【福島県】白河小峰城

CASTLE DATA FILE.13
登城日:2026年7月20日
交通手段:JR東北本線「新白河駅」徒歩30分
ステータス:日本100名城・国指定史跡
ジャンル:梯郭式 平山城
遺構:石垣・土塁・堀
復元建築:三重櫓・太鼓櫓・門
スタンプ:2023年10月20日に押印済み
御城印:城山公園二の丸茶屋で購入
撮影:Nikon D750
前回訪城:2023年10月20日
白河小峰城のイメージが変わる!攻略の仕方を紹介。
2023年10月以来の訪城となる白河小峰城。
前回訪問した時は、城めぐりを本格的に始めてから3ヶ月目ということもあり、攻略がかなり甘かったので再訪城の機会をずっと考えていました。
白河小峰城は日本100名城に選出され、国の史跡に指定されています。
盛岡城・会津若松城と並ぶ東北3名城の一つでもあります。
白河小峰城の歴史としては、1340年〜1350年頃に結城氏によって築城されたと伝わります。
1590年の豊臣秀吉による小田原攻めに参陣しなかった結城氏は、奥州仕置によって改易。
以後は会津若松城の支城として存続しました。
蒲生秀行が会津若松城の領主だった時代の絵図では、城郭と城下は整備されて現在の白河小峰城の原型が完成しています。
前回よりも深掘りしてスタートです!
小峰城歴史館の前には無料駐車場もあり、綺麗に整備されています。
歴史館の脇から主郭部へと向かうと内堀跡を見ることができます。
当時は二之丸を水堀が囲んでいました。
現在はその痕跡の一部を見ることができます。
本丸に向かうメインゲートの清水門が復元工事のため、臨時の昇降階段が設けられています。
臨時の昇降階段から見た帯曲輪と本丸の石垣。
白河小峰城は東北では珍しい総石垣の城で、1627年に初代白河藩主となった丹羽長重によって、4年の歳月で大改修。
二之丸と本丸を総石垣にして、三之丸は門などの主要部に石垣が多用されました。
帯曲輪から見た二之丸の内堀跡。
同じく帯曲輪と本丸の石垣。
平地の二之丸→帯曲輪→本丸と3段構造になっています。
二之丸と本丸の比高は15mとなります。
帯曲輪門跡。
なんと芸術的な石垣!門跡の先には本丸の高石垣があり、圧倒的な存在感があります。
後ほど帯曲輪門から本丸に向かうことにして、まずは前回行かなかった帯曲輪を見て周ります。
本丸南西隅の石垣。
加工された石が使われた打込接の技術が用いられています。
本丸の南西隅には富士見櫓が建っており、二重櫓だったと考えられています。
富士見櫓石垣と本丸西側の石垣。
奥に張り出した石垣は雪見櫓の石垣です。
芸術的で惚れ惚れするショット。こんなに素晴らしい石垣を、不覚にも前回来た時は見ませんでした。
本丸西側の石垣と雪見櫓石垣。
雪見櫓の石垣も含めてこの辺りの幅21m、高さ10mが東日本大震災で崩落しました。
破損した石は新たに交換され、崩れた石は3年の歳月で元に戻されました。
丹羽長重がこの城全体を総石垣に改修したのが4年の歳月。当然、工事に従事した人数も異なるので一概には言えませんが、壊れたものを元通りに戻すという作業は本当に大変な作業であることが分かります。
北西側から見た本丸西側の石垣。
そして、本丸下の平場が帯曲輪となります。
雪見櫓の石垣。
本丸から突き出して造られており、監視の役割と本丸からの攻撃の有利性を考慮した設計になっています。
雪見櫓の西側入隅部は鋭角に突き出しており、芸術的な角度で積まれています。
雪見櫓石垣と本丸北側石垣。
本丸石垣の高さ10mほどで均整の取れた美しい石垣が広がります。
隅は算木積みで当時の最新技術で積まれています。
引きで見るとこのように、手前側の雪見櫓と奥の富士見櫓の石垣は突き出しており、本丸を囲むように帯曲輪を形成。
石垣は右側の西側の方がやや高めで、左側の北側は土塁のような盛り土の上に石垣が形成されています。
帯曲輪の北西隅。
帯曲輪と北西は突き出しており、監視と横矢で攻撃する意味合いがあったのでしょうか。
帯曲輪北西隅から見た景色。
眼下には幅広の水堀を巡らせています。
この角度からだと見えないのですが、対岸に見える住宅地のさらに奥には、阿武隈川が流れており天然の堀の役割をしています。
北側はかなり守りに徹した造りになっているように感じました。
突き出した帯曲輪北西隅には水懸口があります。
石垣で造られた細い通路で、日常的な通行ではなく排水やごみ処理など、施設管理のための出入口と推測されています。
図面が残っており、高さは6mで柿葺きの切妻造りの門だったようです。
水懸口付近から撮った北側の帯曲輪。
土塁が盛られており、当時は塀が周囲を囲んでいました。右側は本丸北側の石垣。
石垣の下では地元の方が草刈りをしていました。
一列になって手作業で草を除去されています。
崩落した石垣の修復も綺麗に整備されている城内も、様々な方の力があってこそ城は守られているのだと思い知らされます。
当たり前のように素晴らしい景色を見せて頂けることに感謝です。
本丸北側石垣の出隅部。
ここから土塀が復元されています。
出隅からクランクして、白河小峰城のシンボル三重櫓が出現します。
かっこいい!
