【佐賀県】唐津城

その他 城

CASTLE DATA FILE.104

登城日:2026年3月27日
交通手段:博多駅から車で約60分
ステータス:続日本100名城・市指定史跡
ジャンル:連郭式 平山城
遺構:石垣・堀
復元建築:天守(模擬)・櫓・門
スタンプ:唐津城天守内で押印
御城印:唐津城天守内で購入

海に浮かぶ軍事要塞は、最高の景色を望む観光スポットに!

九州遠征2日目 1城目はレンタカーを借りて博多から佐賀県の唐津城に向かいました。
今日はハードスケジュールですが、念入りに計画していたので、あとはトラブルが無いことを願いながら向かいます。

博多から高速で1時間ほど。朝6時半にホテルを出発して7時半には唐津市に到着。

唐津城の麓に広めの有料駐車場があります。
車を乗っていて、舞鶴橋を通過している時点で美しい唐津城が見えていました。
完全に別世界で海と天守が美しく朝日に照らされています。

唐津城は寺沢広高が初代藩主となり、関ケ原の戦い後の1602年より7年の歳月をかけて唐津城と城下町の整備、松浦川の改修などを行い唐津の基盤を造りました。新設もあるので後ほど!

駐車場は松浦川に面しているので、爽やかな朝焼けを見ることができました。
左側に見える大きな橋が、先ほど車で通過した舞鶴橋。

予定通り早く着いたので、9時の天守開館の時間までは各所で写真を撮りに行きます。
写真は舞鶴橋からの写真。唐津城は海に浮かぶ軍事要塞です。

唐津城の対岸にあたる満島漁港からのショット。

唐津城は東唐津側と地続きであった満島山を切り離し、松浦川がそこから唐津湾に注ぐよう流路を変更する大工事を行いました。

櫓台や城郭を取り囲む石垣が、海から生えたように聳え立ちます。

再び舞鶴橋を渡り城郭内部に入ります。
先ほど見た海沿いの石垣を歩いてみます。
入口には石垣と土塀、奥には本丸腰曲輪櫓があり城郭の雰囲気を楽しむことができます。

海沿いは腰曲輪になっており、細長い曲輪が主郭部を取り囲んでいます。腰曲輪には仕切りのような石垣もあります。

海に面して涼所櫓跡があります。

絵図では二重櫓が建っているように見えました。解説板などは無いので詳細は分からないのですが、立派な石垣を目の前で見ることができます。石垣の中に石樋も確認できます。

涼所櫓跡からのショット。
海に聳える石垣の城は珍しく、有名なのは山口県の萩城があります。
石垣の前に転がる石材も、おそらく当時の石だと思われます。

唐津湾と満島漁港。
先ほどは、先に見える漁港から写真を撮りました。

海に浮かぶ石。
なぜ海の中に石が浮かんでいるので不思議に思っていましたが、後ほど入手したパンフレットにしっかり記載がありました。

初代藩主 寺沢氏が海からの侵略防備のため、廃城になった名護屋城の石垣を用いて築かれた設備のようです。

腰曲輪を歩くと早稲田佐賀中学校・高等学校が見えてきます。

学校の脇は「石垣の散歩道」として、風情あるスポットになっています。
穴太衆によって積まれた、野面積みの石垣が数キロに渡って続きます。

偶然、猫ちゃんにも遭遇。より一層、風情を感じます。

当時は二の丸御殿があった場所に学校が建設されています。
二の丸御殿では藩の政治が行われており、城主の居城でもありました。

学校の裏手口も石垣で堅固に守られています。
唐津城の城主には初代藩主の寺沢氏→大久保氏→松平氏→土井氏→水野氏→小笠原氏と、度々変わりました。

石垣の散歩道は砂浜に面しており、真ん中に高島と右側には姫島も見えます。

海に浮かぶ唐津城も美しいのですが、城と砂浜とのコラボレーションも素晴らしい!

砂浜から見た腰曲輪の石垣。
砂浜に立ち並ぶ石垣も珍しく、状態よく石垣が残っています。

砂浜から見た海に面した腰曲輪の石垣。
隅は算木積みになっており、石垣の散歩道とは異なって加工した石が使われています。

やはり海に面している石垣の前には、同じ種類の石が転がっています。
波のエネルギーを分散させるために置かれたのでしょうか。

加工して石垣に使われる予定だったのか、線が入っているのが気になります。

いよいよ本丸に向かいます。
大手登城路の入口には多宝塔が置かれています。

大手上り口は階段や手すりなど整備されています。
この水路は当時のものでしょうか。

途中には雛壇状の平場もあります。

90度折れ曲がると総締門跡が現れます。
地面には礎石も残っており、本丸に繋がる重要な門でした。

総締門跡の左側はニノ曲輪の石垣。
加工された石材を使用した、先進的な打込接で積まれており、迫力ある石垣を見ることができます。

櫓門だったのでしょうか。
門跡の幅を考えても大きな門だったのかなと思われます。

階段を上るとニノ曲輪が広がります。
唐津城の築城には、名護屋城の解体資材を用いて造られたと伝わります。

名護屋城は豊臣秀吉が文禄・慶長の役で前線基地として築いた城で、同じ唐津市内にあります。
全国から大名を集めて150以上の陣屋を築き、一大軍事シティでした。

そして、ニノ曲輪には本丸石垣と天守が聳え立ちます。
唐津城の天守は模擬天守で、昭和41年に造られました。豊臣秀吉によって築城された名護屋城の天守をモデルに造られました。

