【福島県】白河小峰城

CASTLE DATA FILE.13
登城日:2023年10月20日
交通手段:JR東北本線「新白河駅」徒歩30分
ステータス:日本100名城・国指定史跡
ジャンル:梯郭式 平山城
遺構:石垣・土塁・堀
復元建築:三重櫓・太鼓櫓・門
スタンプ:小峰城歴史館で押印
御城印:城山公園二の丸茶屋で購入

幕末 会津戦争の最前線基地。かつての美しい姿が甦る

東北城めぐりの1城目は初訪城となる、福島県白河市にある小峰城。日本100名城で、さらに東北3名城のひとつとなります。

東北新幹線の新白河駅で降りて白河駅に向かいますが、在来線の電車のホームに着いた時にちょうど発車してしまい、タイミングを逃して1時間待ち。

約3kmの距離を歩いて行くことにしました
小峰城が表舞台となったのは幕末。

南北朝時代に結城親朝によって築かれ、江戸時代の初代藩主丹羽長重によって、石垣の近世城郭に改修されました。

丹羽家以降は、榊原氏、本多氏、奥平氏、結城松平氏、久松松平氏、阿部氏など徳川の親藩・譜代大名 7家21代の居城となりました。

阿部氏が棚倉移封後は幕府の領地となり二本松藩が管理しました。慶応4年の戊辰戦争 白河口の戦いで白河小峰城は大半を焼失して落城しました。

30分以上歩くと石垣と水堀が見えてきました。
立派な石垣も見えてきます。

当時は11基の櫓と18の城門によって守られた大きな城でした。

早速、入城です
まずは会津門跡があり、門風の建物が建っています。会津門は武家屋敷が置かれていた会津町から三之丸に通じる門だったことから、この名称が付いており、説明板も置いてあります。

当時の図面も残っており、高さ7mもありました。屋根の上に腰板が据えられていたので、一見すると櫓門の様な形をしていたようです。

現在、二の丸には二の丸茶屋と小峰城資料館があります。
二の丸茶屋でソフトクリームを食べエネルギーを補給。

資料館内にて日本100名城スタンプや御城印を購入して散策開始です。

月見櫓跡の石垣。
石を加工した切込接の布積みで美しい曲線です。

月見櫓跡から清水門跡方面に向かうと水堀になっています。ここには白河小峰城の必見スポットの一つとなります。

石の積み方が特徴的で、よく見てみると半円を描く様に落とし積みとなっています。

積み方の違いが分かると思います。右側は横の目地を揃えた切込接の積み方ですが、左側は同じく石自体は加工されていますが、円状になっているので円弧を描く様に積まれています。

何となく円状の方が荷重分散されそうなので、強度を踏まえてこの形状を採用したのか理由は分からないのですが、見ている立場からするとアートな世界を感じます。

水堀の先は土橋となっており、清水門跡になります。

清水門跡前の土橋付近からのショット。

土橋から見た右側。高い石垣が続きます。

清水門跡を抜けると、ぐるりと本丸を囲む石垣と腰曲輪が現れます。

清水門を抜けると本丸の石垣に突き当たり、左右に分かれます。まずは左手の桜之門跡から本丸に入ります。

桜之門は本丸御殿の庭部分に通じており、藩主の居住区に近いことから、藩主の出入口に利用されていたと考えられています。

高さ7mの櫓門形式で、桜之門も会津門同様に当時の設計図が残っています。

東日本大地震によって、小峰城も石垣が倒壊し大きなダメージを受けました。
懸命な修復作業によって震災から8年後に修復が完了。

二の丸の資料館に修復の軌跡を見ることができます。石垣一つ一つを調べて元の位置に戻す作業。

気の遠くなるような作業ですが、こうして貴重な遺構が残っているのは、人の手によって大事に守られてきたからだと実感。

間口が狭めな石垣の間を通り、90度進路変更して本丸です。石垣の臨場感を味わうことができます。

振り返っての一枚。

桜之門跡から見た本丸。現在本丸は広場になっており、奥には復元された美しい御三階櫓が鎮座!

本丸の正面にあたる前御門。
御三階櫓から一段下がって接続された渡櫓門形式。
1994年に木造復元されました。

三重櫓下からのショット。
高い土塁の上に石垣が複雑な形状で積まれています。

御三階櫓脇からのショット。
白河市の街並みも綺麗に見えます。

層塔型の三重三階の櫓で、当時は三階御櫓と呼ばれていました。実質的な天守となります。
三階が極度にスリム。付櫓に接続しているので、複合式となります。

御三階櫓の内部に潜入。

平成3年(1991)に県の重要文化財である「白河城御櫓絵図」や発掘調査をもとに、木造で復元されました。

窓は三角の縦格子。

何気ない格子ですが内部をを三角にすることで、銃や弓の可動範囲が広がるので、城ではよく採用される防御アイテム。

鉄砲狭間もあり、この穴から敵を攻撃します。
城の建築物は美しいだけではなく、城を守るための仕掛けがあるから楽しいのです。

石落としもあります。
まさに御三重櫓は白河小峰城最後の砦。

建物全体の歪みを防ぐブレース(火打ち材)や横架材が複雑に重なり、当時の工法を忠実に再現されています。

一階の張り出し部分。
御三階の特徴とも言える、外壁から飛び出した大きな張り出し部。張り出しの先端にも石落としが設けられています。

階段は超急勾配。これも城郭建築の特徴といえます。

最上階の天井は小屋組みで、複雑な組み方を眺めることができます。
全国で復元された天守の多くは、耐震に強い鉄筋コンクリート造になります。

その中で木造復元は全国的に珍しいケースで貴重です。
やはり伝統工法の木造は、日本の職人が長年に渡って培ってきた技術です。

帰りは本丸正面入口となる前御門から帰ります。
黒の下見板張りと白漆喰のコントラストがカッコいいです。

御三階櫓は高さ14m、広さは1階が12m四方、2階が8m四方となっています。御三階櫓も半分は下見板張り。

この角度だと御三階櫓の張り出し部分がよく見えます。会津若松城の天守と同じ造りをしています。

本丸東側に位置する竹之丸跡から見た、御三階櫓と前御門。
見る角度によって全く顔が変わります。それが城の魅力。

本丸の石垣は高さ約10m。石垣だけでも見どころ満載の名城です。

二の丸から見た御三重櫓。二の丸は広大な広場となっています。

入城の際の正面入り口は清水門。現在復元プロジェクトが進行中のようで募金を募っていました。
いつか復元される可能性が高いです。

小峰城は奥羽街道の要となっていて、幕末には奥羽越列藩同盟軍と新政府軍の熾烈な戦いが繰り広げられた舞台となりました。

白河口の戦いです。

会津攻略を阻止するために、同盟軍としては何としても突破させるわけにはいかない最重要拠点だったんですね。

会津藩に加え、新撰組隊長の斎藤一が130名の隊員を率いて合流。次々と攻略して北上してくる新政府軍を迎え撃つために、守りを固めました。

一度は新政府軍を退けるも、最終的には陥落。そして、小峰城は石垣のみが残る状態で全て消失。

その後、奪還作戦も実らず同盟軍は退却。河口の戦いは幕を閉じます。
この時点で戊辰戦争の大勢は決したと言われています。

そんな幕末の主戦場となった小峰城ですが、門も櫓も木造で復元され、現代に歴史は語り継がれている。
今では美しい城郭として、歴史と共に守られています。

帰りは新幹線新白河駅の改札を出てすぐにある、麺処 新白河さん。サクッと食べるには丁度いい!