高さ10mの石垣に加えて、高さ14mの三重櫓が建っているので、迫力があります。
注目すべきは櫓台石垣。
一部分だけ石の積み方が異なるのが確認できます。
基本は綺麗に加工された石が積まれているのに対して、左下だけは不揃いの自然石が積まれています。
白河小峰城で最古の石垣と考えられており、江戸時代の前後くらいの1596年〜1615年頃に築かれた石垣です。
三重櫓の左側は、本丸から一段下がった竹之丸の石垣。当時、隅には平櫓が建っていました。
角度を変えての三重櫓。
威圧と重厚感があります。三重櫓脇の石垣が突き出していることで、死角が無くなり横からも攻撃できる設計になっています。
やや引き気味での三重櫓。
見る角度が少し変わるだけで、シャープに見えます。
迫り出した出窓が二つ設けられており、下は石落としになっています。
石垣から登ってくる敵を石落としで迎撃できる機能を持ち合わせた造り。
北側には矢之門跡があり、当時は堅固な櫓門が建っていました。
矢之門後の石垣をよく見てみると、白河小峰城の特徴でもある、同心半円型落し積みを見ることができます。
石が円を描くように積まれています。
現在は復元工事中で見ることができませんが、清水門にも同じ積み方を確認することができます。
現地のスタッフさんに聞いたところ、中心部が目のように見えるらしく、入城する人に心理的な影響を与えるために、重要な門にこのような積み方をしたのではないかとお聞きました。
地元の方や現地のスタッフさんと接触する時間は、とても貴重で勉強になります。
矢之門跡から見た三重櫓。
白河小峰城の写真は大体が本丸、もしくは前御門の前から撮影した写真ばかりですが、この角度からの姿を見逃したら勿体無い。
是非、帯曲輪から矢之門まで足を運んで頂きたいです。
矢之門跡から見た北側外堀。
堀幅が30mもあり、帯曲輪側と住宅街の平地との高低差もあるので、築城当時はかなりの防御力があった思われます。
矢之門跡から外堀に行けるのですが、後ほど周ることにして、まずは三重櫓のある本丸に向かいます。
城郭の東側に竹之丸と同じくらいの高さの山があり、何やら怪しい雰囲気だったので行ってみました。
なんと、立派な石垣を見ることができました。
市役所の整備計画書を見ると、このあたりは和党曲輪となっており、この一帯も史跡エリアとなっています。
ひっそりと佇むのが和党門跡。
完全にこの辺りには人がおらず、穴場っぽくて一層テンションが上がってしまいます。
奥には三重櫓。主郭の東側は矢之門と和党門が守っていたと思われます。
加工した石が使われていますが、隅部が算木積みではないので、主郭部とはやや異なる積み方。
この先は立入禁止になっていたので、近寄ることはできませんでしたが、十分見応えある遺構を楽しめました。
山の裏側には、階段があったので登ってみました。
階段脇には戊辰薩藩戦死者墓と書いてあります。
上には墓が建てられています。
戊辰戦争で各地にあった薩摩藩士の墓を大正5年に合葬して建てた墓で、60名が眠っています。
白河小峰城は戊辰戦争で激戦地となりました。
東北諸藩にとっては敵だった薩摩藩ですが、故郷から遠く離れたこの地で丁寧に弔われています。
墓のある鎮護神山から見た三重櫓。
