【岐阜県】岐阜城

CASTLE DATA FILE.41
登城日:2024年9月15日
交通手段:東海北陸自動車道・岐阜各務原ICから20分
ステータス:日本100名城・国指定史跡
ジャンル:山城
遺構:曲輪・石垣・土塁・堀切
復元建築:天守・門
スタンプ:岐阜城資料館で押印
御城印:金華山ロープウェイ山麓売店で購入

織田信長の天下統一の道は岐阜城から始まる

犬山城の後は車で45分の岐阜城にやってきました。
岐阜城は岐阜市の金華山にある城で、鎌倉時代からの長い歴史があります。

1567年に稲葉山城の戦いで織田信長が斎藤龍興に勝利したことで、稲葉山城から岐阜城に変えて居城にしました。

まさに天下統一への足がかりとなった城です。

日本100名城にも認定されています。
この界隈は名城の密集地帯なので、セレクトするのが本当に難しい。

岐阜城の入り口に到着です。
若かりし織田信長の銅像もあります。

麓から岐阜城の天守が小さく見えます。
標高は329m!今回はロープウェイを使うことにしました。

麓は現在発掘調査が進められています。

歴史上、超重要人物でもある織田信長の城ですから、積極的に調査して頂けるのはありがたいです。

岐阜城ゆかりの武将は、戦国の中心となったスター集団。

ロープウェイを降りて、天守までは約10分。
安土城をイメージさせる石畳の階段です。

天守への道中、天然の巨大な岩なども多く見ることができました。
岐阜城が石垣の城になった所以は、この恵まれた岩にあると言えます。

見事な堀切を発見!
これぞ戦国時代真っ只中の城です。当時は木の橋が架かっていたそうです。
尾根を切ることで進行を防ぐ役割があります。

また万が一敵が進行してきた際は、橋を落とすことで、敵を阻みつつ上から攻撃します。
戦国期の城ではよく見られるスタイルですが、岩盤剥き出しの堀切は珍しい。

さらに先には喰違いの虎口、二の丸門。
石垣で形成されていて、安土城の天主入り口の喰い違いのような風貌。

ロープウェイを乗るまでは土砂降りだったのに、またしても天守を前にして一部青空が。
犬山城に続き、最高のプレゼント再び!

織田信長が築いた石垣。
信長が入城したのは1567年。安土城が築城されたのは1579年。
岐阜城が安土城のモデルケースになっているのは間違いなさそうです。

信長の時代は望楼型の四層五階だった天守。
1910年に一度、観光用の復興天守が完成するも、浮浪者の焚き火によって1943年に消失。

現在の天守は2代目で1956年に復元されました。

石垣は野面積み。
使っている石材は信長時代のものとされているが、天守を再建の際に一回り小さな天守台にするため積み直したそうです。

今では考えられませんが、岐阜城に関わらず後世の改変はよく行われました。

天守内からのショット。
辿ってきた道を上から見ると、尾根の両側を削ぎ落として極度に狭い道にしているのが分かります。

堀切や尾根上に曲輪を展開する縄張りなど、山城らしさと、石垣を用いて近世城郭の始まりを感じるのが岐阜城の魅力だと思います。

まさに城郭建築 転換の起点となる城です。

岐阜城の周囲に流れるのは長良川。天然の要害であると共に、岐阜城は水路を抑える役割もあったと考えられます。

また、岐阜城は東山道と東海道の交通の要衝でもありました。
防衛と城下の発展はこの土壌があってこそです。

館内は織田信長、岐阜城についての歴史などを学ぶことができます。

岐阜城の魅力は天守だけにあらず。麓の居館エリアも必見

ロープウェイで下山し、隣にある信長公居館跡に向かいます。
観光の方が多く訪れる岐阜城ですが、皆さん天守以外にはあまり行かないようです。

入口の前の階段を登ると館跡になります。
1984年から段階的に発掘調査が始まり、現在も調査は続いています。

巨石で形成された喰い違いがあり、綺麗に整備されています。

史実とは異なる天守と、新しく積み直した天守台の石垣も見どころではありますが、麓の信長の館跡の方が歴史的には貴重かと思っています。

あれだけ大勢の観光客がいても、信長公居館跡を散策する人はワタクシ1人しかいませんでした。

館跡はロープウェイの乗り口の真隣です。
石垣も積まれていて、宣教師ルイス・フロイスはこの館を宮殿と評し、書き記しています。

それを裏付けるように、発掘調査では金箔瓦が出土しています。
安土城は豪華絢爛な城だっと言われていますが、その礎は岐阜城で既に始まっていました。

巨大な岩壁。
金華山の石は各所の城でも使用されています。

岐阜城は目まぐるしく城主が変わり、最後は織田秀信が城主でしたが、関ヶ原の戦いで西軍についた織田信秀は、徳川東軍先鋒隊と戦いますが敗戦。

岐阜城は開城され、後に廃城となります。
こうして、織田信長が創った歴史の中心にあった天下布武の名城、岐阜城は表舞台から姿を消すこととなりました。

岐阜城は歴史的価値が改めて見直され、2011年に金華山一帯を国指定史跡となりました。
今でも発掘調査は続き、今後の発見や展開が楽しみな城の一つです。

久々の城めぐりは、充実した時間となりました。