宮城県

宮城県

loading map - please wait...

多賀城【日本100名城】: 38.306247, 140.988493
仙台城【日本100名城】: 38.253128, 140.856764
白石城【続日本100名城】: 38.002554, 140.617211
岩出山城(いわでやまじょう): 38.655356, 140.862837
涌谷城(わくやじょう): 38.546691, 141.130071
利府城(りふじょう): 38.336133, 140.981133
岩切城(いわきりじょう): 38.313806, 140.939725
金山城(かねやまじょう): 37.898596, 140.801554
若林城(わかばやしじょう): 38.238325, 140.902448
千石城(せんごくじょう): 38.505716, 141.053284
田手岡館跡(たておかやかた): 38.401292, 140.845150
上楯城(かみたてじょう): 38.173272, 140.711689
marker icon
icon-car.png
多賀城【日本100名城】
多賀城(たがじょう)【多賀城市】
大和朝廷が蝦夷を制圧するため、軍事的拠点として築いた城柵。平城宮跡(奈良県)、太宰府跡(福岡県)とともに日本三大史跡に数えられている。



遺構:政庁跡、築地塀、門跡、土塁、横堀
復元建築:南門・築地塀
縄張り:政庁(国指定特別史跡)

多賀城データベース
marker icon
icon-car.png
仙台城【日本100名城】
仙台城【仙台市】
伊達政宗が築城し、約270年にわたり伊達氏代々の居城で仙台藩62万石の政庁となった。仙台城は約2万坪で、徳川家康の江戸城に次ぐ大きさを誇る全国最大級の城だった。



遺構:石垣・土塁・堀
復元建築:大手門脇櫓
縄張り:連郭式 平山城(国指定史跡)

仙台城データベース

marker icon
icon-car.png
白石城【続日本100名城】
白石城【白石市】
伊達家の重臣 片倉景綱の居城で仙台藩の要となった城。一国一城令が敷かれる中、特例として認められた数少ない城のひとつ。天守(大櫓)や城門が木造復元されている。



遺構:石垣・移築門・移築蔵
復元建築:大櫓・門・塀
縄張り:梯郭式 平山城

白石城データベース
marker icon
icon-car.png
岩出山城(いわでやまじょう)
岩出山城【大崎市】
伊達政宗が仙台城を築く前の居城で、政宗が転封前に徳川家康が岩手沢城(岩出山城)に入城し、その命を受けた榊原康政によって縄張・改築され名を岩出山城と改めた。



遺構:土塁・空堀
縄張り:山城

岩出山城データベース
marker icon
icon-car.png
涌谷城(わくやじょう)
涌谷城【涌谷町】
涌谷伊達家の居城で仙台藩21要害の一つ。城内には県内で唯一の現存建築物となる隅櫓(太鼓堂)が現存している。



遺構:隅櫓(太鼓堂)・石垣・空堀
復元建築:天守(模擬天守)
縄張り:平山城

涌谷城データベース
marker icon
icon-car.png
利府城(りふじょう)
利府城【利府町】
伊達政宗の叔父 留守政景の居城とで村岡城と呼ばれていた。現在城址は館山公園として整備されており、石碑と案内板が設置されている。町の住所など城の名残が残る。



遺構:曲輪・空堀・土塁
縄張り:山城

利府城データベース
marker icon
icon-car.png
岩切城(いわきりじょう)
岩切城【仙台市】
戦国時代末期には、伊達政宗が東北地方南部を征服し、叔父の留守政景を岩切城主とし、元亀年間に政景は居城を利府城に移した為、岩切城は廃城となる。



遺構:曲輪・空堀・堀切
縄張り:山城(国指定史跡)

岩切城データベース
marker icon
icon-car.png
金山城(かねやまじょう)
金山城【丸森町】
金山城は相馬氏と伊達氏との間で争奪戦が展開された「境目の城」。1581年に伊達政宗が初陣を飾った城でも有名。伊達政宗の家臣である中島氏が明治維新まで居住した。



遺構:曲輪・土塁・石垣
縄張り:山城(町指定史跡)

金山城データベース
marker icon
icon-car.png
若林城(わかばやしじょう)
若林城【仙台市】
一国一城令が発布後に伊達政宗晩年の城として築かれ、政宗の死後に廃された。現在は宮城刑務所となっており立ち入ることはできず、フェンス越しに土塁と堀跡のみ見ることができる。



遺構:土塁
移築建築:市内の松音寺に城門が移築
縄張り:平城

若林城データベース
marker icon
icon-car.png
千石城(せんごくじょう)
千石城【大崎市】

千石城は南端頂部の本丸から二ノ丸・三ノ丸と続く縄張で、 城内で最も広い北端の三ノ丸に近世当初に居館が置かれていた。三ノ丸から南へ遊歩道があり堀切で区画されている。

遺構:曲輪・腰曲輪・土塁・堀切

縄張り:山城
marker icon
icon-car.png
田手岡館跡(たておかやかた)
田手岡館【大和町】
仙台藩主伊達忠宗の八男宗房が田手肥前守高実の娘婿となって後を継ぎ、後に伊達姓を賜り宮床伊達氏となった。この宮床伊達氏の居所として築かれたのが田手岡館で、仙台藩が行った要害制では「所(ところ)」に位置づけられた。

遺構:曲輪・土塁・横堀・堀切・石積み
縄張り:城館(丘城)

【田手岡館データベース】
marker icon
icon-car.png
上楯城(かみたてじょう)
上楯城【川崎町】
伊達家家臣の支倉常正によって築かれた城。孫は慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパを渡航した支倉常長。常長は青年期を上楯城で過ごしている。土塁と巨大な空堀が残る。



遺構:曲輪・土塁・堀
縄張り:連郭式 平山城