猿橋城
信越国境に位置する村が主体的に管理したとみられる山城跡です。城跡は、向山(標高465メートル)の稜線の下の部分にあり、標高約370メートルの場所に位置しています。城跡からは、遠くは板倉町と長野県を結ぶ関田峠、平丸、富倉方面をも眺望することができます。
猿橋城の東側・西側は絶壁で、北側は急傾斜になっていて、南側の尾根続きは、大空堀でたち切ったり、土塁を配置したりして、外部からの攻めに備えるなど、自然地形をうまく利用した山城であったと考えられています。
Contents
猿橋城の見どころ

信越の国境に位置する、標高370mに築かれた猿橋城。築城者や築城時期、廃城時期など不明が多い城です。しかし、主郭には堀切などが残っており、間違いなく城の痕跡が残ります。
曲輪の広さから推測すると居住地というよりは、狼煙台のような役割があったのかもしれません(個人的憶測)。
日本100名山 妙高山の絶景を見ることができます。
御城印
※2024年1月現在 猿橋城の御城印は販売されていません
猿橋城 周辺天気
| 城郭構造 | 山城 |
|---|---|
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 不明 |
| 築城年 | 不明 |
| 主な改修者 | 不明 |
| 主な城主 | 不明 |
| 廃城年 | 不明 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切 |
| 指定文化財 | 市の史跡 |
写真で見る猿橋城
登城レポート
猿橋城について
上信越自動車道「中郷IC」から東南東5km程の場所にあり、公共交通機関での攻略は少々難しいと思われます。長野県のほぼ県境に位置しており、廃校になった猿橋小学校が目印になります。
猿橋城は標高465mの向山の稜線下にあり、城自体は標高370mの位置にあります。
猿橋小学校の前に案内標識があります。私が探した中では猿橋城 登城には2ルートあります。
小学校前の舗装された道の急な坂を登ると一つ目のルートがあります。引き続き標識があるので、案内通りに進めば迷うことは無いと思います。もう一つのルートは小学校の校庭から登るルートになります。
おススメは舗装された道のルートから登ることをおススメします。山の中腹当たりで連続した竪堀のような窪みと、井戸跡らしき遺構を確認することができます。
山頂には細長い曲輪が段々になって展開されており、東屋と狼煙台のレプリカ、石碑が建てられています。
曲輪の規模から推測すると、常時生活する空間というよりは詰城もしくは狼煙台として利用されていた可能性があります。
主郭の裏には堀切を確認することができるので、防御の機能も持ち合わせているのが特徴。
築城者は築城年代などは明らかになっていませんが、上杉謙信が川中島に出兵する際のルート近くにあるので、何かしらの関係があるのかもしれません。
山深い場所なので近くでは熊の目撃情報もあります。登城の際は十分に気をつける必要があります。
マップ
アクセス
■公共交通機関
・えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン「関山駅」徒歩60分
■車・バイク
・上信越自動車道「中郷IC」から25分
・上信越自動車道「新井スマートIC」から25分
猿橋城 周辺スポット
苗名滝(なえなたき)

約3万年前、黒姫山の噴火によって流れ出た安山岩の溶岩が関川(せきがわ)を堰き止め、現在の新潟県と長野県の県境に小さな湖ができ上がりました。その後、水が溜まっていき天然のダムと化した湖の西端の水位が最高潮に達した結果、この苗名滝が生まれました。
江戸時代、苗名滝はこの地を訪れた歌人や旅人の作品にしばしば登場しています。
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乙見湖

笹ヶ峰ダムは高さ48.6m、長さ318mのロックフィル式ダムで、昭和54年に工事が完了、下流に広がる農地へのかんがい用水の確保と水力発電を目的としている。表面積約90haのダム湖の名は乙見湖という。堤頂は歩道になっており、夢見平遊歩道へと続いている。湖の向こうには焼山などの山々が展望できる。
湖底には、昭和4年に完成した初代のダムが水没している。
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猿橋城 周辺宿泊施設

猿橋城 周辺グルメ
新潟県の城を攻める
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| 春日山城【日本100名城】 春日山城【上越市】 戦国最強と称される上杉謙信の居城で日本五大山城のひとつ。本丸跡から見る日本海の景色は絶景。郭や土塁、空堀などの遺構が数多く残り、城址には毘沙門堂が復元され祀られている。 ![]() 遺構:土塁・空堀・曲輪 復元建築:毘沙門堂 縄張り:山城(国指定史跡) | |
| 鮫ヶ尾城【続日本100名城】 鮫ヶ尾城(さめがおじょう)【妙高市】 鮫ヶ尾城は上杉謙信の急死後の後継者争いが勃発した御館の乱の際に、敗れた上杉景虎が自刃して果てた城である。現在、城址には登山道が整備されており、尾根づたい曲輪を確認することができる。 ![]() 遺構:曲輪・堀切・竪堀・井戸 縄張り:山城(国指定史跡) | |
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![]() | 平林城 平林城【村上市】 色部氏によって築かれた城で、詰の城である加護山要害と西麓の段丘上に築かれた色部氏居館(岩舘・殿屋敷)からなる大規模な根小屋式城館である。上杉景勝の会津移封に伴い、色部氏も会津に移り廃城なる。 ![]() 遺構:曲輪・堀切・土塁・空堀・虎口・馬洗い 縄張り:山城(国指定史跡) |
![]() | 与板城(よいたじょう) 与板城(よいたじょう)【長岡市】 与板城は直江氏の居城で、元々直江氏は本与板城を本拠としていたが、信綱の代に与板城に拠点を移したとされる。直江兼続も与板城主を務めましたが、1598年上杉景勝の会津転封に伴い、与板城は廃城となる。 ![]() 遺構:曲輪跡・堀切・土塁・井戸跡 縄張り:山城(県指定史跡) |
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![]() | 栃尾城(とちおじょう) 栃尾城(とちおじょう)【長岡市】 上杉謙信が初陣を飾った城として有名。馬蹄型の曲輪を構成する堅城で、謙信死後に起こった御館の乱では当時の城主、本庄秀綱は上杉景虎方につき、1580年4月22日に落城。上杉氏の会津転封後には堀秀治の家臣・神子田政友が1万石で入城している。 ![]() 遺構:馬場・武者溜り・二ノ丸・竪堀 縄張り:山城(県指定史跡) |
![]() | 羽茂城(はもちじょう) 羽茂城(はもちじょう)【佐渡市】 羽茂本間氏の居城で佐渡最大の山城だった。上杉景勝による佐渡攻めで落城した。直江兼続の配下の大井田監物が在番していたが、1598年に上杉氏が会津に転封され、関ケ原の戦い後に上杉氏が米沢30万石に減封となり廃城。 ![]() 遺構:曲輪 縄張り:山城(県指定史跡) |
![]() | 直峰城(のうみねじょう) 直峰城(のうみじょう)【上越市】 直江兼続の実父である樋口惣右衛門兼豊の居城。戦国時代には春日山城から三国峠へ向かう繋ぎの城として上杉謙信が関東遠征の際の一泊目の宿泊地として使用された。 ![]() 遺構:曲輪・土塁・空堀・馬場 縄張り:山城(県指定史跡) |
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