高知城【日本100名城】

高知城は、高知県高知市にある日本の城。瓦や壁の色が鷹の羽の色に似ているとして、鷹城(たかじょう)とも呼ばれる。

江戸時代には土佐藩の藩庁が二の丸御殿に置かれた。全国に12城しかない江戸時代に築かれた天守、現存天守十二城の一つであるほか、全国に4城しか現存していない御殿建築 本丸御殿が残っている。
城跡は国の史跡に指定されている。

高知城の見どころ

歴史ポイント

高知城を築城して初代藩主となった山内一豊は、1545年から1605年までを生きた戦国武将です。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人に仕えていたことはよく知られています。

徳川家康に従って会津の上杉景勝討伐の軍に参加した一豊は、関ケ原の戦いに際し、居城の掛川城を明け渡しての出陣となりました。合戦前の城を明け渡しにより、家康の信頼を得ていたために、合戦後には土佐20万2,600石を与えられ、明治時代まで山内氏が治めることとなったのです。

遺構ポイント

全国で唯一の天守と御殿建築が江戸時代から現存している高知城。本丸は当時の面影を色濃く残しています。さらに大手門(追手門)も現存しているので見どころが盛りだくさんです。
現存建築物も残存率も魅力的ですが、高知城の石垣は圧巻です。最高技術をもった石工集団 穴太衆が積んだ高石垣は芸術の領域。

高知県特有の気候に合わせた石樋なども見ることができるので見逃せません。

追手門

天守

高石垣

西多聞

廊下門

黒鉄門

本丸御殿

石樋

登城レポート

MEMO

  • 天守・本丸御殿の他、多数の現存建築が残るので文句なしで遺構ポイントが高い
  • 駅からも近いのでアクセスが良好

平均:4.16
合計:25.0

  • 遺構:遺構の多さ、貴重度、復元建築も含めて見どころの多さ
  • アクセス(目安):新幹線が最寄り→5、駅が近い→4、駅から歩いて行ける距離→3、駅から遠いがバスが走っている→2、車が無いと行けない→1
  • 満足度→攻城のトータル総評
  • 歴史→時代に影響を与えた歴史の舞台→5、有名な武将や合戦があった城→4
  • 整備:トイレの有無、城内の解説板、パンフレットのクオリティの評価
  • 城郭範囲:観覧範囲の広さと、遺構の残存度。見どころの多さにも直結

※全ての城にそれぞれの魅力があるのは前提での主観的評価になります。

名城スタンプと御城印

※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
日本100名城スタンプ
・高知城天守窓口
 押印時間は開館日の9:00~17:00

御城印
・高知城天守窓口
 押印時間は開館日の9:00~17:00

高知城 周辺の天気

別名鷹城
城郭構造梯郭式平山城
天守構造独立式望楼型 4重6階(1601年築・1747年再、現存)
築城主大高坂氏
築城年南北朝時代(14世紀頃)
主な改修者長宗我部元親、山内一豊、山内豊敷
主な城主山内氏
廃城年1871年(明治4年)
遺構現存天守、御殿、櫓、門
石垣、堀、鐘撞堂
指定文化財重要文化財(天守など15棟)
国の史跡

写真で見る高知城

追手門 枡形
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追手門 枡形
追手門
追手門と天守
高石垣
高石垣
天守
本丸と詰門
本丸御殿
黒鉄門
天守から見た景色
天守から見た本丸
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マップ

アクセス

■公共交通機関
・とさでん交通「高知城前駅」徒歩3分

■車・バイク
・高知自動車道「高知IC」から約15分

駐車場
・専用有料駐車場有り(65台)

高知城について

高知平野のほぼ中心に位置する大高坂山(標高45m)上に築かれた梯郭式平山城で、山の南を流れる鏡川、北の江ノ口川がそれぞれ外堀として利用されていた。

戦国時代以前には大高坂山城、または大高坂城と呼ばれる城が築かれていた。最初の築造時期は南北朝時代。土佐の戦国大名として台頭した長宗我部元親は1588年(天正16年)、岡豊城(おこうじょう)からここへ本拠地を移そうとしたが低湿地の山麓は工事が難航し、代わりに港(浦戸湾)に臨む浦戸城を選んだ。

長宗我部氏は関ヶ原の戦いで敗れた西軍に与して改易され、代わりに翌1601年(慶長6年)、山内一豊が土佐国を与えられて土佐藩を立てた。一豊は大高坂山で築城に取り掛かり、1603年(慶長8年)に本丸や二の丸は完成したが、城全体の完工は1611年(慶長16年)、一豊の没後で二代目藩主の忠義の代になっていた。4層6階の天守は、一豊が加増・転封前に居城としていた掛川城(静岡県)を模したといわれる。一豊により河中山城(こうちやまじょう)と名付けられたが、高智山城と名を変えたのち、現在の城名となった。

江戸時代初期の建物は1727年(享保12年)の大火でほとんどが焼失し、1753年(宝暦3年)まで四半世紀かけて再建され、現存天守は1747年(延享4年)造である。

高知城は本丸の建造物が完全に残る唯一の城として知られていて、又天守と本丸御殿が両方現存する唯一の城である。明治6年(1873年)に発布された廃城令や、太平洋戦争による戦災を免れて天守、本丸御殿、追手門など15棟の建造物が現存し、全て国の重要文化財に指定されている。現在これらは高知県の所有物となっている。また、この15棟の現存建造物に加えて、土佐山内家宝物資料館に丑寅櫓の一部であると伝わる部材が収蔵されている。

城全域は高知公園として無料で開放されているが、天守および本丸御殿(別名「懐徳館」)への入館は有料となっている。城の周辺には高知市役所、高知県庁、高知地方裁判所、高知地方検察庁といった行政・司法機関が立ち並び、高知県の行政の中心地となっている(県庁舎のみ実質的には公園内にある)。