築城当初は天守があった説もあるが、1627年に江戸幕府の記録には天守台のみ描かれているので、天守は築城されなかった説が有力です。

しかし、この天守台は当時から残る遺構で、約12m程の唐津城で1番迫力ある石垣を見ることができます。

唐津城の天守台は、はらんでしまった為に近年 修復工事が行われました。
最近、他城でも石垣修復の際に使用されているグラウンドアンカーを使用しており、石垣内部で斜面崩落を防ぐ補強が施されています。

先進的な技術で積まれた石垣ですが、石垣を解体した際に築城当初と思われる古い石垣が、現在の石垣の内部から発見されています。

実は唐津城は1602年から7年の歳月をかけて築城されたとされてきましたが、発掘調査で古い時代の石垣が発見されたことで定説が覆りました。

名護屋城と同時期に築城され、文禄・慶長の役の補給拠点の一つとして有力大名によって築城。役が終わった後に寺沢広高が入城したと、新たに唐津市教育委員会は推測しています。

ニノ曲輪の井戸跡。

天守台から続櫓風の建物が接続しており、櫓門へと繋がっています。

天守は模擬ですが、本丸完成系の構想はきっとこのような形であったのだろうと想像を膨らませます。

櫓門を下から眺めます。
正確な形は不明ですが、絵図には当時もこの場所に櫓門が建っていました。

本丸へのもう一つの入口が西門。
左側は化粧櫓、右側が天守。化粧櫓の石垣も修復が行われており、下層から旧石垣も発見されています。

本丸跡。
現在、本丸は広場となっており大パノラマを一望できる展望台となっています。

本丸から見た松浦川と唐津湾。
上から眺めると島の形状がよく分かります。

天守の脇に置かれた旗竿石。
名護屋城の鍋島陣屋にあった旗竿石が、名護屋城内に移設され、その後唐津城に移設されました。

天守台石垣の切れ目から入城します。
続日本100名城スタンプや御城印は天守内部に設置されています。

天守入口。
唐津城の天守台は穴蔵形式で、石垣内部に地階があります。

天守から見た唐津湾と松浦川。唐津城のある満島山と本島を繋ぐ舞鶴橋。ロケーションが最高すぎます。

天守から見た唐津市内。
麓にある唐津城の駐車場もよく見えます。

天守から見た本丸。
先端が突き出た形状になっており、唐津湾を一望できます。奥には姫島が見えます。

天守から見た化粧櫓。
化粧櫓裏の森になっている場所にはエレベーターがあり、誰でも唐津城を楽しめるように整備されています。

天守から見た砂浜。
鶴が翼を広げたように砂浜が見えるため、舞鶴城とも称されました。

天守から見た二の丸御殿跡。
今は学校になっていますが、校舎のあたりに御殿があり、グラウンドあたりに藩校がありました。

学校の奥には三の丸があり、武家屋敷などがありました。現在の唐津城はごく一部が残るのみで、広大な城郭は市街地化によって失われています。

それでも街の中には遺構が残っているので周ってみます。

今でも学校に残る立派な石垣。

山を下りて学校方面に歩くと、二の門堀が遺構として残っています。
二の門堀は二の丸と三の丸を区切る水堀でした。

二の門堀の前には「時の太鼓」があります。
唐津城址整備計画の一環として、唐津藩絵図に基づき再現したものです。

櫓の中には、からくり仕掛け時計が設置されており、午前7時から午後7時までの毎正時、当時がしのばれる「時」を告げます。

橋を挟んで松浦川に面して見える二の門堀。
櫓台のような石垣も確認することができます。

二の門堀の水路。橋の下を水が流れるようになっており、石垣で形成されています。

松浦川には石垣で造られた水門があります。

水の流入を調整するための施設でしょうか。街に埋もれた遺構ですが、城好きの方であれば是非 この辺りも見て頂くと良いかと思います。

続いて松浦川を歩きます。松浦川にも石垣が積まれています。

松浦川の対岸から見た唐津城。
このまま川沿いを歩いて城内橋まで向かいます。

松浦川の架かる城内橋から見た唐津城。

対岸の橋の下あたりには、当時は舟入門がありました。船入門は藩主の参勤交代の際の出入り、御蔵への納入物品の出入に利用されました。

現在は船入門公園として整備されています。

城内橋からのショットは唐津城の写真スポットです。
当時はこの場所に橋は架かっていなかったとされています。

海から見る唐津城、砂浜から見る唐津城、川から見る唐津城。
見る角度によって全く異なる姿を見ることができます。城めぐりの醍醐味を存分に詰め込んだ城でした。

三の丸には肥後堀なども残りますが、今回は時間が足りず周ることができませんでした。
唐津城は今では街のシンボルとして愛され、観光スポットとしての新しい役目を担っています。

続いて、唐津城から名護屋城に移動です。