涌谷城

涌谷城は亘理氏(涌谷伊達家)の居城として知られています。城内には県内で唯一の遺構である隅櫓(太鼓堂)が現存しています。
現在、城址は涌谷町城山公園として整備されており、模擬天守が建てられています。

涌谷城跡は桜の名所になっており、城山公園と江合川堤防の桜が咲き誇ります。
史料館では、涌谷伊達家関係を中心に、町内の歴史・民俗資料等を展示しています。

涌谷城の見どころ

歴史ポイント

涌谷城の城主は伊達一門の涌谷伊達氏になります。
千葉常胤の三男・武石胤盛が武石氏を名乗り、14世紀初頭に亘理氏を称するのが始まりです。16世紀初頭には急速に勢力を拡大していた伊達稙宗の傘下に入りました。
葛西大崎一揆の後に伊達氏が岩出山城へと転封になると、亘理氏も遠田郡涌谷城へと移された。
慶長11年(1606年)に伊達姓が与えられて伊達一門となりました。涌谷伊達家は江戸時代を通して仙台藩で遠田郡涌谷要害を中心に2万2600石を知行しました。

遺構ポイント

涌谷城の遺構は少ないものの、江戸時代に造られた太鼓堂という櫓が二の丸跡に残っています。仙台城と白石城の他に伊達21要害という実質的な城がありましたが、現存の建築物が残っていないので、とても貴重です。
さらに太鼓堂の建つ石垣は、歪な曲線を描く珍しい石垣なので、太鼓堂と併せて必見です。

城内には模擬櫓があり、内部には涌谷伊達氏の貴重な品が展示されています。

石垣

太鼓堂

本丸跡

二の丸跡

登城レポート

ポイント

  • 現在残る本丸と二の丸には資料館があり城郭範囲は狭い
  • 遺構は少ないものの、仙台藩にとって貴重な現存櫓と珍しい石垣がのこるので及第点

平均:2.0
合計:12.0

  • 遺構:遺構の多さ、貴重度
  • アクセス(目安):新幹線が最寄り→5、駅が近い→4、駅から歩いて行ける距離→3、駅から遠いがバスが走っている→2、車が無いと行けない→1
  • 満足度→攻城のトータル総評
  • 歴史→時代に影響を与えた歴史の舞台→5、有名な武将や合戦があった城→4
  • 整備:トイレの有無、城内の解説板、パンフレットのクオリティの評価
  • 城郭範囲:観覧範囲の広さと、遺構の残存度。見どころの多さにも直結

※全ての城にそれぞれの魅力があるのは前提での主観的評価になります。

涌谷城の御城印

※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
■御城印販売
・涌谷城天守閣 受付で購入
 開館時間 9:00~16:00(入館は15:30分まで)
 休館日 毎週水曜日 ※12月~3月は休館

・涌谷町くがね創庫
 開館時間 9:00分~17:00分まで(入館は16:30分まで)
 ※12月から翌年3月まで販売

涌谷城 周辺の天気

別名涌谷要害
城郭構造平山城
築城主涌谷氏
主な改修者亘理重宗、亘理定宗
主な城主亘理氏(涌谷伊達氏)
遺構隅櫓(太鼓堂)、石垣、空堀

写真で見る涌谷城

涌谷城全景
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涌谷城全景
天守と太鼓堂
太鼓堂石垣
太鼓堂と石垣
太鼓堂
本丸跡
天守から見た江合川
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マップ

アクセス

公共交通機関
・JR石巻線「涌谷駅」徒歩13分

車・バイク
・東北自動車道「古川IC」より約20km
・三陸自動車道「松島北IC」より約20km

駐車場
・無料駐車場有り

涌谷城について

仙台平野(仙北平野、大崎平野)を東流する江合川(北上川水系)が、篦岳丘陵から南に延びる小規模な樹枝状丘陵にぶつかってやや南に向きを変え、同丘陵に沿って流れる区間がある。

涌谷城はこの区間の同丘陵上にあり、標高約5mを流れる江合川に西側から南側を守られた、標高約20mの舌状地を城内とする。 色川家や中里家、鎌田家などが城下町に来場したときなどの世話をしたとも言われている。

もともとは大崎氏の家臣の涌谷氏が所有していたが、豊臣秀吉の天下統一に伴い木村氏を経た後、伊達氏の家臣亘理氏の居城になる。2代重宗、3代定宗を経て城郭を整備し、後に定宗は伊達氏を名乗ることを許されるまでになった(涌谷伊達氏)。

