滝の城

滝の城(たきのじょう)は、埼玉県所沢市城にあった日本の城。同市の東端で隣接する東京都清瀬市との都県境、柳瀬川の北岸に位置し、豊かな緑に覆われた断崖の上に 曲輪や空掘り跡などが残っている。

今日では本丸跡に「城山神社」が祀られ、その南側を中心に滝の城址公園(たきのじょうしこうえん)として整備され、梅・桜の木や運動施設などが揃う公園となっている。

滝の城の見どころ

歴史ポイント

滝の城の始まりは明確に分かってはいませんが、近年では扇谷上杉氏が何かしらで利用していた城と考えられています。
関東に勢力を拡大した小田原北条氏が進出して、北条氏照の支配下になりました。
現在の遺構は北条氏によって手が加えられています。

天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原攻めに際し、南東方面からの攻撃に厳しく備えていましたが、北方から攻め寄せた豊臣方の浅野長政の前に、1日で落城したと伝わります。

遺構ポイント

コンパクトな城でありながら、北条氏による築城の技術が詰まっており見どころが多い城です。発掘調査も多く行われており障子堀も発見されています。
本郭・二の郭・三の郭・馬出が残り、全ての郭に深い空堀を巡らせて防備されています。

ポイントは綺麗に整備がされている点。堀底も歩くことができるので迫力を間近に感じることができます。
本郭を囲む横堀は特に深く、当時は橋が架けられていたと考えられています。

三の郭空堀

井戸跡

馬出

橋跡

馬出空堀

二重の堀

門跡

本郭空堀

登城レポート

MEMO

  • 城郭範囲は広くはないが、遺構残存度が非常に高い
  • 発掘調査の状況や結果が詳しく城内の説明板やパンフレットに記載されているので整備ポイント高い

平均:3.5
合計:21.0

  • 遺構:遺構の多さ、貴重度
  • アクセス(目安):新幹線が最寄り→5、駅が近い→4、駅から歩いて行ける距離→3、駅から遠いがバスが走っている→2、車が無いと行けない→1
  • 満足度→攻城のトータル総評
  • 歴史→時代に影響を与えた歴史の舞台→5、有名な武将や合戦があった城→4
  • 整備:トイレの有無、城内の解説板、パンフレットのクオリティの評価
  • 城郭範囲:観覧範囲の広さと、遺構の残存度。見どころの多さにも直結

※全ての城にそれぞれの魅力があるのは前提での主観的評価になります。

滝の城 御城印

※現在、滝の城では御城印は販売されていません。

滝の城 周辺の天気

別名本郷城
城郭構造平山城
天守構造なし
築城主不詳
築城年平安時代末頃か
主な城主大石氏・北条氏照の家臣か
廃城年天正18年(1590年)か
遺構土塁、空堀(含障子堀)、土橋、郭、外郭線
指定文化財埼玉県指定史跡

写真で見る滝の城

二の郭空堀と土橋
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二の郭空堀と土橋
本郭空堀
土橋と馬出
本郭 薬研堀
本郭から見た空堀
本郭-三の郭空堀
三の郭空堀
本郭-三の郭空堀
馬出空堀
柳瀬川
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マップ

アクセス

■公共交通機関
・JR武蔵野線「東所沢駅」から徒歩30分
・西武新宿線・池袋線 「所沢駅」、東武東上線「志木駅」各駅から西武バス・所52系統で停留所「城」下車、徒歩3分。
・西武池袋線「清瀬駅」から西武バス清64系統で停留所「台田団地」下車、徒歩10分

車・バイク
・関越自動車道「所沢IC」から約5分。

■駐車場
・公園無料駐車場有り

滝の城について

滝の城は 別称本郷城とも呼ばれ、1925年(大正14年)に埼玉県指定史跡に指定されている。

その原型は、伝承によると1180年(治承4年)頃に 源頼朝の挙兵に応じて土豪が築城したものと言われているが、記録などは残っておらず詳細は不明である。また、後述の横穴墓群の出土により、この場所は城としての成立以前の古代においても何らかの重要な拠点として使用されてきたものと推測されています。

東川と柳瀬川の合流点に築かれており、本郭・二の郭・三の郭などから成る内郭とそれらを囲む外郭・出郭等で構成される平山城です。規模は、東西350m×南北200mほどで、台地の縁辺部を利用しているため城の南側は高さ約25mの急崖となっており、北側は三重の堀や土塁によって守られています。

