戦国時代の名将・上杉謙信公の居城として知られる、国指定史跡の春日山城跡。
複雑な自然の地形を巧みに利用した春日山城の堅固な城塞は、難攻不落の天下の名城といわれました。現在も、空堀や土塁、大井戸など山城の特徴が残ります。
屋敷や空堀が展開する山の裾野に、延長1.2kmにも及ぶ堀と土塁で総構が築かれている点が大きな特徴です
標高約180mにある本丸跡からは、日本海や頸城平野、それを取り巻く山並みをも一望できます。
お城ニュース ※外部リンク
2026年9月28日
AIアニメ謙信公が紹介!春日山城でデジタル観光ガイド開始
春日山城の見どころ

毘沙門堂

竪堀

天守台

堀切

土塁

移築門
春日山城カルテ
■攻略のレーダーチャート(ポイント)
■ポイント
- 山頂部に曲輪や堀切が残っているが、居住の城というよりは砦や狼煙台の役割があったと考えられるので、範囲は狭い
- 確実に城としての遺構が残るものの、明確な歴史は不明確である
- 駅からも遠く、公共交通機関での攻城は難易度がある
平均:81/100 ポイント
合計:485/600 ポイント
おススメ度:★★★★★★
■見どころバロメーター
※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー
名城スタンプと御城印
※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
日本100名城スタンプ設置場所
・春日山城跡ものがたり館内
午前9時~午後4時30分
・上越市埋蔵文化財センター(※冬季期間)
御城印販売
・上越市埋蔵文化財センター
午前9時~午後5時(展示室入館は午後4時30分まで)

春日山城 周辺天気
| 別名 | 鉢(蜂/八)ヶ峰(峯)城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 連郭式山城 |
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 上杉氏 |
| 築城年 | 南北朝時代 |
| 主な改修者 | 上杉房定、長尾為景 |
| 主な城主 | 長尾氏、上杉氏、堀氏 |
| 廃城年 | 1607年(慶長12年) |
| 遺構 | 土塁、堀切、郭、井戸、虎口、 |
| 指定文化財 | 国の史跡 |
| 再建造物 | 毘沙門堂 |
写真で見る春日山城
マップ
アクセス
■公共交通機関
・JR北陸新幹線「上越妙高駅」下車、タクシーで約20分
・えちごトキめき鉄道「春日山駅」徒歩20分
■車・バイク
・北陸自動車道「上越IC」から約15分
・上信越自動車道「上越高田IC」から約20分
■駐車場
・無料専用駐車場あり
春日山城について
この城は、南北朝時代に越後国守護である上杉氏が越後府中の館の詰め城として築城したのが始まりとされる。1507年(永正4年)、守護代であった長尾為景が上杉定実を擁立して守護上杉房能を追放した。新守護として定実が府中に入ると、長尾氏が春日山城主となった。
上越市中部にある春日山山頂に築かれ、天然の要塞を持つ難攻不落の城とされ、為景、晴景、上杉謙信(長尾景虎)、上杉景勝の四代の居城となった。しかし、上杉景勝が会津へ移った後に越後を支配した堀氏は、政治を取り仕切るに不便として、1607年(慶長12年)に直江津港近くに福島城を築城して移り、春日山城はその役目を終えた。
別名を鉢ヶ峰城ともいう。「春日山」の名称は、奈良の春日大社から分霊勧請(かんじょう)した春日神社に由来する。春日神社の創建年代は、958年(天徳2年)説、守護上杉氏の築城の際とする説、文明年間(1469年~86年)という説などがありはっきりしない。
また、近くにある林泉寺の惣門は、春日山城の搦手門を移築したものであると言われているが、確証はない。しかし、最低でも慶長まではさかのぼるものであるとも言われ、春日山城で最も古い建築物であると思われる。
多くの絵図には石垣や天守閣などが描かれているが、ほとんど空想であり、石垣も瓦も発掘されていない。 それらをふまえ、厳密な時代考証に基づいた初の復元模型が完成、2009年1月から12月まで開催の「越後上越天地人博」で展示された。
地域支配と侵攻に対抗するための拠点として、要害の地に支城・砦・館が配置されていた。山中には春日山城と支城・砦を結ぶ軍事用道路があった。
春日山城 周辺スポット
林泉寺

謙信公の祖父である長尾能景が1497年に建立した寺院。ここで謙信公は7~14歳までを過ごしました。戦国の武将の中でも教養が高く、信仰心が厚い謙信公の素養はこの時期に培われたといわれています。
惣門(市指定文化財)は春日山城から移築したといわれています。
→マップ
岩殿山 明静院
神話時代、大国主命と奴奈川姫が結婚し、建御名方命(のちの諏訪大神)が生誕された岩屋があります。
天平年間、その故事に感銘した行基菩薩が当寺を建立したと伝えられています。
本尊大日如来は国の重要文化財になっております。
名将上杉謙信も崇拝されていたと伝わり、境内に上杉謙信公の墓もあります。
楞厳寺
1534(天文三)年建立の曹洞宗寺院で、山号は大佛山。
上杉謙信公の重臣であった柿崎和泉守景家公が開基となり、謙信の師である天室光育禅師を請し、密教寺院東泉寺を再興しました。
以来、現在まで38代、480年余の法灯を護っています。本堂は江戸中期に再建されたもので、山門は柿崎城の搦手門を移築したものです。
平成23年には、本堂及び山門が国登録有形文化財に登録されました。
春日神社
春日神社は春日山城の名称の元となりました。現在の春日山頂に約500年、現在地に遷座してから600年の歴史があります。
奈良の春日大社の分霊を祀っており、春日大社の記録では全国の春日神社の中で最初に出てくる神社です。
春日山城全体の総鎮守として上杉謙信公時代より崇敬の念篤く、地城の産土神として大切にされてきました。
春日山城 周辺宿泊施設

春日山城 攻城の拠点
新潟県の城を攻める




































