佐伯城【続日本100名城】
佐伯城は、初代藩主 毛利高政により築城されました。築城開始は1602年、築城完工は4年後の1606年です。
元和3年(1617)の火災で二の丸御殿が失われました。現在の櫓門は天保3年(1832)に建て直されたものと思われます。
寛永14年(1637)に初めて櫓門が建てられ、享保11年(1726)に建て替え、天保3年に再度建て替えられています。
三代藩主毛利高尚(もうり たかなお)は、寛永14年(1637)に山麓に三の丸を開いて藩政を執ります。佐伯城の現存する唯一の城郭建築物「佐伯城三の丸櫓門」は、このときに藩庁の正門として建造されました。
Contents
佐伯城の見どころ
名城スタンプ
続100名城スタンプ
■佐伯市歴史資料館受付前
御城印
■佐伯市城下町観光交流館で販売
佐伯城周辺の天気
| 別名 | 鶴ヶ城、鶴屋城、鶴谷城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 山城 |
| 天守構造 | 独立式望楼型3重(1606年・非現存) |
| 築城主 | 毛利高政 |
| 築城年 | 慶長11年(1606年) |
| 主な城主 | 毛利氏 |
| 廃城年 | 1871年 |
| 遺構 | 三の丸櫓門、石垣 |
| 指定文化財 | 国の史跡 県指定有形文化財(三の丸櫓門) |

佐伯城について
江戸時代初期の1606年(慶長11年)に築かれた山城で、山頂主郭部の石垣と麓にある三の丸跡の石垣、建物は三の丸櫓門が現存する。
また、三の丸御殿の一部が市内船頭町に地区集会所(住吉御殿)として移築され現存する。このほか、お浜御殿が鶴谷学館の館長坂本永年の邸宅として市内東町に移築され、後に国木田独歩兄弟が下宿していたことから「城下町佐伯 国木田独歩館」として利用されている。
歴史
関ヶ原の戦いにおいて、徳川方(東軍)に与したことにより、1601年(慶長6年)、毛利高政は海部郡に2万石を与えられ、豊後国日田郡日隈城より前領主佐伯氏の旧居城であった栂牟礼城に入城した。しかし、栂牟礼城は険阻な山城で、平時の統治には不便であったため、翌1602年(慶長7年)から番匠川河口近くの八幡山で新城の築城に取り掛かった。
縄張は織田信長の元家臣で安土築城にあたった市田祐定、石垣は天正期姫路城の石垣施工を指揮した石垣師の羽山勘左衛門が担当した。6年の歳月をかけて1606年(慶長11年)にはおおよそ完成したが。1617年(元和3年)、二の丸より失火して、本丸と天守を焼失した。
1637年(寛永14年)3代高尚のとき、麓に三の丸を増築し、三の丸に居館が移されて以降は、城の中心施設として利用された。山上の本丸・二の丸などは、焼失および居館の移設によって放置され荒廃が著しかったため、宝永6年(1709年)に6代高慶によって天守以外の建物が復興、修復されている。
1871年(明治4年)7月に、佐伯県庁が置かれ佐伯城は廃城とされた。三の丸以外の建物はすべて払い下げ、撤去された。土地は旧藩主である毛利家に譲渡されている。
1970年(昭和45年)、三の丸御殿の一部を解体、民間の建物として(市内船頭町、住吉神社の隣に)移築され、翌年、跡地に市立佐伯文化会館が建てられている。2017年(平成29年)、続日本100名城に選定された。
2019年(令和元年)5月2日、佐伯市の文化財(史跡)に指定された。
構造
標高144メートルの八幡山山頂一体に築かれた総石垣の山城である。本丸を中心に、南北に長く連郭式に配し、本丸南に二の丸、西出丸、本丸北に北出丸、捨曲輪を配置している。
これに3代高尚の時に麓の三の丸を加えた。3重の天守があった本丸と本丸外曲輪を中心に二重櫓5基、平櫓1基、城門7棟などが建てならべられた。本丸と二の丸は堀切で遮断され、当時は廊下橋が渡されていた。
建築
櫓などの建物の仕様は、下見板張りの壁に突き上げ式の窓、本瓦葺き屋根であったと考えられているが、詳細は不明である。山上の建物については明治初期にすべて撤去されているが、三の丸櫓門やいくつかの移築現存建築遺構に意匠が残る。
また、大手門跡付近にあった役所の三府役所跡に佐伯市歴史博物館が2015年5月1日に開館し、野外展示物として敷地内に保存された三府御門(江戸後期)と毛利家御居間(明治期)を見ることができる。
マップ
アクセス
■公共交通機関
・JR日豊本線「佐伯駅」徒歩20分
・JR日豊本線 佐伯駅から大分バスに乗り
「大手前」バス停下車 徒歩10分
■車・バス
・東九州自動車道「佐伯IC」から10分
■ 駐車場
・三の丸櫓門前に市営駐車場(有料)
・佐伯文化会館駐車場(無料)
佐伯城 周辺スポット
住吉御殿

住吉御殿は、旧三の丸御殿の玄関・広間部分で、昭和45年(1970)現在の地に移築された、佐伯市唯一の御殿建築として貴重な建物です。五所明神社「御神幸祭」の御旅所にでもあります。
御神幸祭に随行する船頭町の山車飾り「猩々」は、汲めども尽きない酒瓶を持つ妖精ともいわれ、能や狂言で演じられる商売繁盛の縁起物で、平成21年から住吉御殿に常設展示されています。
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安井(あんせい)の井戸

安井(あんせい)の井戸は、藩医今泉元甫が飲料水に苦しむ城下西町の人々の為に私財を投じて掘ったもので、3つの井戸(今泉元甫の三義井)安井(あんせい)、唖泉(あせん)、甘泉(かんせん)の一つです。
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