犬山城【日本100名城】

愛知県北部、木曽川のほとりに佇む犬山城は、現存する日本最古の天守を誇る国宝です。室町時代の天文6年(1537年)、織田信長の叔父・信康によって築城されたこの城は、戦国時代から江戸時代を通じて数々の武将たちが奪い合った要衝の地。その歴史的価値から、姫路城、松本城、彦根城、松江城と並ぶ国宝五城の一つに数えられています。

犬山城の見どころ

遺構ポイント

犬山城は現存12天守の一つで、現在残っている天守の中で、日本最古と伝わります。天守最上階から見る木曽川を望む景色は絶景!
天守も素晴らしいのですが、犬山城の素晴らしさはその選地にあり、木曽川を背後に天然の要害とし、城郭の周りを掘で囲んで防備しています。大手道からは深い堀を確認できるので、要チェックです。

観光ポイント

江戸時代の雰囲気を残した城下町は、犬山城にきたらマストスポットです。
着物レンタルでの城下町散策が若い世代にも人気を集めています。風情のある飲食店や店舗が立ち並び、食べ歩きもできるのがポイント。
SNS映えするハートの絵馬で有名な三光稲荷神社も人気でう。

名城スタンプと御城印

※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
◾️日本100名城スタンプ
・城郭内(門2階の管理事務所)で押印

◾️御城印販売
・犬山城前観光案内所で購入

犬山城 周辺天気

別名白帝城
城郭構造平山城
天守構造複合式望楼型 3層4階地下2階(1596年築、1620年改)
築城主織田信康
築城年1537年(天文6年)
主な改修者成瀬正成
主な城主織田氏、豊臣氏、石川氏、平岩氏、成瀬氏、公益財団法人犬山城白帝文庫
廃城年1871年(明治4年)
遺構現存天守、石垣、土塁
指定文化財国宝(天守)
国の史跡
再建造物櫓、門(模擬)

写真で見る犬山城

犬山城 大手道
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犬山城 大手道
犬山城 本丸石垣
犬山城 天守
犬山城 天守台
犬山城 天守
犬山城 天守内部
犬山城 天守内部
犬山城 天守内部
犬山城 天守最上階
犬山城 天守
犬山城 天守
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登場レポート

犬山城について

尾張国と美濃国の境にあり、木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。別名の白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩『早発白帝城』(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられる。

前身となる岩倉織田氏の砦を織田信長の叔父・織田信康が改修して築いた城であり、その後、池田恒興や織田勝長が入城、豊臣政権の時に石川貞清(光吉)が改修し現在のような形となった。また、小牧・長久手の戦いや関ヶ原の戦いにおける西軍の重要拠点となった

江戸時代には尾張藩の付家老の平岩親吉が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)ごろである。

2004年(平成16年)3月末日までは日本で唯一の個人所有の城であったが、同年4月1日付けで設立された財団法人犬山城白帝文庫(現在は公益財団法人)に移管されている。2006年(平成18年)4月6日には、日本100名城(43番)に選定された。犬山市は又、失われた建造物の木造復元や石垣、堀、土塁を調査して復元する計画もある。

天守

犬山城の天守は、外観3重、内部は4階、地下に踊場を含む2階が付く。天守南面と西面に平屋の付櫓が付属する複合式で、入母屋2重2階の建物の上に3間×4間の望楼部を載せた望楼型天守である。
窓は突上窓と火灯窓、両開き窓なと、地階1・2階出入口を含めて、総延面積は698.775平方メートルに達する。 天守台石垣は野面積という積み方で、高さは5メートルある。天守の高さは19メートルある。

なお、2017年(平成29年)7月12日16時過ぎ、鯱が胴体から尾にかけて大きく破損しているのが見つかった。天守の北側にある避雷針が曲がっており、この日は午後から雷雨が降っていたため、犬山市は落雷が原因とみている。
鯱は瓦製で作り直されて、2018年2月26日に天守へ設置。同年3月17日に記念式典が開かれた。

創建の時期

1961年(昭和36年)から1965年(昭和40年)に行われた犬山城天守の解体修理と古文献等から、この天守は下の2重2階の主屋が1537年(天文6年)または、1601年(慶長6年)に建てられ、1620年(元和6年)頃に3、4階を増築。その後唐破風の付加などが行われて現在の姿になったと考えられた。

2019年から犬山市の依頼で名古屋工業大学大学院などが行った建築材の年輪年代法による調査では、柱やはり、床板など、天守の主な建築材は1585年からの3年間に伐採されたものと判明し、当初から1階から4階まで現在のような姿で建築されたものとみられると報告された。

