【宮城県】白石城

CASTLE DATA FILE.02
登城日:2023年8月14日
交通手段:仙台駅から車で45分
ステータス:続日本100名城・市指定史跡
ジャンル:梯郭式 平山城
遺構:石垣
復元建築:三階櫓・門・塀
スタンプ:白石城天守内で押印
御城印:白石城歴史探訪ミュージアム事務所
伊達家重臣 片倉家の居城。仙台藩 南部の防衛ライン
城めぐりを始めて2城目となるのが、宮城県の白石城です。
先月、小田原城に行った際に、城の魅力に気付かされたワタクシ。30年ぶりくらいに白石城へやってきました。
白石城は蒲生氏郷が会津若松城の支城として改修し、後に会津に入封した上杉家の城となります。1600年に北の関ヶ原と称される慶長出羽合戦の際、伊達政宗が自力で奪取。
伊達家の重臣 片倉小十郎景綱の居城として約270年もの間、片倉氏がこの地を納めました。
仙台藩の居城は仙台城(青葉城)で、明治維新までの260年間もの間、伊達家の居城であり続けました。
白石城には車で向かい、公共駐車場に停めて歩いて城郭を目指します。

白石城の標高は76m。駐車場から登城口を登っていくと立派な石垣が見えてきます。

振り返った坂道と土塀。
石垣も道に沿ったアール形状で芸術的。

石垣の上に立派な天守。当時は大櫓と呼ばれていましたが実質的な天守でした。
戦後の木造復元が行われた天守では高さ・広さともに日本最大級。

天守台の高さ9.8m+天守の高さ16.7mなので、櫓とは思えぬ迫力。他の城の天守と変わらぬ大きさです。
張り出しの下は石落としになっています。
丸くゴツゴツとした石を使った野面積み。白石城は本丸を石垣で囲んでいましたが、明治の廃城令で建築物だけでなく、石垣までもが撤去されてしまいました。
現存している石垣は一部しかなく、天守復元の際に石垣も復元されました。

本丸に入る第一の門は大手一ノ門。
下から登ってくると、ぐるっと180度曲がって一ノ門をくぐるようになっています。

門の下で足止めされている敵を狙う石落とし。狭間も大量に設けられていて、防御に優れた作りになっています。

大手一ノ門の先には大手ニノ門が待ち構えます。
枡形になっており、極端に入口が狭く絞り込まれています。敵が攻めてきた際はこの空間で立ち往生する敵を一網打尽にする設計。

枡形から見た天守と大手一ノ門。

大手ニノ門も忠実に木造復元されています。使用されている木材は樹齢1000年の檜が使われました。

大手ニノ門を抜けると本丸跡に出ます。そして奥には天守。定番でありますが、良いショットです。

現在本丸の広い敷地は広場となっており、桜の名所となっている白石城にとって、重要な場所となっています。

当時は模型のように本丸には御殿建築が建ち並んでいました。

当時は本丸御殿と接続されていた階段上に付けられた屋根。

石垣の外周は土塀で囲まれており、この角度から見ると三重の天守は、四重に見えます。

天守下には井戸なども残されています。

天守内部。
忠実に再現しており、かなり技術評価も高いそうです。金具を使わない伝統的な工法で復元。
東日本大震災の時は石垣も含めて無傷で残りました。

天守内部には片倉景綱、伊達政宗などの甲冑が飾られています。
赤い甲冑には六文銭!白石城と片倉景綱と真田家は実は深い繋がりがあります。
詳細は後ほど!

天守三階には回り縁があり、景色を眺めることができます。
出入口には華頭窓ならぬ、華頭扉となっています。寺院建築などで用いられる華頭を城郭建築の扉部分に使うのは珍しいパターン。

最上部の小屋組み。

先ほど通ってきた大手一ノ門と大手ニノ門を上から眺めます。
上から見るとすごく変わった形をしているのが分かります。
一ノ門からニノ門までにギュッと狭まり、ニノ門の目の前で枡形になっています。門の前に立つ敵を背後からも狙える技巧的な設計です。

天守閣下にある資料館にも真田幸村の甲冑が飾られており、グッズも伊達政宗、片倉景綱、真田幸村と揃えられています。
ワタクシの好きな武将、伊達政宗と真田幸村の甲冑が並んでいるのはテンション上がってしまいます。
大坂の陣で大活躍した真田幸村は伊達軍と激突しました。そして、真田幸村が亡くなる前日に敵の東軍である伊達軍に子供や妻達を託しました。
その後、真田幸村の子供たち5人を匿う形で仙台に帰ってきたといいます。そして、この白石城の二の丸で匿いながら養育したとされています。
真田家は信州上田ですが、仙台でも繁栄したのはこの白石城があったです。そして、幕末に幕府軍と新政府軍が激突した明治維新。
仙台藩を含めた越後、東北勢は奥羽越列藩同盟を結んで新政府軍に対抗。その軍議はこの白石城で行われました。小さな城ですが、歴史上では奥の深い話が、たくさん詰まった白石城です。
城をめぐり始めて思ったのは、自分が住んでいた地域や県でも、意外と知らない事が多いという点。これから城を通して、地域の歴史を学んでいきたいと思います。










