1600年 黒田長政は関ヶ原の戦いで徳川家康に味方し、戦功を上げ、筑前国ほぼ一国(50万石余、後に52万石余)を与えられ、豊前国中津(大分県中津)から移り、福岡藩初代藩主になりました。
1601年から7年の歳月をかけて、内郭面積約41万㎡(約12万4千坪)、東西1km、南北700mの全国でも有数の規模の平山型の城を築城しました。城名は、黒田氏の故地である備前国邑久郡福岡(岡山県)に由来します。海側から望むと、鶴が羽ばたく姿に似ていることから「舞鶴城」とも呼ばれていました。
お城ニュース ※外部リンク
2026年5月28日
「福岡城に天守閣はあったのか」長年の謎に挑む 初の発掘調査の結果を公表
福岡城の見どころ

潮見櫓

伝潮見櫓

本丸表御門跡

名島門

南丸北隅櫓

二の丸東御門

南丸西隅櫓

天守台

鉄砲櫓石垣

下之橋御門
福岡城カルテ
■攻略のレーダーチャート(ポイント)
■ポイント
- 巨大城郭の痕跡が今でも残っており、広大な敷地が整備されている。
- 現存建築が残っており魅力的だが、石垣も良好に残っている
- 大動脈の博多駅からも近く、城郭目の前にも駅がある。さらに福岡空港からもアクセスが良いのでポイントが高い
- 有名で人気がある黒田家の築城及び、江戸時代を通して居城としていたので歴史ポイントも高い
平均:87/100 ポイント
合計:520/600 ポイント
おススメ度:★★★★★☆
■見どころバロメーター
■福岡県 主要城郭との比較(ポイント)
※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー
名城スタンプと御城印
※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
日本100名城スタンプ設置場所
・福岡城むかし探訪館:9:00~17:00
・鴻臚館跡展示館:9:00~17:00
・三の丸スクエア:9:00~17:00
御城印販売
・福岡城むかし探訪館
・三の丸スクエア




福岡城 周辺天気
| 別名 | 舞鶴城、石城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 梯郭式平山城 |
| 天守構造 | なし ※天守が存在したとする説もある |
| 築城主 | 黒田長政 |
| 築城年 | 1601年 |
| 主な城主 | 黒田氏 |
| 廃城年 | 1871年 |
| 遺構 | 櫓、門、土塀、石垣、堀 |
| 指定文化財 | 南丸多聞櫓(重要文化財) (伝)潮見櫓、下之橋御門、旧母里太兵衛邸長屋門(福岡県文化財) 名島門(福岡市文化財) |
| 再建造物 | 下之橋御門1階部分 潮見櫓 |
写真で見る福岡城
マップ
アクセス
■公共交通機関
・福岡市営地下鉄空港線「大濠公園駅」徒歩8分
・福岡市営地下鉄空港線「赤坂駅」から徒歩8分
■車・バイク
・福岡都市高速1号線・西公園IC
※有料駐車場あり
福岡城について
福岡城の普請奉行は野口佐助一成。城地となった警固村福崎は荒れ地で、古くから商人の町として栄えていた博多の西側に川を挟んで位置する。
城跡には現存櫓や移築された櫓や城門、復元された櫓や城門が点在し、南二の丸多聞櫓とそれに続く南二の丸南隅櫓は国の重要文化財に、(伝)潮見櫓・大手門(下の橋大手門・渦見門)・祈念櫓・母里太兵衛邸長屋門が福岡県指定文化財に、名島門が福岡市文化財にそれぞれ指定されている。また、南二の丸多聞櫓に続く北隅櫓が復元されている。なお、平和台球場跡から出土した国史跡鴻臚館跡がある三の丸跡は二重に史跡指定されている。
福岡市は2014年に『福岡城跡整備基本計画』を策定し、2028年度までの15年間に約70億円の事業費を見込んだ史跡整備を進めている。武具櫓、上之橋御門、本丸御殿、表御門、松ノ木坂御門、東御門、花見櫓などの復元が計画されているが着手の見通しは立っていない。
計画策定から約10年が経過した時点で、福岡城跡の史跡整備に実際に投入された事業費は約8億3000万円であり、当初見込みの約1割程度にとどまっている。上に天守閣を建てるための天守台はあり、福岡市は2024年春に仮設した「幻の天守閣」の骨組みを夜間にライトアップするイベントを実施したが、天守閣は築かれなかったという定説のほか、江戸幕府への配慮から早期に取り壊したという説で論争がある。
福岡城の歴史
1600年(慶長5年):黒田孝高・長政父子は関ヶ原の戦いの功績により豊前国中津16万石から、筑前一国52万3千石で筑前名島に入封した。筑前の旧領主小早川秀秋の居城であった名島城に入城した。便宜上から名島城を廃し、福崎丘陵を新城地に選定した。1601年(慶長6年)には築城が開始され、7年後の1607年(慶長12年)に竣工した。
江戸期には歴代の藩主により二の丸御殿や西の丸御殿の増築など数度の改修が行われたが、特に幕末の嘉永・万延年間に、第11代藩主黒田長溥により大改修が行われた。
構造
梯郭式の平山城で、本丸の南西に南丸(南二の丸)、北東隅に同じような規模で東二の丸、この2つを結ぶようにして囲む二の丸、二の丸の西から北東に三の丸が囲む配置であった。建物は47基の櫓や10棟の城門を配し、縄張りの範囲は約24万平方メートルにおよぶ。東側に那珂川をもって堀とし高石垣を南北に長く築き、また西側は干潟の「草ヶ江」を大きな池沼堀として活用した。城下町は城の北側(博多湾側)に東西に長く開かれた。
福岡市は2013年(平成25年)、舞鶴公園と大濠公園の周辺をセントラルパークのように大規模な公園とする『福岡セントラルパーク構想』を発表した。本丸・二の丸・三の丸は20年から30年の長期計画で城跡の復元整備を行っていく予定としている。
国指定重要文化財