しかし、定宗の後を継いだ伊達宗重が後継者問題などで原田宗輔と対立し、遂には殺害されてしまう(伊達騒動)。

現在は城山公園となっていて、春は桜の名所として知られる。城内には隅櫓(太鼓堂)が現存し、県内で唯一の城郭遺構となっている。

その隣に三層櫓に似た天守風の建物(資料館)があるが、いわゆる疑似天守(実在した天守を再現したものではない)である。

涌谷城 周辺スポット

見龍寺・見龍廟

天正19年(1591)亘理重宗が涌谷の領主になった時、京都にある妙心寺の梁岩を招いて中興開山し、円同寺と称していました。寛文11年(1671)、伊達安芸宗重の死去に伴って見龍寺と改め、法灯などを加えて境内を整え現在にいたっています。
吉祥殿の本尊は文殊大士繍像で、左右の壇上には伊達安芸重宗以降の涌谷城主とその夫人の位牌が安置されています。

箟峯寺(こんぽうじ)

奥州三十三霊場第九番札所として有名な箟峯寺の所在地は、古来殺生禁断、女人禁制の聖地で、大門から一歩ふみこめば、罪人も捕らえられなかったと言われ、ただ一つの村外地でした。

箟岳観音は奥州三観音の一つで、大同2年(807年)坂上田村麻呂建立と伝えられ、本尊は十一面観音像(秘仏)で、三十三年に一度ご開帳されます。

天平ろまん館

749年に日本で初めて金が産出された「黄金山産金遺跡」に隣接し、その歴史を学んで砂金採り体験もできる体験型歴史館です。奈良東大寺の大仏建立に貢献した金にまつわる資料展示や、昔ながらの「椀がけ法」による砂金採りが家族連れに人気です。

館内には歴史を学ぶ展示室となっています。

延喜式内黄金山神社


国指定史跡黄金山産金遺跡の地内にある延喜式内黄金山神社。
10世紀初め頃にまとめられた『延喜式』に記載があります。現在の拝殿は、産金地涌谷説を提唱した沖安海の呼びかけによって、天保8年(1838)に再興されたもので、町の指定文化財です。

追戸横穴歴史公園

追戸横穴歴史公園は小田郡内(現遠田郡の東半分)に造られた古代墓です。
岩盤に横穴を掘って造る形のお墓で出土品の数々から、この古代墓群は奈良時代から平安時を中心に盛んに作られ、埋葬された人々は一般の人々ではなく小田郡の郡役所や小田軍団の関係者等、有力者だったと推測されています。

涌谷城 周辺宿泊施設

涌谷城 周辺グルメ

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宮城県の城を攻める

宮城県

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多賀城【日本100名城】: 38.306247, 140.988493
仙台城【日本100名城】: 38.253128, 140.856764
白石城【続日本100名城】: 38.002554, 140.617211
岩出山城(いわでやまじょう): 38.655356, 140.862837
涌谷城(わくやじょう): 38.546691, 141.130071
利府城(りふじょう): 38.336133, 140.981133
岩切城(いわきりじょう): 38.313806, 140.939725
金山城(かねやまじょう): 37.898596, 140.801554
若林城(わかばやしじょう): 38.238325, 140.902448
千石城(せんごくじょう): 38.505716, 141.053284
田手岡館跡(たておかやかた): 38.401292, 140.845150
上楯城(かみたてじょう): 38.173272, 140.711689
松森城(まつもりじょう): 38.317341, 140.919914
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多賀城【日本100名城】
多賀城(たがじょう)【多賀城市】
大和朝廷が蝦夷を制圧するため、軍事的拠点として築いた城柵。平城宮跡(奈良県)、太宰府跡(福岡県)とともに日本三大史跡に数えられている。



遺構:政庁跡、築地塀、門跡、土塁、横堀
復元建築:南門・築地塀
縄張り:政庁(国指定特別史跡)
多賀城データベース
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仙台城【日本100名城】
仙台城【仙台市】
伊達政宗が築城し、約270年にわたり伊達氏代々の居城で仙台藩62万石の政庁となった。仙台城は約2万坪で、徳川家康の江戸城に次ぐ大きさを誇る全国最大級の城だった。



遺構:石垣・土塁・堀
復元建築:大手門脇櫓
縄張り:連郭式 平山城(国指定史跡)