大手門桝形跡

江戸時代、犬山城南側には城の内外を隔てる外堀や大手門があったが、史料から1876年(明治9年)までに取り壊されたことが分かっている。跡地には犬山町時代、町役場が置かれ、さらにその後の1970年(昭和45年)10月には総合福祉センター(のち福祉会館)が開館した。開館から約50年が経過した2017年(平成29年)、老朽化を理由に福祉会館を2020年度に解体撤去する方針が示された。

2021年(令和3年)3月、福祉会館の解体が終了。7月から跡地の発掘調査を実施したところ、江戸時代の絵図と一致する外堀が良好な状態で残っていることが確認された。水のない空堀で石垣を造らない素掘りだったことも判明した。

見つかった外堀の幅は17.5メートル、深さ6.5メートル以上で、17世紀の絵図に記載された幅十間(約18メートル)、深さ四間(約7.2メートル)とほぼ一致した。堀の埋め立てに使われた土の検証から、廃城時と明治後半、大正~昭和初期、戦後の四回にわたって埋められたことも分かった。

2025年(令和7年)2月8日、犬山市は大手門桝形跡を「城見学の起点となる場所」などとして整備する方針を示した。具体的には、休憩所やトイレのある建物を造り、外堀や土塁があった場所が分かるようにするという。同年6月20日、文化審議会は大手門桝形跡が確認されている犬山市福祉会館跡地全体を国史跡に追加指定するよう文部科学大臣に求めた。

当該の跡地は天守から400メートルほど南に位置しており、飛び地のような形になる。この追加指定によって、指定面積は4万9273平方メートルになる。

移築建築物

◾️大手道黒門
徳林寺山門

◾️大手道矢来門
専修院東門

◾️内田御門
瑞泉寺山門

◾️松ノ丸本丸門
浄蓮寺

◾️松ノ丸裏門
常満寺山門

動画で見る犬山城

マップ

アクセス

◾️公共交通機関
・名鉄犬山線「犬山遊園駅」徒歩15分

◾️車・バイク
・東名高速道路「小牧IC」から30分
・中央自動車道「小牧東IC」から30分
※有料駐車場あり

犬山城 周辺スポット

犬山成田山

真言宗智山派大本山成田山新勝寺の名古屋別院であり、御本尊は不動明王尊です。昭和28年10月に本堂が建立され、同11月3日に入仏落慶大法会が大盛儀に奉修され、大本山成田山名古屋別院大聖寺(通称犬山成田山)が開創されました。
今や中部地方最大の不動尊信仰の中心となっています。

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日本庭園 有楽苑

国宝茶席三名席の1つ「如庵」を有する日本庭園。
如庵は、織田信長の弟であり茶の湯の創成期に尾張の国が生んだ大宗匠・織田有楽斎が京都の建仁寺に創建した茶室で、1936(昭和11)年に旧国宝の指定をうけた茶道文化史上貴重な遺構です。その他、重要文化財旧正伝院書院、古図にもとづいて復元した「元庵」、有楽苑での茶会のために建てられた「弘庵」があり、四季折々の庭園をお楽しめます。

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犬山城 周辺宿泊施設

犬山城 周辺グルメ

関連ランキング:食堂 | 犬山駅犬山遊園駅

愛知県の城を攻める

愛知県

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吉田城【続日本100名城】: 34.770617, 137.393230
名古屋城【日本100名城】: 35.185651, 136.899079
犬山城【日本100名城】: 35.388348, 136.939280
岡崎城【日本100名城】: 34.956327, 137.158797
長篠城【日本100名城】: 34.923101, 137.559927
小牧山城【続日本100名城】: 35.292597, 136.913402
清洲城(きよすじょう): 35.216780, 136.843396
足助城: 35.135028, 137.325153
岩崎城: 35.145054, 137.042550
田峰城(だみねじょう): 35.054780, 137.534698
沓掛城(くつかけじょう): 35.069069, 137.021822
古宮城【続日本100名城】: 34.972118, 137.428333
西尾城(にしおじょう): 34.866347, 137.047985
大給城(おぎゅうじょう): 35.054012, 137.227607
野田城(のだじょう): 34.882092, 137.468405
松平城: 35.060827, 137.242713
設楽城(したらじょう): 35.080613, 137.687777
市場城(いちばじょう): 35.227988, 137.295027
大草城(おおくさじょう): 34.940012, 136.830425
田原城: 34.673706, 137.269401
岩津城: 35.004864, 137.174234
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吉田城【続日本100名城】
吉田城【豊橋市】
戦国時代初期、三河支配の重要拠点のひとつとして、松平氏と今川氏の間で争奪戦が繰り広げられた。池田輝政が吉田城主となった際に、城域の拡張や城下町の整備を行う。最盛期の吉田城は名古屋城をも凌ぐ、全国屈指の敷地面積を誇った。



