多賀城(日本100名城)
多賀城は大和朝廷が蝦夷を制圧するため、軍事的拠点として築いた城柵です。平城宮跡(奈良県)、太宰府跡(福岡県)とともに日本三大史跡に数えられている。陸奥国府のほか、鎮守府が置かれた。
現在は国の特別史跡に指定され、政庁跡や城碑、復元された塀などが残されている。多賀城創建1300年を記念して、2025年に多賀城南門が復元された。さらに石碑が2024年に国宝になるなど、今注目度の高い史跡である。
Contents
多賀城の見どころ
- 偽物説もあった、奈良時代の762年に建立された古代文書の多賀城碑が2024年に国宝に認定。
- 1000年以上前の遺跡が広域に渡って多数残る。史跡の範囲が広すぎるため、未発掘調査の場所も多い。今後の新たな新発見が期待される。
- 土塁や空堀跡が良好に残っており、目の前で見ることができる。
- 多賀城創建1300年を記念して復元された南門。
名城スタンプと御城印
※スタンプ設置場所や営業時間は最新情報をご確認ください。
日本100名城スタンプ
■多賀城跡ガイダンス施設(多賀城南門南側)
時間:9:00~16:30(押印は管理事務所の閉所時も可能)
御城印
■多賀城跡ガイダンス施設(多賀城南門南側)
■史都多賀城観光案内所(JR東北本線国府多賀城駅)
多賀城 周辺の天気
| 別名 | 多賀柵 |
|---|---|
| 城郭構造 | 古代城柵 |
| 築城主 | 大野東人 |
| 築城年 | 神亀元年(724年) |
| 遺構 | 政庁跡など |
| 指定文化財 | 国の特別史跡「多賀城跡 附 寺跡」 |
写真で見る多賀城
レポート
概要
多賀城(たがじょう)は、宮城県多賀城市にあった古代城柵。国の特別史跡に指定され(指定名称は「多賀城跡 附 寺跡」)、出土品は国の重要文化財に指定されている。多賀柵(たかのき)とも。
奈良時代より陸奥国府や鎮守府が置かれ、平安時代(11世紀中頃)まで東北地方の政治・軍事・文化の中心地であった。
奈良平城京の律令政府が蝦夷を支配するため、軍事拠点として松島丘陵の南東部分である塩釜丘陵上に設置した。平時は陸奥国を治める国府(役所)として機能した。
創建は神亀元年(724)、按察使大野東人が築城したとされる。8世紀初めから11世紀半ばまで存続し、その間大きく4回の造営が行われた。
第1期は724年 – 762年、第2期は762年 – 780年で天平宝字6年(762)藤原恵美朝狩が改修してから宝亀11年(780)伊治公砦麻呂の反乱で焼失するまで、第3期は780年 – 869年で焼失の復興から貞観11年(869年)の大地震(貞観地震)による倒壊および溺死者千人ばかりを出した城下に及ぶ津波被災まで、第4期は869年 – 11世紀半ばで地震及び津波被災からの復興から廃絶までに分けられる。
なお、多賀城の「城」としての記載は『日本三代実録』にある貞観津波の「忽至城下」が最後であり、翌貞観12年の同書には「修理府」、藤原佐世『古今集註孝経』の寛平6年(894)朱書「在陸奥多賀国府」ほかに「府」あるいは「多賀国府」と記載。
多賀城創建以前は、仙台郡山遺跡(現在の仙台市太白区)が陸奥国府であったと推定される。この国府のほか鎮守府が置かれ、政庁や食料貯蔵用の倉などを設け、附属寺院が築かれていた。
霊亀2年(716)には、移民によって黒川以北十郡が成立し、神亀元年(724)には陸奥国府は仙台郡山遺跡から多賀城に移された。北方の備えとして石巻平野から大崎平野にかけては天平五柵(牡鹿柵・新田柵・玉造柵・色麻柵・不明の1柵)を設置、これらは養老4年(720)、石背国・石城国・陸奥国に三分された陸奥国をふたたび統合し、多賀城という新国府の建設により、弱体化した陸奥国の支配強化を図った。
これにより、奈良時代の日本では平城京を中心に、南に大宰府、北に鎮守府兼陸奥国府の多賀城を建てて一大拠点とした。
近代の調査
多賀城跡とその周辺の調査が昭和36年(1961)から開始され、外郭は東辺約1000m、西辺約700m、南辺約880m、北辺約860m、築地塀や柵木列をめぐらせた政庁域が確認された。
その中心からやや南寄りに東西約106m、南北約170mの築地塀で囲んだ区域があり、主要な建物の跡と見られる礎石や柱穴が多数確認され、正殿と考えられた。
多賀城政庁東門跡に隣接して陸奥国百社を祀る陸奥総社宮がある。陸奥国一宮(いちのみや)鹽竈神社(塩竃神社)を精神的支柱として、松島湾・千賀ノ浦(塩竃湊)を国府津とする。
1966年4月11日、遺跡は国の特別史跡に指定された。その後も発掘調査が進展した結果、多賀城跡一帯とともに多賀城廃寺跡、館前遺跡、柏木遺跡、山王遺跡などを含む範囲が追加指定されている。
文化財・国宝
多賀城碑(古文書)
■1998年(平成10年)6月30日に国の重要文化財に指定
■2024年(令和6年)8月27日に国宝に指定
国の特別史跡
多賀城跡 附 寺跡1922年(大正11年)、国の史跡に指定
■1965年 史跡範囲の追加指定
■1966年 国の特別史跡に指定。
■1974年・1978年・1980年・1984年・1990年・1993年、史跡範囲の追加指定。
マップ
アクセス
■鉄道:JR東北本線(仙石東北ライン)国府多賀城駅より政庁跡まで徒歩約10分。
■最寄IC:三陸自動車道・多賀城IC
多賀城 周辺スポット
陸奥総社宮

鎮座年月は明でないが、此の地は往古陸奥国の府内(東門外)にして陸奥国府に属する総社である。
江戸時代になると仙台藩初代藩主の伊達政宗による領内寺社整備が行われ、陸奥総社宮には歴代藩主の尊崇が篤く、親拝代参などがあった。
多賀城碑

多賀城碑は、宮城県多賀城市の「多賀城跡」にある、762年に藤原朝狩が多賀城の修造を記念して建立した古代の石碑である。
神亀元年(724年)の創建や京からの距離が記され、日本三古碑の一つに数えられ、2024年に国宝に指定された。
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