【埼玉県】武蔵岡城

その他 城土塁,空堀

CASTLE DATA FILE.102
登城日:2026年3月21日
交通手段:中野駅から自転車で1時間(片道16km)
ステータス:ー
ジャンル:平山城
遺構:土塁・横堀・曲輪・櫓台
スタンプ:ー
御城印:ー

謎の歴史に包まれた、市街地化されたエリアに残る確かな遺構

本日は埼玉県朝霞市の武蔵岡城に初訪城です。
来週から九州遠征がある為、事前のトレーニングも兼ねて自転車で向かいました。

自宅からは片道15km。運動にはちょうど良い距離です。
武蔵岡城の築城などに関する詳細は明らかになっておらず、太田道灌が築城したとも、道灌の持城だったという伝承もあります。
戦国時代の終わり頃には、道灌の曾孫にあたる太田新六郎康資が城主だったと伝わっています。

いずれにしても謎多き城です。
岡の城とも呼ばれており、正確には岡城なのか岡の城なのかさえ謎です。

市街地化された場所に突如現れる森。
武蔵岡城は現在、城山公園として整備されています。

公園の案内図。
一ノ郭、二ノ郭、三ノ郭で構成された平山城。小高い山の上に築かれています。
その山の周りを平場が囲んでいます。

西の入口。

階段脇には森の道があるので、少しでも雰囲気を味わう為にこちらから登ってみます。

細い道を進むと三ノ郭に繋がります。

左側は斜面になっており、下には城山通りがあります。右側は三ノ郭。

笹の葉が生い茂っていますが、この平場が三ノ郭と思われます。

突如現れる横堀跡。
整備された階段がV字にアップダウンしているので、すぐに気付きました。
階段の先が二ノ郭となり、空堀が三ノ郭を分断しています。

堀底は歩くことができます。
右側が三ノ郭、左側が二ノ郭。
草で分かりにくいのですが、横堀になっているのがハッキリと分かります。

横堀は斜面まで続いており、完全に独立した郭になっています。

堀底から見た階段。
おそらく長い年月の中で堀底が浅くなってしまっているようですが、市街地に残る遺構としては良好です!

反対側からも撮影。
少しでも遺構の形状が伝われば幸いと思い、あらゆる角度からいつも撮影しています。

低くめではありますが、土塁も残っています。

二ノ郭から見た横堀。

二ノ郭から撮影したこの写真が一番分かりやすいと思います。
一見、何気ない普通の公園ですが、城郭の雰囲気をしっかり残しています。

二の郭は広めで、現在残る3つの郭の中では一番大きな平場となっています。

郭の淵には低めですが土塁も確認できます。

三ノ郭と向き合う形で、西側は突き出しています。
物見的な役割があったのか、突き出すことで死角を減らす防御的な役割があったのか、

想像を掻き立てられる造りをしています。

二ノ郭 南側も土塁がうっすら確認できます。

南側に1箇所、土塁を貫通して通路があります。
後世で改変されたものか謎ですが、両脇が土塁なので虎口らしさを感じたので、一応写真に納めました。

二ノ郭 東側にも横堀を確認することができます。

一ノ郭と二ノ郭を分断する横堀で、一ノ郭には橋を渡って入ることができます。
こちらは遺構保存のためか、堀底に入ることはできませんが、素晴らしい形で遺構が残っています。

橋から見た横堀。当時はもっと深い堀だったと思われます。

反対側は迫力ある空堀になっています。

深い方の横堀は木が生えていて写真に納めるのが困難でした。しかし、堀の深さを感じることができました。

一ノ郭は方形に近いような形をしています。

一ノ郭から見た二ノ郭。
個人的には当時も橋が架けられていたのではないかと思います。
合戦の際は橋を落として敵の侵入を防いでいたのではないかと想像しました。

一ノ郭も土塁で囲まれており、二ノ郭よりも良好に土塁が残っているように感じました。

一ノ郭 南側は一際高い土塁になっています。
この場所には物見櫓があったと考えられています。

武蔵岡城ですが発掘調査を行われているのですが、朝霞市の発掘調査報告書を確認しても、城郭としての調査報告書は確認することができませんでした。

弥生時代の遺跡としての調査は行われているようで、石斧や柱穴跡などが発見されています。
古くからの居住地に、戦国時代に城を造ったと考えられます。

一ノ郭の下は犬走りのように、平らな道がぐるりと郭を囲んでいます。

下から見た物見櫓跡。

物見櫓跡の箇所だけ少し突き出しており、高くなっています。
今は木が生えており周りを見渡すことはできませんが、当時はこの一帯を一望できたと思われます。

一ノ郭と二ノ郭を仕切る空堀跡。

遠くからですが橋と空堀を見ることができました。
右側が二ノ郭、左側が一ノ郭。

最後に城郭の周りを歩いてみます。

下の公園から見た一ノ郭。急な斜面になっているのが確認できます。

二ノ郭 南側の周りも歩いてみます。

城郭東側?一ノ郭の背後は黒目川が流れており、天然の堀となっています。

黒目川から見た一ノ郭。
武蔵岡城は舌状大地に造られており、天然の要害を巧みに生かした地選となっています。

市街地化によって、大部分は破壊されてしまったと思われますが、主要部はしっかりと残っているので、見所は十分ありました。

この一帯には縄文時代や弥生時代の遺跡が多く発見されており、古墳なども残っています。
併せて周ると面白いと思います。

武蔵岡城の前にあるのが本仙寺。
特に岡城との繋がりは確認できなかったのですか、創建が天文元年の1532年と伝わります。

もしかしたら、武蔵岡城が機能していた時にはこのお寺はこの地にあった可能性があります。
城の歴史を見てきたと考えるとワクワクします。
これも謎の城を巡る時の、個人的な楽しみ方の一つです。

来週は九州遠征!大分県 豊後の国の岡城を周る予定!その前に武蔵国の岡城を攻めてみました。