明石城【日本100名城】

明石城は江戸時代に譜代大名である小笠原忠政が2代将軍・徳川秀忠に命じられて築いた城。
西国大名への備えとして築いた「10万石」格の堅城で、明石川を外堀とし東西に長い台地に本丸、二の丸、三の丸を配置した連郭式縄張りで、防御の要である2つの現存三重櫓が特徴。巨大な内郭面積(約25ha)が特徴で、姫路城を上回る規模を誇った。 

現在は明石公園として整備されており、巽櫓と坤櫓のふたつの三重櫓が現存し、国の重要文化財に指定されている。
JR明石駅のすぐ北側に位置しているため、駅のホームから美しい城郭を望むことができる。

明石城の見どころ

遺構ポイント

明石城のシンボルは二基の現存三重櫓。
しかし明石城は縄張りと石垣も魅力的。東の丸まで高石垣が続いています。そして本丸と東の丸の裏側も高い石垣で形成しているので要チェックです。

観光ポイント

明石市には明石藩や藩主の縁ある寺院などが多く存在します。また食の町としても有名で、400年の歴史をもつ「魚の棚商店街」は明石焼きのお店や、新鮮な海産物を扱う魚屋が多く軒を連ねています。

名城スタンプと御城印

※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
■日本100名城スタンプ
・明石公園サービスセンター受付前

御城印
・明石公園サービスセンター受付窓口
 受付時間: 8:45~17:00

明石城 周辺の天気

別名喜春城、錦江城
城郭構造連郭梯郭混合式平山城
天守構造なし(天守台はあり)
築城主小笠原忠真
築城年1618年(元和4年)
主な改修者松平直常
主な城主松平氏(越前系)
廃城年1874年(明治7年)
遺構櫓、石垣、堀、移築門
指定文化財国の重要文化財(巽櫓・坤櫓)、国の史跡
再建造物

写真で見る明石城

明石城 巽櫓石垣
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明石城 巽櫓石垣
明石城 本丸石垣
明石城 巽櫓と坤櫓
明石城 天守台と坤櫓
明石城 巽櫓・未申櫓
明石城 本丸ー二の丸石垣
明石城 巽櫓
明石城 坤櫓 (2)
明石城 巽櫓 (2)
明石城 現存櫓と高石垣
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登城レポート

2023年9月23日:初訪城

明石城について

JR明石駅北側に位置し、駅ホームより間近に望める。縄張りは連郭梯郭混合式の平山城である。丘陵舌端に築かれ、本丸付近は柿本人麻呂を祀った人丸塚があったと言われており、この地は嘉吉の乱で激戦地となった。

明石の地は、山陽道が通り、北には丹波国、但馬国への道が分かれ、淡路島、四国のルートがあり、古来より交通の要衝であった。徳川幕府が西国の外様大名の抑えの城として、姫路城についで着目した。

現在中堀の内側は兵庫県立明石公園として整備され、日本さくら名所100選に指定されている。櫓や石垣は1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災で被害を受けたが全面修復された。

明石城の歴史

1617年(元和3年)信濃松本藩主より明石藩主となった小笠原忠真は、明石城の西方、明石川河口西岸にあった船上城に入城した。譜代大名たる小笠原氏10万石の居城として城郭を建設するよう、同年に第2代・将軍徳川秀忠より築城命令された。

人丸山の地の利を利用し、三木城、高砂城、枝吉城、船上城の木材を使用し着工され、坤櫓は伏見城、巽櫓は船上城の遺材が使用されたと伝えられている。また細川忠興書状には、忠興から忠真へ中津城天守を贈ったとあり、この部材も転用された

元和5年(1619年)正月から作事が始まり、元和6年(1620年)正月には小笠原忠真が船上城から移り住み、同年6月から城内の建物関係の工事が開始された。このとき天守は台石まで積まれたが、建てられなかった。

築城と並行して城下町の町割りも実施され、当時小笠原忠真の客分だった宮本武蔵が指導したと『赤石市中記』『播磨鑑』『播州明石記録』『小笠原忠真一代覚書』など各史書に記録されている。

城郭

本丸を中心に配し、東側に二の丸、その東に東の丸が配され、南側に三の丸、西側には稲荷郭が設けられた。本丸、二の丸、東の丸は明石城の主郭部分で、この部分の石垣、土塁、堀などの作事は徳川幕府が担当し、三の丸と町屋に関しては、小笠原氏と徳川幕府の共同事業として進められた

