滝の城

滝の城(たきのじょう)は、埼玉県所沢市城にあった日本の城。同市の東端で隣接する東京都清瀬市との都県境、柳瀬川の北岸に位置し、豊かな緑に覆われた断崖の上に 曲輪や空掘り跡などが残っている。
今日では本丸跡に「城山神社」が祀られ、その南側を中心に滝の城址公園(たきのじょうしこうえん)として整備され、梅・桜の木や運動施設などが揃う公園となっている。
お城ニュース ※外部リンク
2026年5月17日
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滝の城の見どころ

三の郭空堀

井戸跡

馬出

橋跡

馬出空堀

二重の堀

門跡

本郭空堀
滝の城カルテ
■攻略のレーダーチャート(ポイント)
■ポイント
- 城郭範囲や曲輪自体は広くないが、本丸、二の丸、三の丸が残っており、分断する空堀などの遺構残存度が非常に高い
- 発掘調査の状況や結果が詳しく城内の説明板や、パンフレットに記載されているので、理解しながら周ることができる
平均:61/100 ポイント
合計:365/600 ポイント
おススメ度:★★★★☆☆
■見どころバロメーター
■埼玉県 主要城郭との比較(ポイント)
※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー
滝の城 御城印
※現在、滝の城では御城印は販売されていません。
滝の城 周辺の天気
| 別名 | 本郷城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 平山城 |
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 不詳 |
| 築城年 | 平安時代末頃か |
| 主な城主 | 大石氏・北条氏照の家臣か |
| 廃城年 | 天正18年(1590年)か |
| 遺構 | 土塁、空堀(含障子堀)、土橋、郭、外郭線 |
| 指定文化財 | 埼玉県指定史跡 |
写真で見る滝の城
マップ
アクセス
■公共交通機関
・JR武蔵野線「東所沢駅」から徒歩30分
・西武新宿線・池袋線 「所沢駅」、東武東上線「志木駅」各駅から西武バス・所52系統で停留所「城」下車、徒歩3分。
・西武池袋線「清瀬駅」から西武バス清64系統で停留所「台田団地」下車、徒歩10分
■車・バイク
・関越自動車道「所沢IC」から約5分。
■駐車場
・公園無料駐車場有り
滝の城について
滝の城は 別称本郷城とも呼ばれ、1925年(大正14年)に埼玉県指定史跡に指定されている。
その原型は、伝承によると1180年(治承4年)頃に 源頼朝の挙兵に応じて土豪が築城したものと言われているが、記録などは残っておらず詳細は不明である。また、後述の横穴墓群の出土により、この場所は城としての成立以前の古代においても何らかの重要な拠点として使用されてきたものと推測されています。
東川と柳瀬川の合流点に築かれており、本郭・二の郭・三の郭などから成る内郭とそれらを囲む外郭・出郭等で構成される平山城です。規模は、東西350m×南北200mほどで、台地の縁辺部を利用しているため城の南側は高さ約25mの急崖となっており、北側は三重の堀や土塁によって守られています。
15世紀後半に築城された可能性が高いのですが、当時の城主については特定できていません。以前は山内上杉氏の家臣である大石氏が築城したという説もありましたが、近年では、享徳の乱の中で扇谷上杉氏が古河公方に対抗して築城した江戸・河越の2城を結ぶ“つなぎの城”として、滝の城が整備・拡充されたという考え方も出てきています。なお、発掘調査では扇谷上杉氏と関連付けられる「ウズマキかわらけ」が出土しています。
また、外郭からは小田原北条氏と関係深い「畝堀」を確認したことから、外郭は後世に同氏によって拡張されたと推測されます。戦国時代には、多摩西部と北関東の諸城を結ぶ「伝えの城」として重要な役割を担っていたようですが、天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐とともに落城し、以降は廃城となりました。
現在、城跡の主要部分は、城山神社の境内地となっています。
名称の由来
郭の東側、出郭と城外を画す小谷に、かつて「金津の滝」という滝があり、現在では痕跡が残るのみですが、この滝が城の名の由来とされる。
今日では斜面の岩場に僅かな流れが残るのみで、この小流が南に流れ込み公園の池を形成している。
滝の城 周辺スポット
所沢航空記念公園
日本初の飛行場だった所沢飛行場が米軍から返還されたのに伴って、その跡地に整備された緑豊かな公園。広大な敷地には「所沢航空発祥記念館」、テニスコートや野球場などの運動施設、野外ステージ、日本庭園や茶室などがある。
狭山不動尊
増上寺の二代将軍秀忠(台徳院)霊廟入口の門。
増上寺の台徳院霊廟に三代将軍家光が建立した御成門。
長州藩主だった毛利家の江戸屋敷の不動寺総門が移築現存している。
三ヶ島稲荷神社
三ヶ島稲荷神社は、所沢市三ヶ島にある稲荷神社です。三ヶ島稲荷神社の創祀年代は不詳ながら、新井家の祖先が宝玉院の南隣に祀っていたものを、宝永6年(1710年)宝玉院境内へ移して当地の鎮守としたといい、安永4年(1775)伏見稲荷大社の分霊を勧請したといいます。
滝の城 周辺宿泊施設

























