸時代には富山藩の藩庁として前田利次が入城し、城の修復を行った。現在は富山城址公園として整備されており、模擬天守(富山市郷土博物館)が建てられている。



遺構:石垣・堀

復元建築:天守(模擬天守)
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高岡城【日本100名城】
高岡城【高岡市】

前田利長の隠居城として築かれた城で、富山県で唯一、日本100名城に選ばれている。縄張は高山右近が行った。。現在は日本有数の水濠公園である「高岡古城公園」として整備されており、当時の堀や石垣を見ることができる。



遺構:堀・石垣
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増山城【続日本100名城】
増山城【砺波市】

増山城は越中守護代・神保長職の居城で、その後は上杉氏、佐々氏、前田氏の領有となり改修が加えられた。元和の一国一城令により廃城。土塁や空堀のほか、井戸、櫓台、簱台石といった遺構も残っている。

遺構:曲輪・櫓台・切岸・竪堀・堀切・石垣・土塁・井戸
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大村城
大村城【富山市】

戦国時代に轡田氏によって築かれたと伝わる。 天正6年に越中に侵攻した上杉氏によって攻められ落城。現在の瑞円寺境内一帯に築かれており、寺の境内が主郭で堀と土塁が囲繞していたと推定される。

遺構:曲輪・土塁・横堀(空堀)
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井波城
井波城【南砺市】

井波城は越中一向一揆の総本山である瑞泉寺によって築かれた城。現在は本丸跡が井波八幡宮に、二の丸跡が松島古城公園になっており、周囲には勝長が築いたとされる土塁や堀跡と思われる池が確認できる。

遺構:曲輪・土塁・空堀・櫓台・枡形虎口・井戸
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安田城
安田城【富山市】

豊臣秀吉が富山城に拠る佐々成政を征討するために出陣した「富山の役」で、前田利家が築いた城。存城期間が短かった為、城の改変が少なく城域は後世に田畑となっていたこともあり、築城時の遺構がほぼ現存する全国的にも貴重な城跡である。

遺構:土塁・堀
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阿尾城(あおじょう)
阿尾城(あおじょう)【氷見市】

名だたる武将も奪い合った城。城址には土塁や空堀などの遺構が残っており、本丸や二の丸などの曲輪も確認できる。

遺構:曲輪・土塁・空堀
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守山城(もりやまじょう)
守山城(もりやまじょう)【高岡市】

松倉城、増山城と並び、越中三大山城のひとつに数えられている。1585年に佐々成政が羽柴秀吉に降ると、前田利長の居城となる。利長が富山城に居城を移すと、ほどなく廃城となる。

遺構:曲輪・堀切
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松倉城
松倉城【魚津市】

天然の要害を生かした富山県最大の山城で、長さが1kmにもおよぶ巨大な城郭である。また越中三大山城のひとつにも数えられており、日本国内でも有数の規模の山城。山頂付近の尾根上には、空堀によって区切られた多くの曲輪が残っている。

遺構:土塁・堀切・虎口
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森寺城
森寺城【氷見市】

森寺城は氷見地区最大の山城で、越中三大山城(松倉城・増山城・守山城)に次ぐ規模を誇る。畠山義統が築いた城で、上杉謙信に攻め落とされる。1583年には佐々成政の領有となり、前田利家との争いでは佐々氏の国境城砦群の拠点となった。現在、土塁や石垣のほか、屋敷跡なども残っている。

遺構:土塁・堀切・竪堀・屋敷跡・石垣
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白鳥城(しらとりじょう)
白鳥城(しらとりじょう)【富山市】

白鳥城は越中守護代・神保長職が上杉謙信の越中侵攻に備えて築いた城。慶長年間頃に廃城となり、現在は城山公園として整備されており、郭群、空堀、井戸跡などの遺構が残っており、これらの縄張りは利家の時代に完成したものと推測されている。

遺構:曲輪・土塁・堀切・堅堀・井戸