本佐倉城は下総守護千葉氏が文明年間(1469~1486)に築城し、天正十八年(1590)に豊臣秀吉に滅ぼされるまで関東有数の大名千葉氏の居城でした。
千葉氏は享徳三年(1454)に始まる関東の戦乱によって千葉(現千葉市中央区)の城を捨て、新たな城を印旛沼に面した交通の拠点である「佐倉(現酒々井町本佐倉)」に移しました。
16世紀前半には城下町も整い、本佐倉城は下総の政治・経済・軍事・文化の中心として繁栄します。
天正十八年(1590)年、豊臣秀吉が小田原を攻めると、北条氏の支配下に入っていた千葉氏も共に滅亡、本佐倉城は徳川家康の支配となりました。
現在でも本佐倉城跡は大規模な空堀・土塁・櫓台に守られた郭群などが明瞭に残っており、戦国時代の息吹が感じられます。
お城ニュース ※外部リンク
2025年3月7日
本佐倉城跡に千葉勝胤の歌碑 酒々井町、観光客と城ファン増加に期待
本佐倉城の見どころ

東山虎口

大堀切

東山馬場

城山

セッテイ山 空堀

城山虎口
本佐倉城カルテ
■攻略のレーダーチャート(ポイント)
■ポイント
- 戦国期のまま遺構が残っており、大堀切や空堀、土塁、虎口などが良好に残存している
- 大佐倉駅や酒々井駅からも歩いて行ける距離にある
- 城内のパンフレットはクオリティが高く、城内の解説板も充実している
平均:76/100 ポイント
合計:455/600 ポイント
おススメ度:★★★★★★
■見どころバロメーター
■千葉県 主要城郭との比較(ポイント)
※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー
名城スタンプと御城印
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続日本100名城スタンプ設置場所
・京成大佐倉駅(改札外)
・酒々井町中央公民館
・国史跡本佐倉城跡案内
御城印販売
・京成佐倉駅前観光案内所
・国史跡本佐倉城跡案内


本佐倉城 周辺の天気
| 別名 | 将門山城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 連郭式平山城 |
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 千葉輔胤 |
| 築城年 | 文明年間か |
| 主な改修者 | 千葉氏、後北条氏 |
| 主な城主 | 千葉氏、小笠原吉次、土井利勝 |
| 廃城年 | 元和元年(1615年) |
| 遺構 | 空堀、土塁、虎口、郭、 |
| 指定文化財 | 国の史跡 |
写真で見る本佐倉城
マップ
アクセス
■公共交通機関
・京成電鉄・大佐倉駅から徒歩15分
・京成電鉄・酒々井駅から徒歩20分
・JR成田線・酒々井駅から徒歩25分
■車・バイク
・東関東自動車道・佐倉ICから10分
■駐車場
・専用無料駐車場有
本佐倉城の歴史
室町時代後期に千葉宗家を倒して家督を奪った馬加氏(まくわりし)は、将軍足利義政の命により千葉実胤と自胤を支援した東常縁に討たれ滅亡した。
また太田道灌も実胤・自胤を支援し江戸城を築城するなどした。
だが、馬加康胤の子(異説あり)・千葉輔胤は、古河公方足利成氏と結んで下総国を平定したことで宗家の地位を確保し、文明年間に従来の亥鼻城よりも内陸のこの地に城を築いて本拠地を移した。
文明11年(1479年)に太田道灌が千葉輔胤を攻めたときに追い詰められた輔胤の籠城先が臼井城であったことから、この時点ではまだ本佐倉城は完成していなかったと推定されている。
『千学集』には文明16年6月3日(1484年6月25日)に千葉孝胤(輔胤の嫡男)が佐倉に城を移したと記され、続いて延徳2年6月8日(1490年6月25日)に佐倉の市立が、同年8月12日(同8月27日)に町立が実施されているため、延徳2年に本佐倉城の本拠地としての整備が本格化したと考えられている。
その後、9代にわたって戦国大名千葉氏宗家の本拠地となったが、天正18年(1590年)、千葉氏が小田原征伐後に改易されると、徳川氏に接収されて一旦は破却され、代わりに城下に陣屋が設置された。
慶長7年(1602年)12月に5万石で松平忠輝が封じられるが、ひと月余後の慶長8年(1603年)2月、信濃国川中島に移封された。
慶長15年(1610年)、軍事上の必要から同地に封じられた小笠原吉次、土井利勝が再び本佐倉城に入って佐倉藩の藩庁が置かれた。
元和元年(1615年)、藩庁の佐倉城への移転と一国一城制により廃城となった。なお、本佐倉の城下町は酒々井宿に移設されて成田街道の宿場町になったと考えられている。
城の構造
城域は内郭と外郭に分かれており、内郭は南方に谷が刻まれた半島状の丘陵上に占地し、往時は三方を湿地帯で囲まれた要害であった。
一方の外郭は内郭から繋がる丘陵上を自然地形と空堀で分断した広大な地積を持ち、千葉氏の勢力が伸張したのち、家臣団の屋敷地として整備されたと考えられる。
縄張り


MEMO
現在でも城の土塁や空堀などの遺構がほぼ完全な姿で遺存しており、1998年に「本佐倉城跡」の名称で、千葉県内の城郭としては初めて国の史跡に指定されました。
その他で千葉県内で指定されているのは、館山市の稲村城と南房総市の岡本城があります。
本佐倉城 周辺スポット
妙見神社
本佐倉妙見神社は、印旛郡酒々井町本佐倉にある神社です。本佐倉妙見神社は、千葉勝胤が天文年間(1532-1555)に本佐倉城を築城した際、二の丸の中腹に創祀、本佐倉城の守護神として祀られていたといいます。天正年間(1573-1592)に本佐倉城は落城、その後は根古屋の人々により護持されているそうです。
臼井田 星神社
臼井田星神社は、佐倉市臼井田にある神社です。臼井城築城に際し、城主臼井常康公が、千葉氏一族が尊崇する妙見神を祀り、永久年間(1113-1118)に創建したと伝えられます。
酒々井温泉 湯楽の里
天然温泉を使用した展望露天風呂をはじめ、高濃度炭酸泉など多彩な湯を楽しめる日帰り温泉施設。エステなどのリラクゼーション施設や自家製うどんが味わえるお食事処もあり、一日を通してゆっくりとくつろぐことができます。
築山
明治天皇も訪れた名勝地
通称「桜山」。この地は、資産家であった旧家の邸内であり、明治天皇が行幸の折に訪れました。印旛沼や筑波山を眺望できる名勝地です。
島田長右衛門家・島田政五郎家
島田長右衛門家は江戸時代に幕府野馬御用を務めていた家で、かつては宅地裏に野馬会所と野馬払い場が続いていました。隣接する島田政五郎家は島田長右衛門家の分家。現在の建物は明治10年~20年頃に建てられたもので歴史的景観を形成しています。
本佐倉城 周辺宿泊施設

本佐倉城 攻城の拠点
千葉県の城を攻める































