稲村城は、16世紀前半、3代義通が居城とした城で、4代義豊が5代義堯に攻め滅ぼされた「天文の内訌」の舞台となった城です。
館山平野中央部南辺の丘陵端にあります。丘陵先端部にある主郭は、東と南の二辺に高さ約3mの土塁を持ち、北と西の斜面は、丘陵の側面をかき落とし障壁とする切岸手法を駆使し防御としています。
お城ニュース ※外部リンク
2026年3月7日
国指定史跡 稲村城跡ウォーキング/道の駅 グリーンファーム館山
稲村城の見どころ

切通

堀切

本丸土塁

虎口跡
稲村城カルテ
■攻略のレーダーチャート(ポイント)
■ポイント
- 稲村の乱の主戦場で籠城戦が展開された城なので歴史ポイントは高い
- 廃城後の状態で良好に遺構が残っているので、遺構のポイントも高い
- パンフレット等は現地になく、現場でも解説板などは特にないので整備ポイントはやや低い
平均:73/100 ポイント
合計:440/600 ポイント
おススメ度:★★★★★☆
■見どころバロメーター
■千葉県 主要城郭との比較(ポイント)
※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー
稲村城の御城印
※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
御城印販売
■館山市立博物館本館
時間:9時~16時45分
休日:月曜日(祝日の場合は翌日)
■道の駅 あずの里いちはら
時間:9時~18時
休日:第2火曜日(祝日の場合は翌日)
■千葉ポートタワー
時間:6月~9月 9時~21時
10月~5月 平日9時~19時
土日祝9時~20時
■まるごとしすい
時間:9時~18時
休日:月曜日(祝日の場合は翌平日)

稲村城 周辺の天気
| 城郭構造 | 山城 |
|---|---|
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 里見義実 |
| 築城年 | 文明18年(1486年) |
| 主な城主 | 里見義豊 |
| 廃城年 | 天文3年(1534年) |
| 遺構 | 曲輪・堀切・土塁・切通 |
| 指定文化財 | 国の史跡(「里見氏城跡」として) |
写真で見る稲村城
マップ
アクセス
◾️公共交通機関
・JR内房線「九重駅」徒歩10分
◾️車・バイク
・館山自動車道「木更津南IC」から90分

MEMO
車で訪城する方は駐車場が離れているので注意です。城郭の近くには車をとめる場所がありません。館山市のHPで「道の駅 グリーンファーム館山」に駐車するようアナウンスされています。
稲村城について
館山平野・鏡ヶ浦を見下ろせる標高64メートルの丘陵上に築かれ、東西・南北ともに500メートル規模を持つと推定される。また、主郭部分の東側を削り、西側の尾根を盛土した痕跡がうかがえる。
伝承では文明18年(1486年)に里見義実が築城し、延徳3年(1491年)に完成したとされるが、確証はない。ただ、築城が15世紀後半と推定されること、里見氏最初の本拠地とされる白浜城との間で道が整備されていたことが知られていることから、一次史料からは確認されないものの、稲村城が里見氏当主の居城であったこと、また同時代の人々にそう認識されていたことは間違いない事実と認定できる。
稲村城に本拠を構えることで里見氏のその後の飛躍を決定づけた。稲村城の立地は国府一帯を一望できる絶好の構えであった。このことから稲村への進出は、まさに守護の掌握する国衙領=守護領及び国衙機構への守護支配体制を継承する意味を持つといえる。
しかし、戦国時代には国衙機能が喪失されていることから、里見氏の稲村城進出が国府を意識したものだと捉えるのは不適切とする反論もある。また稲村城は、古代以来安房国内で最も生産性の高い地域、およびその水系を管理・掌握する位置にあったと推測され、館山平野の農業生産構造における稲村城の位置を重要視するべきとする指摘もある。
天文2年(1533年)から翌年にかけて発生した天文の内訌が「稲村の変」と呼ばれているように、同城が舞台となっていた(ただし、伝承として伝えられている内訌の経緯と現存の文献などから推定される内訌の経緯は大きく異なっている)。この内訌で稲村城主であった4代当主里見義豊は、従兄弟である義堯に滅ぼされて家督を奪われて稲村城もそのまま廃城となった。

MEMO
館山城も車で15分〜20分の範囲にあるので、併せて攻城するのをオススメします。御城印も館山城の天守で販売しています。
稲村城 周辺スポット
普門院 船形山 大福寺

境内の船形山中腹に浮かぶ朱塗りの観音堂がシンボル。地元の人からは「崖の観音」として広く親しまれています。高台に建つ観音堂は、眼下に広がる館山湾や遠くに伊豆大島を望む絶景も大きな魅力です。
安房神社
地元では「大神宮」と呼ばれ、古くから篤い信仰を集めてきた安房神社。2670年以上の歴史を持ち、天富命(あめのとみのみこと)が阿波から開拓に訪れた際、自分の祖先である天太玉命(あめのふとだまのみこと)を祀るために建てたと伝わります。
稲村城 周辺宿泊施設

稲村城 攻城の拠点
千葉県の城を攻める





