本丸の西南にある天守台上面の広さは約152坪(東西約25m南北約20m)ある。広さから推察すると5重規模相当の天守が築かれる予定だったが、天守は建設されず、四隅に巽櫓、坤櫓、乾櫓、艮櫓が建設された。

当時は全部で櫓が20基、門を27棟を有していた。

『日本城郭大系』によると「坤櫓が天守の代用となっている」とされている。4基のうち南側の2棟、すなわち巽櫓(たつみやぐら、南東側)、坤櫓(ひつじさるやぐら、南西側)が現存し国の重要文化財に指定されている。

巽櫓・坤櫓の棟(破風)の方向は異なっている。西側は明石川を自然の外堀とし、南側は運河を掘って港を兼ねた外堀(現在の明石港)とした。北側は鴻の池(剛の池)と自然林、谷筋で防備を固めた。

桁行6間、梁間5間、高さ7間2尺9寸。入母屋根造で妻部は南北に向く。昭和57年の改修工事で他城から移築されたと分かった。

国の重要文化財

巽櫓(たつみやぐら)は、本丸の南東(辰巳)の角に位置する、国の重要文化財に指定された現存三重櫓です。明石城には天守が築かれなかったため、この巽櫓と南西の坤櫓(ひつじさるやぐら)がその役割を補完していました。

築城に際して、かつて明石市内にあった「船上(ふなげ)城」の遺構を移築したものと伝えられています。


坤櫓(ひつじさるやぐら)は、本丸の南西(未申)の角に建つ、国の重要文化財です。巽櫓と対をなす現存三重櫓ですが、規模や由来に独自の特徴があります。
現存する三重櫓としては日本最大級の規模を誇り、明石城には天守が築かれなかった為、この坤櫓が天守代用として機能していました。

マップ

アクセス

▪️公共交通機関
・JR神戸線・明石駅から徒歩約5分
・山陽電気鉄道本線・山陽明石駅から徒歩約10分

▪️車
・第二神明道路・大蔵谷ICから10分
・第二神明道路・玉津ICから15分

明石城 周辺スポット

月照寺 山門

伏見城廃城時に伏見城薬医門を明石城切手門として移築。

さらに明治廃城時に切手門を、明石市内の月照寺へ移築。明石市指定文化財に指摘されている。

織田家長屋門

江戸時代初期に建てられた、明石藩歴代家老・重臣屋敷をしのぶことができる長屋門。

船上城からの移築と伝えられており、長屋門に使用されている太鼓鋲・蝶番・飾り金具は室町時代の様式を備えています。

明石城 周辺宿泊施設

明石城 周辺のグルメ

兵庫県の城を攻める

兵庫県

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姫路城【日本100名城】: 34.839324, 134.694035
竹田城【日本100名城】: 35.300475, 134.829100
赤穂城【日本100名城】: 34.745809, 134.389304
有子山城【続日本100名城】: 35.455534, 134.877970
明石城【日本100名城】: 34.652408, 134.991621
篠山城【日本100名城】: 35.073349, 135.217431
洲本城【続日本100名城】: 34.337718, 134.902884
尼崎城: 34.715081, 135.421008
有岡城(伊丹城): 34.781254, 135.420978
黒井城【続日本100名城】: 35.178976, 135.104472
龍野城: 34.868715, 134.544765
岩尾城: 35.096878, 134.977341
三木城: 34.799753, 134.987683
出石城【続日本100名城】: 35.460222, 134.874666
端谷城(はしたにじょう): 34.728449, 135.051285
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姫路城【日本100名城】
姫路城【姫路市】

軍事施設である城は、現代では日本の文化であり芸術であることを世界に知らしめた名城。奇跡の現存率を誇る建築物。



遺構:天守群・各櫓・各門・石垣・堀  ※国宝8件 ※国指定重要文化財74件
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竹田城【日本100名城】
竹田城【朝来市】

穴太衆によって標高354mに積まれた石垣は、400年経った今も同じ姿を我々に見せてくれる。雲に浮かぶその姿は、まさに天空の城。



遺構:石垣・堀切・石段・虎口・竪堀
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赤穂城【日本100名城】
赤穂城【赤穂市】