仙台城データベース

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白石城【続日本100名城】
白石城【白石市】
伊達家の重臣 片倉景綱の居城で仙台藩の要となった城。一国一城令が敷かれる中、特例として認められた数少ない城のひとつ。天守(大櫓)や城門が木造復元されている。



遺構:石垣・移築門・移築蔵
復元建築:大櫓・門・塀
縄張り:梯郭式 平山城(市指定史跡)
白石城データベース
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岩出山城(いわでやまじょう)
岩出山城【大崎市】
伊達政宗が仙台城を築く前の居城で、政宗が転封前に徳川家康が岩手沢城(岩出山城)に入城し、その命を受けた榊原康政によって縄張・改築され名を岩出山城と改めた。



遺構:土塁・空堀
縄張り:山城
岩出山城データベース
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涌谷城(わくやじょう)
涌谷城【涌谷町】
涌谷伊達家の居城で江戸時代には仙台藩21要害の一つだった。城内には県内で唯一の遺構である隅櫓(太鼓堂)が現存しており、城内に建てられた模擬天守には涌谷伊達氏の資料などが展示されている。



遺構:隅櫓(太鼓堂)・石垣・空堀
復元建築:天守(模擬天守)
縄張り:平山城
涌谷城データベース
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利府城(りふじょう)
利府城【利府町】
伊達政宗の叔父 留守政景の居城とで村岡城と呼ばれていた。現在城址は館山公園として整備されており、石碑と案内板が設置されている。町の住所など城の名残が残る。



遺構:曲輪・空堀・土塁
縄張り:山城
利府城データベース
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岩切城(いわきりじょう)
岩切城【仙台市】
戦国時代末期には、伊達政宗が東北地方南部を征服し、叔父の留守政景を岩切城主とし、元亀年間に政景は居城を利府城に移した為、岩切城は廃城となる。



遺構:曲輪・空堀・堀切
縄張り:山城(国指定史跡)
岩切城データベース
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金山城(かねやまじょう)
金山城【丸森町】
金山城は相馬氏と伊達氏との間で争奪戦が展開された「境目の城」。1581年に伊達政宗が初陣を飾った城でも有名。伊達政宗の家臣である中島氏が明治維新まで居住した。



遺構:曲輪・土塁・石垣
縄張り:山城(町指定史跡)
金山城データベース
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若林城(わかばやしじょう)
若林城【仙台市】
一国一城令が発布後に伊達政宗晩年の城として築かれ、政宗の死後に廃された。現在は宮城刑務所となっており立ち入ることはできず、フェンス越しに土塁と堀跡のみ見ることができる。



遺構:土塁
移築建築:市内の松音寺に城門が移築
縄張り:平城
若林城データベース
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千石城(せんごくじょう)
千石城【大崎市】
千石城は南端頂部の本丸から二ノ丸・三ノ丸と続く縄張で、 城内で最も広い北端の三ノ丸に近世当初に居館が置かれていた。三ノ丸から南へ遊歩道があり堀切で区画されている。



遺構:曲輪・腰曲輪・土塁・堀切
縄張り:山城
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田手岡館跡(たておかやかた)
田手岡館【大和町】
仙台藩主伊達忠宗の八男宗房が田手肥前守高実の娘婿となって後を継ぎ、後に伊達姓を賜り宮床伊達氏となった。この宮床伊達氏の居所として築かれたのが田手岡館で、仙台藩が行った要害制では「所(ところ)」に位置づけられた。



遺構:曲輪・土塁・横堀・堀切・石積み
縄張り:城館(丘城)
【田手岡館データベース】
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上楯城(かみたてじょう)
上楯城【川崎町】
伊達家家臣の支倉常正によって築かれた城。孫は慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパを渡航した支倉常長。常長は青年期を上楯城で過ごしている。土塁と巨大な空堀が残る。



遺構:曲輪・土塁・堀
縄張り:連郭式 平山城
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松森城(まつもりじょう)
松森城【仙台市】
城主は国分家17代当主 盛重で、天正年中頃まで居住。二の丸には盛重の家臣高平大学が住んでいたと記録されている。盛重は伊達政宗の叔父にあたり、病と称し政宗の命に従わなかった為、政宗の忌諱にふれて国分家は没落した。



遺構:曲輪・土塁・堀切
縄張り:連郭式 山城