また、城内には一豊と妻の千代(見性院)、板垣退助の銅像が立つ。

江戸時代の高知城

慶長6年(1601年)、関ヶ原の戦いにおいて元親の子・盛親は西軍に与して改易された。代わって、山内一豊が掛川城から移り、土佐一国24万2千石を与えられ、浦戸城に入った。

慶長6年(1601年)8月、浦戸は城下町を開くには狭いため、一豊は長宗我部氏が一旦築城を断念した大高坂山の地に新城を築くこととした。同地は浦戸湾に面した地の利があるが、当時、同地周辺は湿原が広がるデルタ地帯で、長宗我部氏が築城を断念したほどの水害の多い地であり、山内家の技術では困難が予想された。

一豊は関ヶ原の戦いで罪人とされ、京都で蟄居処分となっていた百々綱家(旧織田秀信家老)の赦免と雇用を徳川家康に嘆願し、これが認められた。一豊と同郷近江の出身の百々は石垣技術に優れた近江穴太衆を配下に持ち、築城技術に優れていたと伝わる。6千石で召し抱えた百々を総奉行に任じ、築城と城下町整備の全権を委ねた。翌月より百々は大工頭、鍛冶頭、築壁造頭らを率いて、大高坂山に本丸の造営と、城下町の整備のために鏡川・江ノ口川などの治水工事に着手した。

木材は同国内から、石垣は浦戸城のものも流用し、瓦は上方に発注した、とされている。その他専門の職人は大坂から雇用し、人足には山内家家臣団も利用された。子供も工夫として参加させ、賃金も支払われた。一日の参加人数は1200人を超えたと伝わる。冬の寒い時期は粥などの炊き出しを行い、月の明るい夜は夜通しの工事も行われた。

慶長8年(1603年)1月、本丸と二ノ丸の石垣が完成。旧暦8月には本丸が完成し、一豊は9月26日(旧暦8月21日)に入城した。この際に、真如寺の僧・在川(ざいせん)により、河中山城(こうちやまじょう)と改名された。

慶長15年(1610年)、度重なる水害を被ったことで2代目藩主忠義は河中の表記を変更を命じ、竹林寺の僧・空鏡(くうきょう)によって文殊の浄土に因んだ高智山城と改名した。この時より後に省略されて高知城と呼ばれるようになり、都市名も高知と呼称されるようになった。

慶長16年(1611年)、難関であった三ノ丸が竣工し、高知城の縄張りが全て完成した。

享保12年(1727年)、高知城下は大火にみまわれ、城は追手門以外のほとんどが焼失した。現在見られる建造物の大半は、こののちに再建されたものである。

高知城 周辺スポット

桂浜

高知市にある太平洋に面した美しい海岸で、古くから「月の名所」として知られる高知県を代表する景勝地です。弓状に広がる砂浜、青い海、背後の松林が織りなす風景は日本の渚百選にも選ばれています。

幕末の英雄・坂本龍馬の銅像が太平洋を見つめる姿は、高知観光のシンボル的存在。高知を訪れたら必ず立ち寄りたいスポットです。

高知市卸売市場

マグロ・カツオをはじめとする鮮魚部、干物・ちりめんじゃこなどの塩干魚部、野菜・果物を扱う青果部があり、地元でとれた四季折々の選りすぐりの新鮮な食材を買い求めることができます。
また、場内で市場業者向けに営業している各飲食店等は一般のお客様も利用可能です。
市場内施設やセリの見学を希望する場合は事前連絡をお願いします。

高知県立坂本龍馬記念館

坂本龍馬に関する貴重な歴史資料をわかりやすく展示するとともに、人柄や業績、考え方についても紹介している「龍馬への入口」とも言える記念館です。

1991年、龍馬の誕生日である11月15日に開館し、2018年4月にはリニューアルしてグランドオープン。桂浜公園内に建ち、「空白のステージ」「屋上展望」からは、太平洋の水平線を一望できます。

旧山内家下屋敷長屋展示館

旧山内家下屋敷長屋展示館は、幕末に家臣7人の屋敷地を召し上げて藩主であった山内容堂の下屋敷が設けられたところです。
昭和53年、長屋(建物)は高知市に譲渡され、同54年、国の重要文化財に指定されました。同55年2月保存修理に着手、同56年9月に完成しました。
この種の本格的な武家長屋は全国的に少なく、貴重だといえます。

高知県立高知城歴史博物館

2017年3月、高知城のふもとに開館。
土佐藩主山内家伝来の貴重な資料を中心に、土佐藩・高知県ゆかりの歴史資料の数々を収蔵・展示する本格的な博物館です。

実物資料の展示を中心に、体験型展示や映像、メディア機器などで、大人から子どもまで楽しみながら歴史を学ぶことができるほか、年間を通してテーマや季節にそった多彩な企画展や催し物も開催されています。また、展望ロビーから望む高知城の姿は必見です。

潮江天満宮

学問の神様として有名な「菅原道真公」を祀る潮江天満宮は、高知県で参拝者が多い神社として知られています。入試を控えた受験生など、県内外から多くの人が初詣に訪れます。

楼門は市の文化財に指定されています。

山内神社

高知城下に鎮座する山内神社は、土佐藩を築いた山内一豊公と千代夫人、そして歴代藩主十六代を祀る由緒ある神社です。江戸時代から現代まで200年以上の歴史を持ち、幕末の英雄・山内容堂公ゆかりの地としても知られています。
境内には山内容堂公の銅像が建立されており、土佐藩の栄光と明治維新への貢献を今に伝えています。高知城観光と合わせて訪れたい、歴史ファン必見のパワースポットです。

高知城 周辺宿泊施設

高知城 周辺グルメ