【山形県】山形城

CASTLE DATA FILE.16
登城日:2025年5月16日
交通手段:JR奥羽本線/山形新幹線「山形駅」徒歩10分
ステータス:日本100名城・国指定史跡
ジャンル:平城
遺構:石垣・堀・土塁・移築門・移築御殿
復元建築:二の丸東大手門・大手橋
スタンプ:「最上義光歴史館」で押印
御城印:「最上義光歴史館」で購入

東北最大規模。52万石の栄華を誇った最上義光の居城

東北城めぐり4城目は山形県の名城、山形城。
別名は霞城。現在は霞城公園として地域の方、観光の方に親しまれています。

場所は山形市の中心部で、JR山形駅からも近い場所にあるのでアクセスは良好です。
現在の巨大城郭になったのは11代城主、最上義光の時代です。

北の関ヶ原とも呼ばれた、慶長出羽合戦での功績が認められ、52万石の大大名となりました。

ちなみにワタクシの祖父も同じ山形で、光義という名前でした。
最上義光から拝借したんでしょうか。
祖父が生きていた時は、ワタクシもよく山形県に来ておりました。

二の丸東大手門が、メインの門となります。
正面の門が高麗門、右側が北櫓、左側が続櫓。

橋の下には水堀と新幹線が通ります。 
新幹線で来る方は、山形駅の到着前に注目してみてください。

山形城は三重の堀を巡らせた近世城郭。
二の丸を囲むこの水堀は中堀となります。奥は山形市内が見えます。歩いて行ける距離です。

二の丸東大手門は、明治の廃城令で取り壊されましたが、1991年に復元されました。

高麗門を近くで観察。

高麗門を抜けと巨大な枡形の虎口が登場!

枡形の大きさが伝わるショットが撮れて満足です。
山形城は二ノ丸と本丸が城郭中心部だったので、東側を守る厳重な造り。

枡形の櫓門。
軍事的な防御機能だけでなく、威厳も感じる巨大な門です。

櫓門を抜けるとその先には更に枡形の虎口。
櫓門がL型の続櫓になっていることが、櫓門を抜けると分かります。

櫓門は右側の続櫓が入口となっています。
二の丸東大手門は江戸城の城門に匹敵する大きさの為、ドラマの撮影などで度々使われています。

階段を登ると写真のように櫓門と続櫓を、臨場感満載で見ることができます。
残念ながら本日は内部公開はしていませんでした。
ネットでは4月〜11月初旬は公開していると見たのですが、中には入れず。

コーナー部は美しい算木積み。
よく見ると、石垣に細かい線が施されています。
これは石垣の化粧となる、すだれ仕上げといいます。

城内から見た二の丸東大手門の枡形。枡形側は石垣で形成されていましたが、城内側は土造りとなっています。

二の丸東大手門の脇を固める北櫓。
土塁の上は整備されているので、櫓内部には入れませんが、近くで見ることができます。

二の丸東大手門の先には最上義光像。
勇ましくカッコいい。

最上義光は最上11代目の当主。山形市の礎を築いた武将です。

最上義光像と二の丸東大手門。
雲一つない晴天で、ナイスショットです。

最上義光像を超えると、城郭の中央に本丸があります。
本丸の土塁と巨大な空堀!

土造りと石垣をミックスした造り。
一文字門の箇所だけは石垣造りとなっています。
この美しい石垣の上には、本丸の出入口を守る一文字櫓があがっていました。

大手橋と一文字門。
一文字櫓跡の石垣脇には木橋が架かり、高麗門を抜ける枡形になっています。一文字門も、この時期は閉鎖中です。

発掘調査の上、平成15年に石垣を復元。
平成17年には大手橋、平成26年には高麗門と枡形土塀が復元されました。

堀底に石垣が積まれていたので何かと思ったら、江戸時代に崩落した石垣をこの場所に埋めたらしく、石垣の残骸の他に鯱や瓦なども出土しています。

あえて、この崩落した石垣を残しているようです。

凄まじい迫力の土塁。
こんな立派な土塁は初めて見ました。

本丸西側の土塁と堀。
土塁も堀も凄いのですが、本丸の敷地が凄く広いように思えます。

本丸跡は現在も発掘調査中らしく、立入禁止です。
工事中の仮囲いの隙間から覗くと、広大な土地が広がります。

本丸跡も一部、4月から11月初旬は公開しているらしいのですが、既にこの時は入ることができず。
11月3日は11月初旬だと思うのですが・・・残念です。

こちらは北門。
北門からは車で入城でき、城内に車を停めることができます。

二の丸を囲む土塁の上を歩くことができます。
もし近くに住んでいたら、間違いなくウォーキングコースにしたくなります。

発掘調査中の所を遠くから見ることができました。
場所は二の丸の北側辺り。怪しげな石垣が見えます!

これは、新しい発見がありそうです。

こちらは南門。
南門も枡形となっていて、立派な石垣が残ります。
最後に再び二の丸東大手門から退城しました。

最上義光は伊達政宗の叔父です。
関ヶ原では東軍側として、山形に進軍してきた上杉と激戦を繰り広げ撃退。

その際に最上義光 自らが陣頭となって出陣した勇ましさを表したのが、入口の最上義光像になっています。

この戦いを慶長出羽合戦や、北の関ヶ原と言われています。
その時に、直江兼続が出羽から見た際、霞で山形城が見えなかったことから霞城と呼ばれたそうです。

4月から10月までは様々見れる箇所も多いようなので、また東北に行った際は立ち寄りたい城。

山形市周辺には上杉軍との激戦の足跡が多く存在するので、そちらも是非巡りたいものです。
近くには最上義光歴史館があるので、今回併せて観覧しました。
御城印もこちらでゲットすることができました。

山形のソウルフード 辛味噌ラーメンとイカゲソの異色のコラボ

辛味噌ラーメンとゲソ天は、テレビでも紹介された山形名物です。
有頂天EVOLUTION山形本店で頂きました。

げそ天みそらーめん。

パンチの効いた辛味噌とモチモチの麺が最高でした。お腹を満たしたところで、山形県上山市にある上山城に移動です。