大分県の城を探す
日本100名城

【大分市】
府内城は名軍師・竹中重治の従弟にあたる竹中重利の居城で、人質櫓(二重櫓)と宗門櫓(平櫓)が現存している。現在は3棟の二重櫓と大手門、土塀、廊下橋が復元。
遺構:石垣・土塀・堀・櫓2基・天守台
大分県文化財:人質櫓・宗門櫓
復元建築:二重櫓3棟・大手門・土塀・廊下橋
縄張り:平城(海城)
【府内城データベース】

【竹田市】
標高325mの天神山に東西2500m、南北362m、難攻不落の堅城と謳われる。周囲を囲う断崖絶壁と、その絶壁上に築かれた石垣は壮大で、日本屈指の石垣の大要塞の山城。島津氏が豊後府内に迫る快進撃を見せていた中、岡城のみは再三にわたり島津軍を撃退した名城。
遺構:石垣
縄張り:山城(国指定史跡)
【岡城データベース】
続日本100名城

【中津市】
黒田孝高が築城し、細川忠興が大改修をして完成させた。
周防灘に臨む中津川河口の地に築城された梯郭式の平城で。堀には海水が引き込まれているため、水城(海城)ともされ、日本三大水城の一つに数えられている。当時は櫓の棟数は22基、門は8棟を有する総構の城だった。
遺構:石垣、堀
復元建築:天守(模擬)、大鞁櫓(復興)
縄張り:海城(市指定史跡)
【中津城データベース】

【臼杵市】
戦国時代、大友宗麟により臼杵城の前身となる丹生島城が築かれ、大友氏の拠点となった。江戸時代には臼杵藩の藩庁が置かれた。
南、東を海に囲まれ、西は干潮時に現れる干潟の陸地でつながるのみという天然の要害をなしていた。城には3重4階の天守と31基の櫓が上げられた。
遺構:曲輪・畳櫓・卯寅口門脇櫓・石垣・空堀
復元建築:大門櫓
縄張り:海城(国指定史跡)

【玖珠町】
豊後国から豊前国に抜ける交通の要衝に位置し、天然の要害である角埋山(576m)に築かれた城。戦国時代には、豊前の大内氏と豊後の大友氏との争いを背景により堅固に補強された。天正14年の島津義弘による豊後侵攻の折には、玖珠郡衆が籠城したが、島津軍の攻撃にも落城することはなく難攻不落の城として名を高めた。
遺構:曲輪・石垣・土塁・井戸・竪堀
縄張り:山城(国指定史跡)

【佐伯市】
江戸時代初期の1606年に築かれた山城で、山頂主郭部の石垣と麓にある三の丸跡の石垣、建物は三の丸櫓門が現存する。三の丸御殿の一部が市内船頭町に地区集会所として移築され現存する。このほか、お浜御殿が鶴谷学館の館長坂本永年の邸宅として市内東町に移築され、城下町佐伯 国木田独歩館として利用されている。
遺構:三の丸櫓門、石垣
大分県有形文化財:三の丸御殿櫓門
縄張り:平山城(国指定史跡)
【佐伯城データベース】
国指定史跡

【杵築市】
室町時代初期に木付氏によって八坂川の河口にある台山の上に築かれた城。北は高山川、東は守江湾に囲まれた天然の要害である。連郭式の平山城で、台山を空堀により4区画に区切られていた。戦国時代には大友氏と島津氏の戦い(豊薩合戦)の舞台となり、江戸時代には杵築藩の藩庁が置かれた。
遺構:土塁・堀切・堀・石垣・庭園
復元建築:模擬天守
縄張り:連郭式 平山城(国指定史跡)
その他 城

【日出町】
建武時代に、速見郡大神郷の位置で、大神仙介が築城した。大友氏の豊後国支配時代も、大友氏配下の大神氏が拠点とした。天正の戦で薩摩の島津軍に火を放たれて落城したとされている。
遺構:移築櫓・移築門・天守台・曲輪・石垣・堀
移築現存:裏門櫓・鬼門櫓
縄張り:平山城

【中津市】
長岩城は鎌倉時代から野仲氏によって支配されてきた。豊前国主となった黒田長政によって攻められ廃城となった。自然の要害を利用した難攻不落の城で石垣などの遺構が良好ひ残っている。特に「銃眼のある石積櫓」は全国的にも珍しい貴重な遺構だ。
遺構:石塁
縄張り:山城(県指定史跡)
【北海道】北海道
【東北】青森・岩手・秋田・宮城・山形・福島
【関東】茨城・栃木・群馬・千葉・埼玉・神奈川・東京
【甲信越】山梨・新潟・長野
【北陸】富山・福井・石川
【東海】静岡・三重・愛知・岐阜
【近畿】滋賀・京都・大阪・和歌山・奈良・兵庫
【山陰】鳥取・島根
【中国】山口・広島・岡山
【四国】香川・愛媛・高知・徳島
【九州】福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島