分かってはいましたが、今でこそ優美なこの城は戦いの舞台であったことを改めて感じ、何となくこの場所から見た三重櫓が哀愁に満ちた姿に見えました。
山を下りて城郭東側を通って、次こそは本丸に向かいます。
なかなか先に進まないのは、いつものこと。
竹之丸東側の石垣も素晴らしい。
竹之丸の南東隅には、竹之丸二重櫓が建てられていました。
櫓台石垣は前面に突き出しており、美しい曲線を描いています。。
石垣の下は土の平場になり道が整備されていますが、当時は堀で主郭部を防御していました。
二之丸東側の石垣。
二之丸東側の石垣に積み方が異なるポイントがあります。
左側は加工された石を隙間なく積んだ切込接、右側は加工した石をランダムに積んでいます。
そして、境目を同心半円落し積みと同じ、円を描いています。
細かく見ていくと様々な箇所に見どころポイントが眠っています。
藤門跡から再び城内に入城します。
広がる二之丸跡。
二之丸には藩を司る様々な役所や、上級家臣の屋敷があったそうです。
復元工事中の清水門。
完成したらこの位置は新たな写真スポットになるでしょう。
工事は新たな調査などで工期が1年遅れて、来年の3月にお披露目となります。
外からは足場とシートで見えませんが、現地スタッフさんに聞いたところ、ほぼ完成しており外壁の漆喰と内部がまだ残っているようです。
清水門は高さ11m、間口14mで白河小峰城の中では最大規模の城門でした。
撮影している二之丸と本丸を結ぶ門なので、番所も併設されていました。
サイドから見た清水門。
白の漆喰と下見板の黒い土塀が少し見えています。
臨時の昇降階段脇には月見櫓の高石垣があります。
左側が月見櫓跡となり二重櫓が建っていました。
隣の突き出した石垣は櫓台並みの石垣ですが、土塀が建てられており、横からも攻撃ができる横矢の設計がされています。
隙間なく積まれた切込接。
正方形の石と多角形の石が使われており、亀甲積みが随所にミックスされています。
再び臨時の昇降階段を上がり、帯曲輪門にやってきました。
資料では中ノ門とも記されており、帯曲輪から本丸に繋がる重要な門でした。
櫓門形式の門で高さ7m、間口が13m、屋根は切妻造りの柿葺き。図面が残っており、解説板に絵図が記されています。
帯曲輪門と本丸の石垣。
前回の訪問から3年が経過し、全国の様々な城を見てきましたが、改めてじっくり見ると白河小峰城は非常に魅力的な城であることに気付かされました。
帯曲輪門を通過して振り返ってのショット。
縄張り自体は割とシンプルですが、随所に折れや張り出しがあり、かなり計算されて築城されたことが伝わります。
帯曲輪を通過すると連続して桜之門があり、いよいよ本丸となります。
本丸に直結しているだけあって、帯曲輪門と桜之門の連続した門はとても厳重です。
桜之門脇の本丸石垣。
階段を上がると一度折れ曲がります。
桜之門は本丸御殿南側の入口に繋がる門で、藩主の出入口に使われていたと考えられています。
桜之門も櫓門形式で高さが7mありました。
振り返ってのショット。
階段中腹はキュッと絞り込まれて複数人での通行が困難に造られています。
いよいよ本丸に到着です。
本丸には藩主の居住空間と政務を行う本丸御殿が建てられていました。
白河小峰城の定番となる本丸からのショット!