遺構:石垣・土塁・堀
復元建築:模擬鉄櫓
縄張り:平城
吉田城データベース
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名古屋城【日本100名城】
名古屋城【名古屋市】
徳川御三家 尾張徳川家の居城で、徳川家康が西国の抑えとして築城。近世城郭の最高到達点とも称される名城。緑色の銅瓦葺と金の鯱は名古屋城のシンボルになっている。近年、本丸御殿が精巧に復元された。



遺構:櫓3棟・門3棟・庭園・石垣・堀
国の重要文化財:櫓3棟、門3棟
復元建築:大小天守(外観復元)・正門(外観復元)・不明門・本丸御殿
縄張り:平城(特別史跡)
名古屋城データベース
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犬山城【日本100名城】
犬山城【犬山市】
織田信長の叔父、織田信康がこの地にあった砦を改修して築いた城。天守は現存12天守のひとつで、国宝5城のひとつでもある。現在、日本最古の天守とされている。木曽川の対岸から見る犬山城はとても美しく、絶好の撮影スポット。



遺構:天守・石垣・土塁
国宝:天守
復元建築:櫓・門(模擬)
縄張り:平山城(国指定史跡)
犬山城データベース
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岡崎城【日本100名城】
岡崎城【岡崎市】
徳川家康の生まれた城で、桶狭間の戦いで今川義元が敗死した際に家康(当時は松平元康)が今川氏から独立した城でもある。江戸時代には家康誕生の城として重要視され、譜代大名が歴代の城主を務めている。



遺構:石垣・堀
復元建築:天守(復興天守)・城門
縄張り:平山城(市指定史跡)
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長篠城【日本100名城】
長篠城(ながしのじょう)【新城市】
長篠城は徳川氏と武田氏の国境に存在する城で、愛知県から長野県や静岡県北部へ通じる交通の要衝にあったため、武将たちの合戦の舞台になり奪いあった城。城跡として整備されており、本丸付近には空堀や土塁が残っている。



遺構:曲輪・土塁・空堀・石垣
縄張り:平城(国指定史跡)
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小牧山城【続日本100名城】
小牧山城(こまきやまじょう)【小牧市】
織田信長によって、美濃攻略の本拠地として築かれた城。信長がはじめて築いた城でもある。その後、岐阜城に移住したため小牧山城は約4年間で廃城となるが、豊臣秀吉と徳川家康が戦った小牧・長久手の戦いでは、家康がこの地に本陣を置いた。



遺構:曲輪・井戸・土塁
縄張り:平山城(国指定史跡)
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清洲城(きよすじょう)
清洲城(きよすじょう)【清須市】
清洲城は織田信長の居城として知られ、信長はこの城から桶狭間の戦いに出陣している。信長の後継者を決める清洲会議が行われた城でもあり、歴史的にも大きな役割をになった城。町制100周年を記念して模擬天守が築かれた。



遺構:土塁・石垣
移築建築:名古屋城の西北隅櫓は清洲城の天守を移築したと伝承がある
縄張り:平城
清洲城データベース
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足助城
足助城(あすけじょう)【豊田市】
足助城は三河鈴木氏の諸家である足助鈴木氏の居城で、家康の関東入国に従って関東に移った際に廃城となる。高櫓・長屋・物見矢倉・厨などの建物が復元。発掘調査成果に基づく戦国時代の山城の復元は、国内最初で「全国ではじめて復元された山城」と称されている。



遺構:曲輪
復元建築:高櫓・物見櫓・厨
縄張り:山城
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岩崎城
岩崎城【日進市】
岩崎城は丹羽氏清にはじまる丹羽氏の居城である。羽柴秀吉と徳川家康が戦った小牧・長久手の戦いにおける緒戦となった戦い、岩崎城の戦いの舞台でもある。現在は城内に模擬天守が建てられている。



遺構:曲輪・空堀・土塁土橋・建造物跡・井戸跡
復元建築:天守(模擬天守)・城門
縄張り:平山城
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田峰城(だみねじょう)
田峰城(だみねじょう)【設楽町】
菅沼氏の居城で、1575年城主・菅沼定忠は長篠の戦いで大敗した武田勝頼を田峰城に迎え入れようとするが、留守居の親族・菅沼定直が入城を拒絶したため、わずかな手勢での逃避行を強いられた。本丸大手門、本丸御殿、物見台が復元されている。



