神奈川県

神奈川の地域では平安時代の中ごろから、在地の有力者の中から領主階級が成長しました。かれらは荘園を名目的に中央の貴族や大寺社に寄進し、みずからは荘司として実権を握り、次第に武士化していきました。

源頼朝は、このような東国武士団の支持を得て鎌倉に幕府を開き、武家政権の基礎をつくりました。

戦国時代は北条氏が神奈川を含めた関東を支配。

近世の神奈川県域は、武蔵国橘樹郡・都筑郡・久良岐郡の3郡と、相模国鎌倉郡・三浦郡・津久井郡・高座郡・愛甲郡・大住郡・淘綾郡・足柄上郡・足柄下郡の9郡に分かれていました。

大名領は、幕末には、11万3千石の小田原藩、1万3千石の荻野山中藩、1万2千石の金沢藩(六浦藩)を数えるにすぎず、その他は幕府直轄領や旗本の知行地、寺社の御朱印地でした。

神奈川県

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小田原城【日本100名城】: 35.251149, 139.153433
石垣山城【続日本100名城】: 35.235948, 139.128070
津久井城: 35.577632, 139.250422
玉縄城: 35.351269, 139.519490
衣笠城: 35.245374, 139.654555
小机城【続日本100名城】: 35.512563, 139.593562
大庭城: 35.361110, 139.451834
河村城: 35.355126, 139.078819
茅ヶ崎城: 35.544671, 139.579153
榎下城: 35.517993, 139.529822
深見城: 35.493335, 139.469032
寺尾城: 35.506262, 139.654276
丸山城: 35.407532, 139.319665
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小田原城【日本100名城】
小田原城【小田原市】
小田原城は北条氏の居城として知られ、豊臣秀吉の小田原征伐の舞台となった。その後、徳川家康の関東移封に伴い、近世城郭に変貌を遂げる。土造りの城が多い関東地方において、主要部のすべてに石垣を用いた総石垣造りの城としても有名である。



遺構:石垣・土塁・水堀・空堀・大堀切・土塁・郭・障子堀跡
復元:天守・門
縄張り:平山城(国指定史跡)

データベース
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石垣山城【続日本100名城】
石垣山城【小田原市】
石垣山城は豊臣秀吉が小田原征伐の際に築いた陣城です。一夜にして築城されたかのように見せて驚かせたことから「一夜城」とも呼ばれている。関東では最初の総石垣の城であり今でも石垣が残っている。



遺構:石垣・曲輪・堀切・井戸
縄張り:山城(国指定史跡)

データベース
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津久井城
津久井城【相模原市】
戦国時代、小田原城を本城とした北条氏の支城として機能。天正18年、小田原征伐で徳川勢の本多忠勝、平岩親吉らに攻められ、落城したと伝わる

遺構:土塁・堀切・土橋・虎口・石垣
縄張り:山城

データベース
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玉縄城
玉縄城【鎌倉市】
玉縄城は北条早雲によって、三浦半島に本拠を置く相模国の最大勢力である三浦氏を攻略するための拠点として築かれた。城主には北条氏時をはじめとして、代々小田原北条氏の近親者が務めた。

遺構:堀切・土塁・大土塁・帯郭・虎口跡
縄張り:平山城

データベース
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衣笠城
衣笠城【横須賀市】
鎌倉時代の有力御家人 三浦氏の居城で源頼義に従って「前九年の役」に出陣した村岡平太夫為通が三浦の地を与えられ築城したと伝えられている。現在遺構は、ほとんど残っていない。

遺構:曲輪
縄張り:山城
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小机城【続日本100名城】
小机城【横浜市】

関東管領上杉氏によって築城され、太田道灌によって攻められ廃城となる。北条氏綱の手により修復され小田原城の支城となるも、豊臣秀吉による小田原征伐の際に無傷のまま落城。徳川家康の関東入府にともなって二度目の廃城となった。



遺構:堀切・横堀・空堀・土塁・虎口・土橋・櫓台・帯郭
縄張り;平山城

小机城データベース
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大庭城
大庭城【藤沢城】
神奈川県南部における唯一の中世城郭址で、この付近を領有した大庭氏が築いたとされる。その後は太田道灌が改修し、のちには北条早雲も改修するなど東相模の重要な城と位置づけられていた。後北条氏の滅亡とともに廃城。

遺構:曲輪・土塁・空堀
縄張り:平山城
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河村城
河村城【山北町】
戦国時代には関東管領上杉氏、大森氏の持城となった時期を経て最終的には北条氏が甲斐の武田氏に備えた支城として重要視された。1590年 豊臣秀吉の小田原征伐で落城し廃城になった。

遺構:曲輪・堀切・復元畝堀・井戸
縄張り:山城(県指定史跡)
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茅ヶ崎城
茅ヶ崎城【横浜市】
築城年代や築城者については不明ですが、小机城の支城として太田道灌に攻め落とされたと考えられている。その後、扇谷上杉氏の南下に備えるため、1521年頃に北条氏により改修された。ニュータウン化した住宅街にひっそり佇む城。



遺構:曲輪・土塁・空堀・堀切
縄張り:平山城(市指定史跡)

茅ヶ崎城データベース
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榎下城
榎下城【横浜市】
上杉四家のひとつ、詫間上杉氏の上杉憲清によって築かれた城。戦国時代には北条氏が小机城の支城として活用したと考えられている。城址には大手の喰違い虎口の土塁が残されており、二の丸跡に舊城寺が建立されている。

遺構:曲輪・土塁・空堀
縄張り:平山城
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深見城
深見城【大和市】
築城者など詳細は謎の城。発掘調査では14世紀末~16世紀末と推定されている。縄張りや城郭構造から16世紀の戦国時代と考えられる土塁や空堀が残っている。

遺構:曲輪・土塁・空堀・虎口・土橋
縄張り:単郭式 平山城
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寺尾城
寺尾城【横浜市】
信濃の名族・諏訪氏の支流で、北条氏につかえた諏訪氏の城として知られている。1575年に諏訪氏が滅びるまで5代、百数十年間の居城だった。1569年に武田信玄が小田原城へ侵攻した際に攻略されたと伝えられている。



遺構:土塁・空堀
縄張り:平山城

寺尾城データベース
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丸山城
丸山城【伊勢原市】
扇谷上杉氏が築いたと推測されている城で、伊豆から相模に進出した北条早雲に備えるために扇谷上杉氏が居館跡を改修して城を築いたと考えられている。現在は土塁や空堀、切岸などの遺構が残されてる。

遺構:土塁・空堀
縄張り:平山城