山梨県
中世・近世
甲斐源氏の諸氏のうち、武田氏や小笠原氏、南部氏などは後世まで繁栄します。16世紀の武田氏は、戦国大名として発展し、甲府につつじヶ崎館や要害城を築き、ここを拠点に四隣経路を進め、天下統一を目指しました。
1582年に武田氏が滅亡すると、甲斐国は織田・豊臣・徳川と支配が移り、江戸幕府の下で甲府藩(国中)、谷村藩(郡内)が成立しますが、1724年は幕府直轄地となります。甲州街道や富士川舟運の発達は、物資の流通や文化の流入を促しました。19世紀に入ると、幕藩体制の矛盾から各地に一揆が多発し、山梨県でも天保騒動が起こりました。
このころ、日本は欧米諸国の圧力により鎖国を解き、近代国家への道を歩み始めることになります。
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| 甲府城【日本100名城】 甲府城【甲府市】 豊臣政権時には徳川家康を牽制する要所として、江戸時代には将軍家にもっとも近い親藩の城だった。石垣の大要塞で鏡石クラスの巨石が大量に使用されている。 ![]() 遺構:曲輪・石垣・横堀(水堀)・虎口・枡形 再建建築:稲荷櫓・山手御門・土塀 縄張り:平山城(国指定史跡) 【甲府城データベース】 | |
| 躑躅ヶ崎館【日本100名城】 躑躅ヶ崎館【甲府市】 武田信玄の父、武田信虎によって築かれた居館。武田氏3代が60年あまり本拠地として使用された館。 ![]() 遺構:曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、横堀(水堀)、虎口 | |
| 新府城【続日本100名城】 新府城【韮崎市】 武田家を代表する甲州流築城術の集大成となるはずだったが、入城からわずか68日で徳川・織田連合軍の襲来により、武田勝頼 自ら火を放ち未完のまま落城した。発掘調査によって復元された大手桝形と三日月堀は壮大。 ![]() 遺構:曲輪、土塁、横堀(空堀) 縄張り:平山城(国指定史跡) 【新府城データベース】 | |
| 要害山城【続日本100名城】 要害山城【甲府市】 躑躅ヶ崎館の詰城として、武田信玄の父である信虎によって築かれた城。武田信玄生誕の地としても知られる。今でも良好な遺構が数多く残る。 ![]() 遺構:曲輪・石垣・土塁・堀切・横堀(空堀)・竪堀 縄張り:山城(国指定史跡) 【要害山城データベース】 | |
| 岩殿城【続日本100名城】 岩殿城【大月市】 武田氏滅亡に関わる城。両側が急崖で長い尾根が魅力的で、富士山の絶景を見ることができる ![]() 遺構:曲輪、横堀(空堀) | |
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![]() | 谷戸城 谷戸城【北杜市】 |
![]() | 真篠城 真篠城跡【南部町】 |








