松本城【日本100名城】
松本城(まつもとじょう)は、長野県松本市にある日本の城。
天守は安土桃山時代末期-江戸時代初期に建造された現存天守の一つとして国宝に指定され、城跡は国の史跡に指定されています。
雪に染まった北アルプス山脈と黒漆塗りの漆黒の天守は美しいコントラストを描きます。
Contents
松本城の見どころ

松本城の城下町は蔵が並ぶ中町通り、長屋造りのお店が続く縄手通りなど、城下町の面影が残ります。
食べ歩きや寄り道しながら街歩きが楽しめるので、五重六階の天守を見学した後は、蔵造りの「中町通り」でカフェやご当地グルメを楽しみ、「なわて通り」で食べ歩きをするのが定番のルートです。
また、松本市内には由緒ある神社や寺が多くありますので、上手にプランを考えましょう。

松本城の天守は国宝の貴重な現存天守です。
天守群の築造は二期に分かれ、中央の天守と北端の乾小天守、それを渡櫓で連結した3棟が文禄2年~3年(1593年~94年)にかけて石川数正、康長父子により築造されました。
一方天守の南東に付設されている辰巳附櫓と月見櫓は松平直政により寛永10年~15年(1633年~1638年)に築造されました。
城内には天守の他 美しい堀が残っており、城門も復元されています。

黒門

太鼓門

玄蕃石

天守

渡櫓と乾小天守

月見櫓

水堀

埋の橋
登城レポート

MEMO
- 国宝の現存天守は唯一無二の遺構。城門も復元されているので、遺構ポイントは高い
- 本丸と二の丸を中心とした範囲が残っており、範囲としては広くないので城郭範囲は及第点
平均:4.1
合計:25.0
- 遺構:遺構の多さ、貴重度
- アクセス(目安):新幹線が最寄り→5、駅が近い→4、駅から歩いて行ける距離→3、駅から遠いがバスが走っている→2、車が無いと行けない→1
- 満足度→攻城のトータル総評
- 歴史→時代に影響を与えた歴史の舞台→5、有名な武将や合戦があった城→4
- 整備:トイレの有無、城内の解説板、パンフレットのクオリティの評価
- 城郭範囲:観覧範囲の広さと、遺構の残存度。見どころの多さにも直結
※全ての城にそれぞれの魅力があるのは前提での主観的評価になります。
名城スタンプと御城印
※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
■日本100名城スタンプ設置場所
・松本城管理事務所
開城時間:8:30~17:00(最終入場16:30)
■御城印販売
・松本城管理事務所
開城時間:8:30~17:00(最終入場16:30)