赤穂浪士を生んだ城として人気。輪郭式と梯郭式を組み合わせた特殊設計の築城技術を駆使している。海と川を利用した防御に長けた城。



遺構:石垣、堀、本丸庭園、二之丸庭園、門跡

復元建築:櫓・門
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有子山城【続日本100名城】
有子山城【豊岡市】

標高321mに築かれた山城で、麓の出石城から登城することができる。豊臣秀長が藤堂高虎に造らせたと言われており、今でも立派な石垣や大堀切などが残る。

遺構:石垣・曲輪・堀切・竪堀・土橋
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明石城【日本100名城】
明石城【明石市】

2代将軍 徳川秀忠の命により、天下普請によって造られた城。全国に12基しか残っていない現存の三重櫓の内、二基が明石城に残っている。



遺構:櫓(坤櫓、巽櫓)・石垣・堀

移築建築:切手門が明石市内の月照寺に移築

復元建築:土塀

詳細は【明石城データベース
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篠山城【日本100名城】
篠山城【丹波篠山市】

慶長の築城ラッシュ時に徳川家康によって築かれた城。築城の名手 藤堂高虎が縄張を担当し、天下普請により大突貫で完成させた。本丸には大書院が復元されている。



遺構:石垣・堀

復元建築:御殿 大書院

縄張り:平山城(国指定史跡)

篠山城データベース
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洲本城【続日本100名城】
洲本城【洲本市】

脇坂安治が城主のときに天守を築き、石垣を大改修。石垣の保存状態がよく、明石海峡の絶景を見ることができる。



遺構:石垣・天守台・堀

復元建築:模擬天守
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尼崎城
尼崎城【尼崎市】

かつては複合式層塔型 4重4階の天守がそびえていた。現在の天守はエディオンの創業者 安保氏が12億円の私財を投入して建てられた。



遺構:ー

復元建築:天守(復興天守)・石垣・土塀

詳しくは【尼崎城データベース】
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有岡城(伊丹城)
有岡城【伊丹市】

謀反を起こした織田家家臣 荒木村重と織田信長が戦った有岡城の戦いの舞台。城と城下町を一体化させた「惣構え」の先駆といえる城。



遺構:石垣・土塁・堀跡

詳しくは【有岡城データベース
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黒井城【続日本100名城】
黒井城【丹波市】

織田信長は1575年に明智光秀を総大将に丹波国征討戦に乗り出し黒井城も包囲。1578年に落城。光秀は斎藤利三を城主に任じた。土塁や石垣など遺構が残る。



遺構:石垣・空堀・郭跡・堀切・土塁

縄張り:山城(国指定史跡)
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龍野城
龍野城【たつの市】

脇坂安政の居城で、現在は本丸に白亜の城壁が復元され、本丸御殿や櫓や門が復元されている。城下町は「播磨の小京都」として親しまれている。



遺構:石垣

復元建築:本丸御殿・多聞櫓・埋門・隅櫓

移築建築:たつの市内の浄栄寺に東門・因念寺に大手門が移築現存している
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岩尾城
岩尾城【丹波市】

元は和田氏の居城でしたが、1579年に明智光秀の攻撃によって落城。その後、近世城郭へと改修。現在の城址には土塁や堀切、主郭部には石垣が築かれ、天守台も残っている。

遺構:石垣・天守台
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三木城
三木城【三木市】

別所長冶の居城。羽柴秀吉による兵糧攻め「三木合戦(三木の干殺し)」の舞台でも有名な城。播磨三大城と称されたほどの堅城だが、1年10ヶ月におよぶ籠城戦の末に落城。

遺構:曲輪・土塁・空堀・井戸・天守台等
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出石城【続日本100名城】
出石城(いずしじょう)【豊岡市】

有子山城を廃城として山麓に築いた城。辰鼓櫓、堀、石垣などが現存。城下町は町割が碁盤の目状であることから「但馬の小京都」と呼ばれ、国選定の重要伝統的建造物群保存地区となっている。



遺構:辰鼓櫓(しんころう)・堀・石垣

復元建築:隅櫓・登城門・登城橋

縄張り:平山城(市指定史跡)
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端谷城(はしたにじょう)
端谷城【神戸市】

端谷城は衣笠範景の居城として知られており、西国街道の要衝でもあり摂津と接していることから、三木城の支城としての役割を担っていた。土塁や空堀などの遺構を確認することができ、また三の丸跡にある満福寺には範景の墓碑がある。

遺構:曲輪・土塁・堀切
縄張り:丘城