【神奈川県】寺尾城

CASTLE DATA FILE.94
登城日:2026年1月30日
交通手段:東急東横線「菊名駅」から、臨港バス「鶴01」殿山で下車
ステータス:ー
ジャンル:平山城
遺構:空堀・土塁
御城印:横浜市歴史博物館で購入

住宅地の開発で城は破壊。僅かに残る遺構は公園として保存

今回は神奈川県横浜市鶴見区の寺尾城に初訪城。

寺尾城を今回選んだ理由は、1年前の2025年1月に小机城と茅ヶ崎城を攻略した際に、御城印を購入する為に横浜歴史博物館に行きました。
小机城と茅ヶ崎城の御城印と寺尾城の御城印も売っており、購入していたのでこの機に攻城を決行。

菊名駅と鶴見駅の中間くらいに位置しているので、路線バスに乗ることをお勧めします。ワタクシは菊名駅から「殿山」で下車して歩いて向かいました。

城郭がある寺尾周辺は元々が山だったのか、坂道が非常に多いエリア。現在はほぼ住宅街となっています。
寺尾城に向かう道も、かなりアップダウンがありました。

ドラマに出てきそうな急な階段。

階段の上からの街並み。夕暮れが近かったので、よりドラマチックな感じになっています。
今は住宅が立ち並んでいますが、この高低差はこの場所が山であった証。

住宅街の中に突如現れる寺尾城の石碑

Googleマップで殿山公園を目指せば、遺構に到着できますが、この石碑は殿山公園から歩いて5分くらいの場所にあります。

寺尾城は信州出身の諏訪氏が城主で、扇谷上杉氏に仕えた後は小田原北条氏に仕えて活躍した武将です。5代140年に渡ってこの地を納めていたとされます。

永禄12年(1569年)、武田信玄が小田原城を攻めた際に落城し廃城とされているが、実際にいつまで城が存在していたのかは定かではないようです。

普通の住宅街ですが、形状が特殊だったので一応写真を撮ってみました。
ここだけアップダウンしており、下り坂から上り坂になります。上り坂の先に殿山公園があります。

そして、不自然なほど急な曲がり角。

この辺りも昔は寺尾城でしたので、当時はどのような山の形状をしていたのか気になります。宅地造成でこうなった可能性もありますが、それにしては不自然な道かなと思われます。

今度は急な下り坂となり、下に殿山公園があります。この一帯だけ小さな森となっています。

縦格子の横は、この辺りが山であった痕跡がしっかりと残っています。
斜面には何となく土塁のような跡らしきものが。間違いかもしれませんが斜面がフラットになっている場所が、何となく横堀に見えます。

振り返るとかなり急な坂道なのが分かります。

殿山公園の入口。
もしかしてハッキリとした遺構は、もう残っていないのではないか・・・

下から斜面を見ると、遺構が残っていそうな雰囲気はあるのですが、立入りができないので確認するのは難しい状況。

フラットな部分は曲輪だったと思われます。
発掘調査で8つの建物跡が発見されています。

木の間から土塁を発見!!

もしや・・・

ついに遺構を発見!街並みと同化した竪堀

中に入ることはできないのですが、公園の隅に竪堀を発見しました!

草木で隠れてしまっていますが、間違いなく竪堀です。
調べると1993年、2010年、2015年と3度に渡って発掘調査が行われたそうです。
深さ3m、堀底幅は1mの遺構が発見され、殿山公園として保存されています。

下は遊具のある公園になっていますが、子供たちがたくさん遊んでいたので、映ると問題がありそうなので写真は控えました。

竪堀の上部。
遺構が残っているのは、ほんの一部です。それでも、貴重な遺構を壊さずに保存したのはとても意味があることで、この遺構があることによってワタクシのように寺尾城の歴史に触れる人も多くなります。

続いて、寺尾城の近くにある馬場花木園に向かいます。行く時の階段よりもノスタルジックな階段を下りて、対面の住宅街に向かいます。

独特の雰囲気が良き。

寺尾城と対面する住宅地。
遠くに見える木の方面が寺尾城となります。

Googleマップの通りに細い路地を進みます。
こちらの方が何となく城跡感があります。

馬場花木園には旧藤本家住宅があります。
江戸末期から明治初期に建てられた茅葺屋根の住宅。

こちらも茅葺屋根の東屋。
納屋を茶室として改修した建築物で、旧藤本家主屋と東屋は特定景観形式歴史歴史的建造物に指定されています。

鶴見駅や菊名駅からは、ややアクセスが不便ですが路線バスは本数がかなり多いので、気軽に立ち寄れる城跡です。
遺構はかなり少ないものの、街全体の形状が独特なので、想像力を働かせて楽しむのも一つかなと思います。

御城印は寺尾城からは遠い横浜市歴史博物館で販売しているので注意です。