松本城 周辺の天気
| 別名 | 深志城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 梯郭式+輪郭式平城 |
| 天守構造 | 連結式望楼型5重6階(1591年築) 複合連結式層塔型5重6階(1633年改) |
| 築城主 | 小笠原貞朝、石川数正・康長父子 |
| 築城年 | 1504年(永正元年) |
| 主な改修者 | 松平直政 |
| 主な城主 | 小笠原氏、石川氏、松平氏 堀田氏、水野氏、松平氏(戸田氏) |
| 廃城年 | 1871年(明治4年) |
| 遺構 | 現存天守、石垣、土塁、堀、二の丸土蔵 |
| 指定文化財 | 国宝(天守) 国の史跡 |
| 再建造物 | 黒門、太鼓門 |
写真で見る松本城
マップ
アクセス
■公共交通機関
・JR篠ノ井線「松本駅」からバスで「松本城黒門下車」徒歩約3分
・JR篠ノ井線「松本駅」徒歩15分
■車・バイク
・長野自動車道「松本IC」から車で約20分
■駐車場
・各所有料駐車場あり
松本城の歴史
戦国時代の永正年間(1504-1520年)に、信濃守護家小笠原氏(府中小笠原氏)が林城を築城し、その支城の一つとして深志城が築城されたのが始まりといわれている。
天文年間には甲斐国の武田氏による信濃侵攻が開始され、1550年8月27日(天文19年7月15日)には林城・深志城などが落城し、信濃守護・小笠原長時は追放された(『高白斎記』)。武田氏は林城を破却して深志城代として馬場信春を配置し、松本盆地を支配下に置いた。その後は信濃小県郡の村上義清、越後国の長尾景虎(上杉謙信)と抗争し、北信濃に至る信濃一帯を領国化した。
1582年(天正10年)、甲州征伐に伴う武田氏滅亡により城代馬場昌房から織田長益に明け渡された後、織田信長によって木曾義昌に安堵された。本能寺の変後の武田遺領を巡る天正壬午の乱において、同年6月には越後の上杉景勝に擁立され、小笠原旧臣の助力を得た小笠原洞雪斎が奪還。さらに徳川家康の配下となった小笠原貞慶が旧領を回復し、松本城と改名した。
1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の結果、徳川家の関東移封が行われ、当時の松本城主小笠原秀政も下総国古河へと移った。代わりに石川数正が入城し、石川数正とその子康長が、天守を始め、城郭・城下町の整備を行う。石川数正は徳川家を出奔して秀吉の下へ走った経緯があり、天守の築城は関東を領した家康に対する牽制・防衛のためだといわれている。
その後、家康が江戸幕府を創始。江戸時代初期には大久保長安事件により石川康長が改易となり、小笠原秀政が再び入城。大坂の陣以後は松平康長や水野家などの松本藩の藩庁として機能した。水野家の後は松平康長に始まる戸田松平家(戸田氏の嫡流)が代々居城とした。
1727年(享保12年)には本丸御殿が焼失、以後の政務は二の丸で執られた。
松本城の構造
典型的な平城。本丸、二の丸、三の丸ともほぼ方形に整地されている。南西部に天守を置いた本丸を、北部を欠いた凹型の二の丸が囲み、さらにそれを四方から三の丸が囲むという、梯郭式に輪郭式を加えた縄張りである。これらは全て水堀により隔てられている。現存12天守の中では唯一の平城である。
松本城 周辺スポット
四柱神社
全国的にも珍しい徳の高い四柱(天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神)が祀られているパワースポット。
ご利益を求めて国内外を問わず多くの人が参拝に訪れる人気の観光スポットです。
源智(げんち)の井戸
松本市内にある名水の一つで、城下町が形成される以前から飲用水として使われていました。井戸の水は毎分約200リットルの湧出量を誇り、地元だけでなく市外の人々にも人気が高く、多くの人が水を汲みに来ます。
2008年6月には、環境省による「平成の名水百選」に、選定されています。
浅間温泉
松本城から一番近く歴史ある温泉街で、松本城主や文人墨客も愛した温泉です。泉質は、無色透明で癖がなく、地元市民から松本を訪れた観光客まで万人が楽しめる憩いの場として広く知られています。
温泉街には、日帰り温泉もあるので、観光のついでに癒すこともできます。
松本神社
松本城と堀を隔てたすぐ北側に佇む松本神社は、昭和28年(1953)に五社と若宮八幡を合祀して名称が松本神社となりました。
「五社」は、戸田光慈が播磨邦明石城内から勧請した陽谷神を祀ったことに始まりで、その後、一式兵部義達、戸田宗光、戸田康長と松姫の4人が祭神に加えられ、合計5柱の神々が祀られるようになったことが由来です。
馬場家住宅
馬場家住宅は屋敷構えが往時の姿を良くとどめている点で評価され、江戸時代末期の長野県中部南部を代表する民家建築として貴重であるとされ、国の重要文化財に指定されています。
本棟造りの主屋をはじめ、中門、文庫蔵、奥蔵、隠居屋、茶室、旧うまや等の建造物と坪庭、屋敷林、畑地等が広がっています。
湯々庵 枇杷の湯
松本市の浅間温泉は開湯・698年(飛鳥時代)、約1300年以上の歴史ある名湯です。湯々庵 枇杷の湯は初代松本城主・石川数正が造営した湯御殿がルーツとなります。
以来、城主が通うようになり、浅間温泉は「松本の奥座敷」と呼ばれるようになりました。
松本城 周辺宿泊施設

