篠山城は関ケ原の合戦後に豊臣と徳川が最高の軍事緊張が高まった1609年に築城された。
豊臣を包囲する城のひとつとして山陰道の要衝である丹波篠山盆地に、築城の名手と謳われる藤堂高虎が縄張を担当して築城。
15か国20大名の助役による天下普請により、わずか6か月で完成したといわれている。城址には堀や石垣、天守台が残っており、馬出の遺構が国の史跡に指定されている。2000年4月には二の丸大書院(おおしょいん)が復元。外堀沿いには桜が約1000本、植えられているので、春には多くの花見客で賑わう。
お城ニュース ※外部リンク
2026年6月11日
映画「黒牢城」の撮影が丹波篠山市で行われました!
篠山城の見どころ

屏風折れ石垣

天守台石垣

大広間

中門跡

東馬出

井戸跡

外堀

内堀
篠山城カルテ
■攻略のレーダーチャート(ポイント)
■ポイント
- 藤堂高虎の縄張りによって築かれた城らしく、高い石垣が最大の魅力。水堀が綺麗に残っており、大書院が復元されている
- 天下普請で築かれ、築城名人藤堂高虎が設計した城なので歴史的価値が高い
平均:75/100 ポイント
合計:450/600 ポイント
おススメ度:★★★★☆☆
■見どころバロメーター
■兵庫県 主要城郭との比較(ポイント)
※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー
名城スタンプと御城印
※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
日本100名城スタンプ設置場所
大書院館内
開館時間:9:00~17:00(受付終了は16:30)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月25日~1月1日)
御城印販売
大書院館内
開館時間:9:00~17:00(受付終了は16:30)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月25日~1月1日)


篠山城 周辺の天気
| 別名 | 桐ヶ城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 輪郭式平山城 |
| 天守構造 | なし(天守台はあり) |
| 築城主 | 徳川家康 |
| 築城年 | 1609年(慶長14年) |
| 主な城主 | 形原松平家、青山氏 |
| 廃城年 | 1871年(明治4年) |
| 遺構 | 石垣、堀 |
| 指定文化財 | 国の史跡 |
| 再建造物 | 二の丸御殿玄関、大書院 |
写真で見る篠山城
マップ
アクセス
■公共交通機関
・JR福知山線・篠山口駅より、神姫バスで15分、「二階町」下車、南へ300m
■車・バイク
・舞鶴若狭自動車道・丹南篠山口IC
■駐車場
・無料専用駐車場あり
歴史・沿革
江戸時代
1609年(慶長14年)徳川家康は、松平康重を常陸国笠間城から丹波国八上城に移し、さらに新城の築城を命じた。これは、山陰道の要衝である丹波篠山盆地に城を築くことによって、大坂の豊臣氏をはじめとする西国諸大名のおさえとするのが目的であったとされる。
篠山盆地中心部の丘陵である笹山を築城地と定め、藤堂高虎が縄張を担当した。普請総奉行を池田輝政が務め、15か国20の大名の助役による天下普請により6か月で完成した。二の丸御殿を藩庁として使っていた。
以後、松井松平家一代、藤井松平家二代、形原松平家五代、青山家六代の歴代篠山藩主を経て明治を迎えた。
近現代
1873年(明治6年) に城郭の建造物が取り壊され始めた。二の丸御殿の大書院(おおしょいん)も公示入札を行ったところ100円での落札が決まったが、取り壊しに多くの費用が必要なことから放置された。これを旧藩士の安藤直紀が入手し、小学校、次いで公民館へと転用されて現存した。
しかし1944年(昭和19年)に火災訓練時の失火により焼失した。
復元・整備
城周辺の整備がすすめられており、2000年(平成12年)4月には二の丸御殿の中心的建物だった玄関、大書院(おおしょいん)が江戸時代の平面図や昭和時代初期の実測図、昭和時代初期に撮影された外観の古写真を基に木造復元された。大書院は一般公開されている。
堀に不法投棄される自転車などのゴミや、増える外来種を駆除するために堀の水を抜いて作業するなどして水質を改善する活動が行われている。令和元年7月、三の丸南広場の整備が終わり供用が再開された。
縄張
城は内堀と外堀を有し、内堀内に本丸と二の丸を設ける。外堀の外周は1辺約400mのほぼ正方形で、東・北・南の門には馬出を設置して守りを固めていた。二の丸を囲む土塀は所々、屏風折りに外側に突き出しており狭間の死角を少なくする工夫がされていた。
築城当初より天守台はあるが天守は建設されなかった。これは石垣や堀をはじめとする城の造りが堅固すぎることを幕府が懸念したためと伝えられている。実際には次に予定していた名古屋城の普請にあたり、篠山城築城に関わった助役大名のほとんどを移らせたためであり、家康も必要以上に堅固とした為、普請期間が伸びたと難じた。
天守の建てられなかった天守台には、平櫓が南西隅に建っていた。
三の丸に上級武士、外堀沿いに中級・下級武士、外堀南に足軽長屋、街道沿いに町や社寺が配置された。
文化財
馬出の遺構が東と南の2カ所が残っている、特に南馬出は現存する唯一の土塁だけの馬出であり、その高さは約4メートルである。1956年(昭和31年)12月28日国の史跡に指定された。いずれの門か不明だが市内金照寺に山門として移築現存している。
篠山城 周辺スポット
河原町妻入商家群

「河原町妻入商家群」は、江戸時代の佇まいを色濃く残す歴史的な町並みです。約600m続く通り沿いには、妻入と呼ばれる建築様式の商家が立ち並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
春日神社
丹波篠山の中心市街地に位置する神社。今から約1000年前の貞観の頃、奈良の春日大社から御分霊を篠山城(へ勧請し、築城される際に今の場所へ移された。古来より氏子の守り神として崇め奉られてきた神社は篠山藩第13代藩主・青山忠良が寄進建立した能舞台があることで有名だ。床板を踏む音を反響させるため床下に丹波焼の大甕を配置した能舞台は、その当時箱根より西において最も立派な能舞台であったといわれている。
篠山城 周辺宿泊施設

篠山城 攻城の拠点
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