15世紀後半に築城された可能性が高いのですが、当時の城主については特定できていません。以前は山内上杉氏の家臣である大石氏が築城したという説もありましたが、近年では、享徳の乱の中で扇谷上杉氏が古河公方に対抗して築城した江戸・河越の2城を結ぶ“つなぎの城”として、滝の城が整備・拡充されたという考え方も出てきています。なお、発掘調査では扇谷上杉氏と関連付けられる「ウズマキかわらけ」が出土しています。

また、外郭からは小田原北条氏と関係深い「畝堀」を確認したことから、外郭は後世に同氏によって拡張されたと推測されます。戦国時代には、多摩西部と北関東の諸城を結ぶ「伝えの城」として重要な役割を担っていたようですが、天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐とともに落城し、以降は廃城となりました。

現在、城跡の主要部分は、城山神社の境内地となっています。

名称の由来

郭の東側、出郭と城外を画す小谷に、かつて「金津の滝」という滝があり、現在では痕跡が残るのみですが、この滝が城の名の由来とされる。

今日では斜面の岩場に僅かな流れが残るのみで、この小流が南に流れ込み公園の池を形成している。

MEMO
所沢市の生涯学習推進センター3階「常設展示室」にて滝の城の復元模型を見ることができます。
整備も行き届いているので、気軽に中世城郭を楽しむことができるのもポイント!

滝の城 周辺スポット

所沢航空記念公園

日本初の飛行場だった所沢飛行場が米軍から返還されたのに伴って、その跡地に整備された緑豊かな公園。広大な敷地には「所沢航空発祥記念館」、テニスコートや野球場などの運動施設、野外ステージ、日本庭園や茶室などがある。

→オフシャルHP

狭山不動尊

増上寺の二代将軍秀忠(台徳院)霊廟入口の門。
増上寺の台徳院霊廟に三代将軍家光が建立した御成門。
長州藩主だった毛利家の江戸屋敷の不動寺総門が移築現存している。

三ヶ島稲荷神社

三ヶ島稲荷神社は、所沢市三ヶ島にある稲荷神社です。三ヶ島稲荷神社の創祀年代は不詳ながら、新井家の祖先が宝玉院の南隣に祀っていたものを、宝永6年(1710年)宝玉院境内へ移して当地の鎮守としたといい、安永4年(1775)伏見稲荷大社の分霊を勧請したといいます。

滝の城 周辺宿泊施設

滝の城 周辺グルメ

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埼玉県の城を攻める

埼玉県

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忍城【続日本100名城】: 36.137806, 139.453990
川越城【日本100名城】: 35.918350, 139.488999
鉢形城【日本100名城】: 36.109645, 139.195962
杉山城【続日本100名城】: 36.063103, 139.311919
菅谷館【続日本100名城】: 36.035937, 139.321758
花園城(はなぞのじょう): 36.122539, 139.172122
小倉城(おぐらじょう): 36.032581, 139.296845
天神山城(武蔵国): 36.105376, 139.120474
滝の城(たきのじょう): 35.800623, 139.532032
岩槻城(いわつきじょう): 35.952027, 139.710238
武蔵松山城: 36.037194, 139.421396
武蔵岡城: 35.812730, 139.602692
雉岡城: 36.193244, 139.127705
騎西城(きさいじょう): 36.107036, 139.575491
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忍城【続日本100名城】
忍城【行田市】
別名「浮き城」とも呼ばれ、豊臣秀吉の関東平定の際には石田三成の水攻めにも耐えたことで知られる。映画「のぼうの城」の舞台でもある。



遺構:土塁、移築門
復元建築:御三階櫓、土塀
縄張り:平城
忍城データベース
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川越城【日本100名城】
川越城【川越市】
江戸時代には川越藩の藩庁が置かれ、江戸の北側の防衛線として重要視された城。1848年に建られた本丸御殿の一部が現存しており、本丸御殿大広間が現存しているのは川越城と高知城のみで大変貴重な遺構が残っている。



遺構:本丸御殿・家老詰所・富士見櫓跡・中ノ門堀跡・土塁
埼玉県有形文化財:本丸御殿
縄張り:平城(県指定史跡)
【川越城データベース】
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鉢形城【日本100名城】
鉢形城(はちがたじょう)【寄居町】
北条氏邦が築いた平山城で北関東における支配の要となった城。北条氏が支配していた頃には武田信玄でも上杉謙信でも落とせなかった堅城で遺構が良好に残っている。