遺構:曲輪・空堀
復元建築:御殿・大手門・搦手門・物見台
縄張り:山城(町指定史跡)
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沓掛城(くつかけじょう)
沓掛城(くつかけじょう)【豊明市】
桶狭間の戦いの前夜に今川義元が宿泊した城。桶狭間の戦い後に織田信長より勲功一番と称された簗田政綱の居城となった。本丸、空堀、諏訪曲輪などの遺構がきれいな状態で残っている。東西288m、南北234mと当時は規模の大きな城で、総堀に囲まれる形式だった。



遺構:本丸・堀・二の丸・諏訪曲輪
縄張り:平城
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古宮城【続日本100名城】
古宮城(ふるみやじょう)【新城市】
武田信玄が三河侵攻の拠点として、家臣の馬場信春に築かせた城。1573年、奥平貞能・貞昌父子は武田氏を離反して徳川氏に帰属し、その際に古宮城は徳川・奥平氏によって攻められ落城。丘全体を要塞化しており、土塁や竪堀が良好に残っている。



遺構:土塁・曲輪・横堀・竪堀等
縄張り:平山城(市指定史跡)
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西尾城(にしおじょう)
西尾城【西尾市】
三河国守護に任じられた足利義氏によって築かれた城。その後、牧野成定、酒井正親、田中吉政らの居城として拡張され、江戸時代には西尾藩の藩庁として使用された。現在は本丸丑寅櫓と鍮石門、屏風折れの土塀が復元されている。



遺構:曲輪・石垣・土塁・堀
復元建築:本丸丑寅櫓・二之丸丑寅櫓・城門
縄張り:平山城(市指定史跡)
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大給城(おぎゅうじょう)
大給城(おぎゅうじょう)【豊田市】
大給松平氏の居城で、1507年〜1510年には武田氏の侵攻に備えて、松平乗元とその子乗正により大改修が行われたが、徳川家康の関東移封に伴い廃城。城址に多数ある巨石群と、全国的にも珍しい水ノ手曲輪といわれる貯水池が残る。



遺構:堀切・曲輪・石塁・櫓台
縄張り:山城(国指定史跡)
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野田城(のだじょう)
野田城【新城市】
野田城は菅沼定盈ら菅沼氏の居城で、1573年の野田城の戦いでは水の手を断たれて、城主・定盈は開城降伏している。このとき武田信玄が城から聞こえる笛の音に聴き惚れていたら鉄砲で狙撃され、その傷が原因で死亡したとの伝説がある。



遺構:曲輪・空堀
縄張り:平山城(市指定史跡)
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松平城
松平城【豊田市】
松平城は徳川家康の先祖に当たる松平親氏によって築かれた城。山麓にある松平氏館(現在の松平東照宮)の詰めの城として築かれた。現在城址では曲輪、土塁、横堀などの遺構が確認できる。



遺構:曲輪・土塁・横堀
縄張り:山城(国指定史跡)
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設楽城(したらじょう)
設楽城(したらじょう)【東栄町】
設楽城は設楽氏の居城で、愛知県に残る山城のうちで最古となる。設楽貞通の代には菅沼定則の娘を娶り今川義元に属し、桶狭間の戦いで義元が敗れたあとは、徳川家康に属し三方ヶ原の戦い、野田城の戦い、長篠の戦いに参戦。



遺構:曲輪・土塁・堀切
縄張り:山城(県指定史跡)
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市場城(いちばじょう)
市場城(いちばじょう)【豊田市】
市場城は城址公園として綺麗にに整備されており、遊歩道が設置されている。城址には枡形門跡,畝状竪堀、および櫓台の石垣などの遺構を見ることができる。



遺構:石垣・竪堀
縄張り:山城
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大草城(おおくさじょう)
大草城(おおくさじょう)【知多市】
大草城は織田信長の弟、織田長益(有楽斎)によって築かれた城。1582年 信長が本能寺の変で没すると、尾張一国は織田信雄に与えられ、長益は信雄の家臣として大草城を築いたが、未完の城のまま廃城となる。



遺構:土塁・水堀
復元建築:櫓(模擬櫓)
縄張り:平城
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田原城
田原城【田原市】
田原城は三河湾を支配していた戸田氏の後は、松平氏譜代の本多広孝が、さらに家康が関東へと移封したのちは吉田城に入封した池田輝政の重臣である伊木忠次が城主となる。本丸は巴江神社になっており、二の丸には復元櫓が模擬再建されている。



遺構:石垣・堀
復元建築:城門・櫓
縄張り:平城(市指定史跡)
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岩津城
岩津城(いわつじょう)【岡崎市】
岩津松平家の祖とされる松平信光によって築かれた城。1571年に武田軍が三河に侵攻した際に一度廃城となるが、1584年の小牧長久手の戦いで徳川家康によって改修された。小規模ながら保存状態の良い遺構が残る。



遺構:空堀・曲輪・土塁・土橋
縄張り:山城(市指定史跡)