南丸多聞櫓
南丸多聞櫓は、福岡城南側の防御を担った長屋状の櫓で、石垣上に長く連なる構造が特徴です。江戸初期の築造とされ、長さ約50m以上の大型多聞櫓です。城兵の詰所や武器庫として機能していたと考えられています。
福岡城 周辺スポット
水鏡天満宮
九州最大の繁華街「天神」の地名は、天神様を祀るこの神社に由来。
建ち並ぶオフィスビルの谷間にひっそりと建つ水鏡天満宮は、天神様こと学問の神様・菅原道真を祀っています。今泉にあったものを、江戸時代初期に初代福岡藩主・黒田長政が、福岡城の鬼門にあたる現在地に東の鎮守として移しました。
崇福寺
黒田家の菩提寺だった崇福寺の境内。藩祖・黒田官兵衛、初代 長政、4代 綱政、6代 継高、7代 治之、9代 斉隆の歴代藩主とその一族、また直方藩主などを中心に祀っています。
福岡城の本丸表御門(県指定有形文化財)は、山門として移築されています。
櫛田神社
博多の総鎮守として、「お櫛田さん」の愛称で広く市民から親しまれている神社。
祭神は大幡主命(櫛田宮)・天照皇大神(大神宮)・素盞嗚尊(祇園宮)。社伝によれば天平宝字元年(757)、孝謙天皇の御代に伊勢松坂の櫛田神社を勧進して創建したとされています。天正15年(1587年)の豊臣秀吉が博多復興にあたり、社殿の建立寄進がなされました。
東長寺
真言宗九州教団の本山で、山号は南岳山。本尊は弘法大師(空海)。寺伝では大同元年(806)、唐から帰国した弘法大師が、密教東漸を祈ったと伝えられています。
弘法大師創建の寺としては日本最古で、当初は海辺の地にありましたが、福岡藩二代藩主・黒田忠之によって現在地へと移り、黒田家により300石の寺領と山林15万坪の寄進がなされた。墓地には二代・忠之、三代・光之、八代・治高の墓があり、現在は市指定の史跡にもなっています。
福岡県の城を攻める
