遺構:土塁、堀、土橋、石垣、馬出
復元建築:四脚門・石塁・空堀等
縄張り:平山城(国指定史跡)
鉢形城データベース
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杉山城【続日本100名城】
杉山城【嵐山町】
「戦国期城郭の最高傑作」「築城の教科書」と称される、石垣の城にも負けない美しい土の城。屏風折れの土塁など芸術的な遺構が残っている。



遺構:土塁・堀・土橋・空堀・曲輪
縄張り:山城(国指定史跡)
杉山城データベース
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菅谷館【続日本100名城】
菅谷館【嵐山町】
鎌倉時代に武蔵武士の畠山重忠が居住した所と伝えられている。戦国時代には数度にわたる改築を受けて城郭として整備拡大し、土塁や空堀が良好な状態で残っている。



遺構:曲輪・土塁・空堀・虎口
復元建築:木橋
縄張り:平城(国指定史跡)
菅谷館データベース
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花園城(はなぞのじょう)
花園城【寄居町】
関東管領・山内上杉氏の重臣 藤田氏代々の居城で、北条氏邦を養子に迎えて本拠を鉢形城に移ると支城として使われた。ダイナミックな堀切や竪堀、土塁が残る。



遺構:石垣・土塁・郭
縄張り:山城
花園城データベース
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小倉城(おぐらじょう)
小倉城【ときがわ町】
関東では珍しい大量の石材を利用した石塁が随所に残る山城。郭3の外周部では高さ5m、延長100mを越える規模の石垣が残っている。竪堀や堀切など良好な遺構が残っている。



遺構:土塁・石塁・曲輪・堀切・虎口
縄張り:連郭式 山城(国指定史跡)
小倉城データベース
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天神山城(武蔵国)
天神山城【長瀞町】
山内上杉氏の重臣である藤田重利によって築かれた城で、北条氏に降伏したあとは北条氏の城となる。北条氏邦が鉢形城に居城を移すと支城として機能した。



遺構:石垣・土塁・曲輪
復元建築:天守(模擬) ※廃墟
縄張り:山城
天神山城データベース
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滝の城(たきのじょう)
滝の城【所沢市】
北条氏照が居城したとされる城で北条築城術の障子堀も残る城。戦国時代は北条氏照の八王子城の支城として使われた。1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐で八王子城と共に落城。現在は本丸跡に城山神社が祀られている。



遺構:土塁・空堀(含障子堀)・土橋・郭
縄張り:平山城(県指定史跡)
滝の城データベース
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岩槻城(いわつきじょう)
岩槻城【さいたま市】
江戸時代に岩槻藩の藩庁が置かれた城で、江戸北方面の守りの要衝として重要視され譜代大名の居城となった。現在は岩槻城址公園として整備されている。



遺構:土塁、曲輪、空堀、土橋、馬出
移築建築:城門
縄張り:平城(県指定史跡)
岩槻城データベース
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武蔵松山城
武蔵松山城【東松山市】
扇谷上杉家が居城としたが滅亡すると、松山城は北条氏康の手に渡る。一度、上杉謙信に攻め落とされるが、2年後の1563年に北条氏康と武田信玄の連合軍によって奪還。小田原征伐で前田利家・上杉景勝らに包囲され落城した。空堀の遺構が綺麗な状態で保存されている。



遺構:空堀・土塁・土橋
縄張り:平山城(国指定史跡)
【武蔵松山城データベース
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武蔵岡城
武蔵岡城【朝霞市】
岡城の築城年代や築城者は不明な点が多く、太田道灌が築城したとも、北条氏康に仕えた太田康資の居館だったともいわれてる。舌状台地の先端部に本丸、台地上に二の丸・三の丸・次の丸を一列に配置し、間を空堀で区切った縄張りとなっている。



遺構:曲輪・土塁・空堀
縄張り:平山城
武蔵岡城データベース
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雉岡城
雉岡城(きじがおかじょう)【本庄市】
関東管領・山内上杉氏の家臣、夏目豊後守定基の居城で、元々は関東管領の居城として築かれた。その後、北条氏邦に攻略され横地忠春が城代を務めていたが、1590年の小田原征伐では前田利家率いる北国勢に攻められ落城しました。



遺構:曲輪・土塁・空堀・堀
縄張り:平城(県指定史跡)
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騎西城(きさいじょう)
騎西城【加須市】
かつては上杉謙信の攻撃を受けたこともある中世城郭。江戸時代には松平氏、大久保氏が入城。大久保氏が美濃加納城に移封となり廃城となった。土塁や空堀が残っており、内部が資料館の模擬天守が建てられている。



遺構:土塁・空堀
縄張り:沼城