【秋田県】脇本城

CASTLE DATA FILE.120
登城日:2026年6月13日
交通手段:仙台駅より車で4時間
ステータス:続日本100名城・国指定史跡
ジャンル:平山城
遺構:曲輪・土塁・井戸
復元建築:ー
スタンプ:脇本城跡案内所にて押印
御城印:菅原神社にて購入
遺構が良好に残る 東北屈指の戦国期の巨大城郭!
東北遠征 3城目は秋田県の続日本100名城に選定されている脇本城です。
個人的には秋田県に初上陸でもあります。
仙台から車で約4時間ほど。道の駅に寄りつつ、ゆったりと脇本城へと向かいました。
脇本城は秋田県の男鹿市にあり、海に突き出すような形状になっている男鹿半島にあります。
公共交通機関を利用する方は脇本駅から歩いて約30分で到着します。
脇本城は巨大な城郭で幾つかの地区に分かれています。メインは内館地区と呼ばれるエリアになります。
脇本城の規模は150haで実に東京ドーム32個分という規格外の規模で、東北を代表する戦国期の城です。
天正5年の1577年に安東愛季によって大規模な改修が行われました。江戸時代の初めには廃城になったと考えられています。
駐車場には脇本城跡案内所があります。
脇本城の標高は100mで、駐車場からはすぐに曲輪に到着できます。
案内所の脇からは整備された道がありますが、駐車場の目の前には古道階段があり、この階段を登れば天下道と呼ばれる古道へと接続されています。
土を掘り込んで造られた古道。
周りの土は高さがあり圧迫感があります。
戦国期の城郭雰囲気を味わいたいのであれば、古道がオススメです。
階段から古道を出てすぐに、尾根を分断する堀切があります。
登頂開始早々、魅せられます。
古道を振り返っての一枚。
狭い道で90度の折れ曲がりは、戦国期の山城感を存分に体現できます。
古道を進むと分岐点があります。
大土塁がある東端の曲輪を目指します。
分岐から見た脇本城の南側。
右側が南端の曲輪で、左側は生鼻崎。堀切のように緩やかに曲輪が分断されています。
同じく分岐から見た西側の曲輪。
壮大な城郭の規模を目の当たりにします。
古道を登り切ると東端曲輪があり、大土塁があります。
大土塁の前には城主の館が建っており、門跡も発見されています。
この土塁は海風の強い脇本城における、風よけの役割も果たしていました。
東端曲輪から見た脇本海岸。
脇本城が半島であることが見て取れます。
大土塁の下にも曲輪が展開されており、こちらには主殿や会所があったと想定されています。
土塁は6mもあり、脇本城における最大規模で良好に残っています。
奥の土塁の上が城主の館が置かれた曲輪、手前の平場が会所や主殿があった曲輪
この二つの曲輪は脇本城にとって重要な場所だったと考えられます。
そして、この場所から眺める脇本城の西側はとても美しい!
曲輪が連続して展開され、綺麗に整備もされているので、城郭の形状がハッキリと理解できます。
脇本城の見どころポイントの一つとなる空堀。
南側と西側をこの空堀が分断しています。
堀底からのショット。
幅広の空堀となっています。
離れた場所から見た空堀。
地形が複雑に形成されており、廃城になってからそのままの状態で曲輪が残っていると思われます。
空堀から反対側の曲輪へと移動します。
喰違いになっている掘り込みは虎口のようです。
空堀の堀底は広いのですが、堀の斜面は割と急斜になっています。
虎口も堀底から眺めると、見上げるような高さです。
虎口から見た空堀と南端曲輪方面。
空堀から南端曲輪までは250m以上あります。
空堀と東端曲輪方面。
対面には会所や政庁が置かれ、さらに奥の一際高い曲輪に城主の館がありました。
東端曲輪方面と奥には日本海がチラリと見えます。
西側には井戸跡が2つ残っています。
木の下には普通の規模の井戸が一つ。
もう一つの井戸跡はかなり大きめです。
曲輪の斜面を削り取るように井戸が設けられています。
井戸というよりは溜池レベルの大きさです。
反対側からも井戸跡を見てみます。
山城でこの規模の井戸はなかなか目にすることはできないので、とても貴重な遺構です。
井戸跡上にある曲輪。
あまり大きくはありませんが、土塁で囲まれているのが特徴です。
西側の土塁。
西側の南北250mに渡ってこの土塁が続いています。
土塁の上からのショット。
左側は海になっており、ほぼ崖です。
それでも土塁を設けたのは、防備の意味合いもあるかもしれませんが、やはり海風から守る意味合いもあったのかなと思われます。
西側の曲輪から見た脇本海岸。
反対側も海です。
脇本城は海に突き出した場所に造られているので、見渡す限り最高のロケーションとなっています。
西側の曲輪と南端曲輪を分断する竪堀。
南端曲輪からみた竪堀。
こちらもかなり幅広の堀となっています。
南端曲輪の土塁。
南端曲輪は三方が土塁で囲まれた設計になっています。
南端曲輪から見た生鼻崎。
緩やかですが堀切のように下って上がるこの形状。
これは自然地形というより、人工的に掘られて造られた形状にも思えます。
横から見てみると、まさに堀切のようです。
何よりも奥のオーシャンブルーの海が最高です。
山城×海の破壊力が半端ないです。
南端曲輪から生鼻崎に行ってみました。
草が綺麗に刈られていたので、スムーズに行けました。
生鼻崎から見た曲輪。
奥には寒風山がそびえています。
生鼻崎から見た大パノラマ!
目の前には脇本海岸。脇本城で1番良い景色が見れる場所です。
右手にも雄大な日本海が広がります。
この場所は海の監視の役割もあったのだと思います。
生鼻崎を後にして、帰り際に西側の曲輪の下から脇本城を見上げます。
登城路から生鼻崎を見上げます。
独立した山になっているので、360度見渡すことができ、監視には絶好の場所になっているのが分かります。
本来、北側には馬乗り場という地区があり、そちらにも曲輪が展開されているので、行く予定でしたが今回は断念しました。
行政の放送が流れ、熊の目撃情報があったとのことでした。
男鹿市は過去30日間の熊情報では90件以上の目撃情報があるようなので、普通に熊が生息している地域と思われます。
さすがに熊は怖いので、放送が流れた以上は早期に撤退をしました。
最後に御城印だけは入手したかったので、古道の下にある菅原神社に立ち寄り、参拝も兼ねて向かいました。
菅原神社は学問の神、菅原道真、天照皇大神などを御祭神とした神社です。
鎌倉時代に安東氏の氏神として創建されたそうです。凄い歴史のある神社。
久保田藩の佐竹氏も参拝したとされています。
社殿の前に置かれた牛。
長い階段を登っている時、この牛の顔がチラリと見え、まるで熊に見えて焦りました。
社殿の中で御城印が購入できます。
今回は市内に熊の出没があったことで、メインとなる内館エリアしか周ることができませんでしたが、それでも最高な時間となりました。
海風が心地よく、この場所が戦国期の城であったことを忘れてしまうほど壮大な城跡でした。
中国の陶磁器や、中国で造られたお金など出土しているので、この広大な海を利用した交易が行われていたと思われます。
秋田県初の城めぐりは最高な思い出となりました。

























































