【静岡県】駿府城

CASTLE DATA FILE.04
登城日:2023年9月9日
交通手段:東名高速道路「静岡IC」から約20分
ステータス:日本100名城・国指定史跡
ジャンル:輪郭式 平城
遺構:石垣・堀
復元建築:門・櫓
スタンプ:東御門券売所で押印
御城印:東御門・巽櫓内 売店で購入

天下人 徳川家康が晩年を過ごした最後の居城

静岡の城めぐり1日目は駿府城。
天下人、徳川家康は幼少時代に今川義元の人質として19歳までの12年間この駿府城で生活していました。

豊臣時代に駿河を領国とした際、徳川家康は駿府城を居城としますが、その後江戸に移封。
しかし、徳川の時代となり家督を譲り大御所なった際、再び駿府城に戻ってきます。
天下普請によって巨大な近世城郭が誕生しました。

現在は櫓と門が復元されています。そして、天守台が現在も発掘調査中です。

展示の模型。
三重の堀で囲まれた、かなり立派な城郭です。

現在進行形で発掘調査している駿府城の天守台は68m×61mと日本最大の天守台だったことが近年判明しました。

天守や御殿は1635年に焼失。以降、天守は再建されませんでした。

まずは北御門から入城します。美しい水堀に囲まれています。

東御門はどっしりと重厚感があります。

門に使われている木材も太く立派です。

忠実な木造復元。

門の脇の鏡石。巨大な石が使われています。
敵が攻め込んだ際に、これだけの石を運ばせることができるという権威の象徴の意味があるそうです。

門の脇に大きな鏡石が使われていることが多いのは理由があるんですね。

門の先は枡形となっています。
敵が攻め込んだ際、このスペースに敵が密集して一斉に上から攻撃されます。

上部から見た櫓門

2階より中に入ることができます。
内部は駿府城における遺物などを展示室しています。

織田信長の安土城から始まった金箔瓦は、天下人と一部の大名のみに許された特権でした。

大御所 徳川家康が築いた1607年に、二ノ丸東御門の大棟に乗っていたと推定されています。
昭和44年の二ノ丸整備工事の際に堀底から発見されました。

天井は吹き抜けていて木材の複雑な組み方を見ることができます。

東御門と接続する多聞櫓から見た枡形。

同じく多聞櫓から見た東御門の高麗門。

模型で見ると分かりやすい、東御門の形状。
東御門橋の先には高麗門。枡形は多聞櫓で囲んでいます。

巽櫓の1階は畳敷になっています。

巽櫓の内部には臨済寺の「竹千代手習の間」が復元されています。

臨済寺は徳川家康が幼少の時、学問を身につける為に通ったお寺です。
臨済寺には手習の間の遺構が残っているので、再現されています。

質素な造りですが天井には龍の絵があります。
後の天下人の人間形成が行われた場所。

巽櫓から見た多聞櫓。

東御門橋と東御門。
東御門橋1635年に天守と共に焼失しますが、1638年に再建されました。

その後、明治の廃城令によって建物は全て取り壊されましたが、東御門は1996年に復元されました。

東御門橋から見た巽櫓。夕暮れが近くなり、御光の光が眩しいです! 
昔のシンボルと今のシンボルのコラボレーションが一緒に映るこのショットがお気に入り。

東御門橋から見た右側。水堀が美しい。

巽櫓と東御門。
巽櫓も廃城令で破却されましたが、1989年に復元されました。

二重の櫓ですが、ゴツくて重厚感があります!

巽櫓はL字型の櫓で、屋根が珍しい形状をしています。

東御門の反対側には坤櫓があります。
こちらは二面に跳ね出しの出窓と、千鳥破風があるのが特徴の櫓です。

坤櫓と静岡県庁。
駿府城の天守台は発掘調査中なので、現場を見ることができます。

それもまた貴重なシーンです。
堀の石垣も綺麗に整備されていますので、外周を散歩するのも気持ちがいいと思います。

夕飯は静岡駅前のダルマ商店

やはり静岡市に来たら静岡おでんが食べたくなります。昔から静岡おでんが大好きなので、お腹も満たすことができました。