松本城 周辺グルメ
長野県の城を攻める
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![]() | 青柳城(あおやぎじょう) 青柳城(あおやぎじょう)【筑北村】 青柳氏の居城。武田信玄が松本から川中島平への前衛拠点として改修している。「第1次川中島の戦い」では村上義清、高梨政頼らの求めに応じて信濃に出兵した上杉謙信の軍勢によって放火されるなど、多くの合戦の舞台となっている。 ![]() 遺構:曲輪・石垣・土塁・堀切・竪堀 復元建築:模擬櫓 縄張り:山城(県指定史跡) |
![]() | 戸石城(といしじょう) 戸石城【上田市】 村上氏と武田氏の間で激しい争奪戦が繰り広げられた城。東太郎山(標高1300m)に築かれた枡形城、本城、砥石城、米山城からなり、これら4城を総称して「戸石城」と呼ぶ。アニメ映画「サマーウォーズ」にも登場。劇中の陣内家の屋敷は戸石城跡に所在している。 ![]() 遺構:曲輪・堀切・竪堀・土塁・石積・虎口 縄張り:山城(県指定史跡) |
![]() | 上原城 上原城【茅野市】 1542年に武田信玄が侵攻すると、諏訪頼重は上原城を焼き払って桑原城へ退却して降伏。以降、武田信玄が実効支配する。高島城が築城されたことで諏訪郡の政治的拠点は高島城に移転される。現在、土塁や空堀などの遺構が残っている。 ![]() 遺構:曲輪、土塁、空堀、物見石 縄張り:山城(県指定史跡) |
![]() | 桑原城(くわばらじょう) 桑原城【諏訪市】 1542年武田信玄が諏訪へ侵攻し、諏訪氏は滅亡。桑原城はまもなく廃城となったと伝わる。築城年月日も含めて謎が多い城だ。城址は整備されており、土塁や空堀などの遺構が残っている。 ![]() 遺構:曲輪・堀切・土塁 縄張り:山城(長野県指定史跡) |
![]() | 飯田城 飯田城【飯田市】 戦国時代に武田信玄、織田信長、徳川家康と領主が度々替わった城。現在の松本城の天守は飯田城の天守を移築した説もある。本丸跡は神社境内となり、石塁、空堀と土塁の一部が残っており、合同庁舎には桜丸御門が現存している。 ![]() 遺構:桜丸御門(赤門)・石塁・空堀・土塁 移築建築:八間門(民家)・藥医門(経蔵寺)・桜丸西門(雲彩寺) 縄張り:平山城 |
![]() | 松尾城 松尾城【飯田市】 小笠原三家のひとつ、松尾小笠原氏の居城。本能寺の変後、徳川家康の家臣となり、徳川家康の関東移封にともない本庄城に移り松尾城は廃城となる。現在、城跡は松尾鈴岡公園として整備されている。 ![]() 遺構:曲輪・土塁 縄張り:平山城(県指定史跡) |
![]() | 荒砥城(あらとじょう) 荒砥城(あらとじょう)【千曲市】 千曲市城山史跡公園として整備されており、中世の史実に基づいて館や見張り台、兵舎、門などが復元。戦国時代の山城の姿が蘇った。ドラマのロケ地としても使用され、大河ドラマ「風林火山」では海ノ口城として、「江~姫たちの戦国~」では小谷城のロケ地として使用された。 ![]() 遺構:土塁・空堀 復元建築:館・見張り台・兵舎・門 縄張り:山城 |
![]() | 松岡城 松岡城【高森町】 直線連郭式縄張りの城で、五つの曲輪が堀で分断されている。松岡氏は武田信玄が信濃から遠江に侵攻し配下となる。武田氏滅亡後、徳川家康に臣従を誓っていたものの、徳川を裏切り改易となり廃城になる。土塁や空堀などの遺構が良好な状態で現存している。 ![]() 遺構:曲輪・空堀・土塁 縄張り:平山城 |





































