【鹿児島県】志布志城

CASTLE DATA FILE.109
登城日:2026年3月29日
交通手段:鹿児島駅から車で90分
ステータス:続日本100名城・国指定史跡
ジャンル:連郭式 山城
遺構:堀・土塁・堀切
復元建築:ー
スタンプ:志布志市埋蔵文化センターで押印
御城印:JR志布志駅構内 総合観光案内所で購入
圧倒的なスケール!巨大空堀と堀切で構成したダンジョン!
九州遠征3日目 2城目は鹿児島県志布志市志布志町の志布志城です。
所在地だけでインパクトが強い城!
鹿児島城からは車で1時間30分ほど。予定通りに志布志市に到着しました。

志布志城は内城・松尾城・高城・新城の4つ山城の総称です。
その中で内城が主城となり、高城と新城は立入ができないと情報を得ていたので、今回は内城と松尾城を攻めることにしました。
志布志城を攻める上で、まずは埋蔵文化センターに行きパンフレットを入手して志布志城の模型を観覧します。
志布志城は巨大城郭なのでパンフレットは必須です。

模型はとても詳細に造られているので、攻める前に頭にイメージを叩き込みます。
模型を見るだけでも、ただならぬ城郭です。
この模型は4つの城の内の1つ、内城です。
続日本100名城のスタンプは埋蔵文化センターで押印することができます。
その後、JR志布志駅に行き駅構内にある総合観光案内所に行き、御城印を購入しました。
志布志城には麓に無料の駐車場があります。観光案内所の方にルートと駐車場を確認していたのでスムーズでした。

駐車場から歩いて数分ほどで松尾城の登城口に到着です。

民家の細い脇道を進むと早々にシラス台地を削った切通を見ることができます。

登城路を進んで早々に、山を切り裂いたような巨大な空堀が出現!

志布志城はこの土地特有のシラス台地に造られた城です。
シラス台地とは鹿児島県と宮崎県に広がる約3万年前の巨大噴火によって堆積した、火山灰や軽石でつくられた台地です。

垂直に削られており迫力ある空堀になっています。
松尾城は初期の志布志城の主城であったと考えられています。

松尾城は本丸までの道のみが整備されています。周りには曲輪のような平場や、堀が見受けられますが基本的には藪になっています。
しかし、曲輪と思われる平場は規模が小さいように思えました。

本丸までは歩いて約10分ほどで本丸に到着です。
尾根の上部に位置しており、本丸も小さな曲輪となっています。

そして小さな神社があります。
神社の裏には土塁が確認でき、この裏には堀切があるようです。
整備されているのは本丸までで、実際は連郭式に尾根上に曲輪が展開されているようです。
登城して来た道を戻り、今度はメインとなる内城に向かいます。

内城の登城口から見た松尾城。
内城と向かい合うように松尾城は位置しています。

内城も民家脇の通路から登城します。
内城には説明看板もあるので、松尾城よりも整備がされています。

登城口から見た内城。
内城は標高50m程で、外から見ると普通の山にしか見えませんが、森の中はとんでもない仕掛けが満載です!

文章だけで説明するのは難しい為、手書きのマップを書きました。
大手口から入城します。

大手口の民家脇を進むと松尾城と同様に、垂直に削られた切通の登城路が現れます。
ワタクシが見たこともない凄まじい山城の入口です!

南九州では白い砂を「しらす」と呼ぶことから、シラス台地と呼ばれるようになりました。
削った箇所は火山灰の白い地層が見えます。

入城してすぐに矢倉場と呼ばれる曲輪1があります。
この曲輪からは柱穴や杭跡が発掘調査によって発見されています。また中国産の磁器や陶器も出土しています。

矢倉場の先端部。
志布志城には各所に解説板とQRコードが設置されています。

QRを読み込むと360°ビューのCG映像を見ることができます。
映像には城を守る武装した城兵もいて、かなり緊張感があり面白いコンテンツでした!
矢倉場では縄文土器も発見されていることから、遺跡があった場所に築城したと考えられています。

城郭東側を見て周るには、矢倉場から階段をおります。

階段を下りるとT字路となり、大規模な空堀が現れます。
空堀の右方面は志布志小学校に繋がります。

T字路を左に進みます。
大迫力のスケールに誰もが圧倒されること間違いなし!これが序盤の序盤です!この先どんな遺構が待ち受けているのか・・・

城郭東側を空堀の中を進むと搦手口が出現。
搦手口の切通はさらに圧巻!

ワタクシは普段は関東をベースに活動しておりますが、関東ローム層で造られた土の城とはまた違ったテイストに、ボルテージが上がりっぱなしです。

ほぼ垂直に削られた台地は、高さ10m以上は余裕であります。写真に納まりきらないほどの高さ。
人工的に造られた遺構に神秘性すら感じます。

このスケールの城は、お目にかかることができません。鹿児島県に来たら志布志城は絶対に行って欲しい城!

一眼レフで撮影しつつ、動画も撮影して忙しなくも搦手口を堪能しました。
基本的に毎回一眼レフで撮影しており、写真整理と色彩を調整してから写真を上げているので、いつも城めぐりをした後は、膨大な時間を要するので大変なのです。
それでもやはり素晴らしい景色や遺構は、なるべく綺麗に残して魅力が伝わるようにと拘っています・・・

搦手口から引き続き東側の空堀を進みます。
美しい遺構に見惚れてしまいますが、敵なら絶対に攻めたくないなと終始考えてしまいます。

志布志城 内城の北側にはの大野久尾と呼ばれる曲輪6があります。
しかし、途中で草木が多くなったので断念しました。
続いて曲輪5にあたる中野久尾に向かいます。

中野久尾曲輪5と曲輪4を分断する堀切。
中野久尾は堀切で分断されており、曲輪5上段・下段と曲輪4上段・下段で分かれています。

写真の下の道は曲輪4と曲輪5を分断する堀切。左側は曲輪5(中野久尾)に向かうための通路。

曲輪5(中野久尾)の虎口。
細い通路でぐるりと周り込んでいるため、敵の侵攻を阻んでいます。
削られた地形を周り込むため先が見えず、攻める側としては恐怖しかありません。

振り返っての一枚。
大勢で攻めても一人しか通れないような細い道の先には、この圧迫感のある切通の虎口となります。

虎口は90°折れ曲がり、ちょっとした枡形のようなスペースとなっています。

右側は曲輪で左側は土塁。

曲輪5の中野久尾は広めの曲輪になっています。

曲輪の周囲には土塁をめぐらせています。
続いて堀切に戻って城郭西側に移動します。

曲輪4と曲輪5の堀底を歩いて西側に出るとT字路になっており、志布志城の見どころ、西側の大空堀を見ることができます!
写真は本丸方面の大空堀。

大野久尾方面の西側大空堀。こちらの道を進んでみました。

左側が大野久尾(曲輪6)、右側が中野久尾(曲輪5)を分断する堀切。
途中まで進みましたが、やはりこちらは草が多かったので、大空堀を通って本丸方面に向かいます。

やはり西側の大空堀は圧巻です。高さ10m以上の垂直に切り立った空堀。城郭西側は、このスケール大空堀で守られています。

中野久尾(曲輪4)と本丸の堀切。
堀底を歩いて東側から西側に再び移動。

堀の中間くらいは盛り上がっており、スムーズには進めないようになっています。

堀底と曲輪までの高低差が凄まじく、本丸と曲輪4の両方から狙われたら一貫の終わりです。

再び城郭東側の搦手口付近に戻ってきました。

東側から本丸に向かいます。
本丸には登山道のような狭く勾配のある道を進みます。

いよいよ本丸跡に到着です。
志布志城は1336年には存在していたと記録が残っています。1336年は鎌倉時代が終わり、南北朝時代に突入した時期です。
志布志城は楡井氏、新納氏、畠山氏、島津氏(豊州家)、肝付氏など、度々 城主が変わっていますが、最終的には島津氏(宗家)が領有します。
その後、志布志城は争奪戦が幾度か繰り返されますが、島津氏が支配していた江戸時代の一国一城令によって廃城になったと考えられています。

本丸に祀られた三宝荒神。
写真は撮りませんでしたが、三宝荒神はかなり高い土塁?矢倉場?に建っており、この祠の裏側が中野久尾(曲輪4)との深い堀切になっています。

本丸は50mくらいの広場になっており、CG映像では建物が並んでいました。
本丸には、まるで聖域のように明るい日差しが降り注ぎます。

本丸には上段と下段があり、三宝荒神がある曲輪が本丸の上段となります。
階段を降りると本丸下段となります。

本丸下段の曲輪。
この先には展望スポットがありますが、草木が生い茂っているのと、霞んでいたのであまり綺麗には見えませんでした。
しかし、本来であれば志布志港が一望できます。
志布志城は海に近い城で、志布志の港は990年前に開かれた島津荘の港として発展。
交通の要衝であり、海外との貿易拠点、海運物流など、軍事・物流・商業の重要拠点だったことで、争奪戦が繰り返されたと考えられます。

発掘調査では中国産の陶磁器、東南アジアの陶器、国内各地の陶器が出土しています。
その他にも中国の銭貨や朝鮮や琉球の銭貨も出土しているので、志布志港が広い貿易の拠点だったことを示しています。
発掘調査での柱穴跡から、最低でも2棟以上の建物があったと推測されています。

本丸下段から曲輪2上段に移動します。曲輪間は空堀で仕切られていますが、堀底を通って移動することができます。

曲輪2と本丸を分断する、断崖絶壁の堀切!

曲輪2上段。
この曲輪では多数の柱穴と土杭から複数の建物があったと考えられています。
さらに礎石のような石が置かれている箇所もあったので、大規模な建物だった可能性があります。
今は時が止まったような、静かな平地です。

曲輪2と本丸の堀切
上から見ると完全に崖です!立っている方も恐怖を感じるほど高く垂直。
掘ったというよりは、山を削り落としたと言う方が表現的にはしっくりきます。
どこを歩いても深い堀を巡らせているので、どの場所の写真か分からなくなってきました。
曲輪2下段もありますが、草が多くて断念しました。

西側からの本丸登城口。左側は本丸下段です。
ワタクシはなるべく広範囲を攻めたいので、遠回りをして本丸まで到達しましたが、大手口から真っ直ぐ西側を直進すればこの堀切にでます。
本丸への最短ルートになります。
写真や動画を撮りながら周っているので、松尾城と内城で2時間半ほどでした。
今まで見たことがないスケールの空堀や堀切を楽しむことができました。
他に高城と新城があると思うと、志布志城は相当な巨大城郭です。
廃城になり、そのままの状態で時が経過したような遺構の数々。鹿児島市から距離はありますが、行く価値は十分あります。
引き続き車に乗って、宮崎県の飫肥城へと移動します。