白河小峰城は戊辰戦争で奥羽越列藩同盟と新政府軍が争奪した激戦地で、その際に大半を焼失して落城しました。
1991年に三重櫓、1994年に前御門が絵図と発掘調査に基づいて、忠実に木造で復元されました。
三重櫓へと一目散に向かいたくなるのですが、今のワタクシはじっくり隅々まで見て周りたい派なので、本丸南西隅の富士見櫓跡から見ていきます。
先ほど帯曲輪からも櫓台の石垣を見ましたが、二重櫓がこの場所に建てられていました。
富士見櫓跡から見た二之丸。
右側の御殿のような建物が小峰城歴史館、左側の建物は二之丸茶屋となります。
奥の市街地化された場所には、当時は三之丸がありましたが、今は線路が敷かれて白河駅となっています。
現在は本丸と二之丸が城跡として整備されています。
全国に富士見櫓と名の付く櫓が多く存在していました。
その名の如く富士山が見えることから富士見櫓と名付けられています。
白河小峰城の場合は、ここから富士山が見えるかは分かりませんが、富士山の方角に建つ櫓です。
富士見櫓の対面にある本丸北西部の雪見櫓跡。
雪見櫓も二重櫓で、本丸から突き出していることで、三方を見渡せる監視にも攻撃にも適した造りをしています。
雪見櫓から見た本丸土塁。
本丸土塁を横から見た本丸北側の土塁。
右側が本丸なので、かなり高い土塁となっています。
やはり北側と西側の防御がかなり意識されています。
本丸跡に建てられた石碑。
近くで見た前御門と三重櫓。
白河小峰城が段々になった不思議な造りをしているのは、三階櫓が建つ北側土塁が本丸の平地よりもかなり高いからです。
階段を登れば三重櫓の入口。
この急な階段の高さ=土塁の高さとなるので、いかに本丸北側の土塁が高いかお分かり頂けると思います。
階段から見た前御門。
やっと三重櫓の内部に潜入です。入場は無料。
復元に使用された木材は、戊辰戦争の「白河口の戦い」で激戦を繰り広げた稲荷山の杉です。
白河口の戦いは仙台藩や会津藩といった奥羽越列藩同盟軍が、進撃する新政府軍と100日間に渡って砲撃・銃撃戦を展開。
三重櫓の復元の際に伐採した杉から、戦闘時の弾丸が多く発見されたそうです。
通し柱に銃痕を見ることができます。
写真では左側の黒い穴が銃痕で、触ると金属の銃弾がめり込んでいました。まさに当時の戦闘を物語っています。
北側出窓部の石落とし。
急な階段を上がり二階に登ります。
東側の出窓。
床には石落としが設けられ、出窓は三方から攻撃できるようになっているので、死角を減らして攻撃する目的もあったと考えられます。
最長部となる3階の屋根。
横架材の梁には魚の鱗のような凸凹があります。
ちょうなで表面を削って凹凸をつける日本古来の技法。城に関わらず現存している歴史的建築物で見ることができます。
細かなところまで再現されています。
鉄砲狭間から見た北側。
階段から小屋組を間近で見てみます。
やはり木造での復元は素晴らしい。日本の素晴らしい建築技術は、伝えうる建築物があって初めて継承されていきます。
そういった側面から見ても、歴史的建造物を木造復元するというのはとても意味があります。
三重櫓の脇にある、おとめの桜。
本丸から突き出した場所に石碑が建てられています。
城の石垣が何度も崩れたため人柱が立てられることになり、父を心配して城へやってきた藩士の娘「乙女」が犠牲になったという伝承があります。
桜の木は戊辰戦争の戦火で失われ、現在の桜は二代目となります。
おとめの桜から見た北側。
帯曲輪が綺麗に整備されています。
三重櫓から見た本丸跡。
本丸には御本城御殿と呼ばれる御殿建築が建てられており、畳数は707畳とする記録が残っています。
この本丸いっぱいに御殿が造られたと考えられます。
階段から見た三重櫓。
本丸に残る井戸跡。
竹之丸から見た前御門と三重櫓。
ここからの撮影は定番スポット。三重櫓から前御門まで雛壇畳になっているので、この場所に立つと様々な角度から狙われていることを感じます。
前御門は本丸の正門となっていました。
高さは約11m、間口8.3mで天守と同じ下見板張りの本瓦葺き。
本丸の正門らしい格式の高さを感じる城門です。
前御門と接続された間口の短い多聞櫓は、本来はL型で本丸西側まで長く伸びていました。
本丸西側の石垣。
石垣の手すりがあるあたりに多聞櫓が建っていました。
竹之丸から見た内堀。
一段下がって水堀があり、二の丸となります。
左奥の高い石垣が竹之丸二重櫓の櫓台石垣です。
前御門の礎石。
江戸時代の礎石は保存のために地中に埋められているようです。
来た道を戻って、矢之門から外堀を歩きたいと思います。
再び矢之門の前にある和堂門の土塁。
この背後に搦手門跡があります。
搦手門跡。
夏なので草も絶好調に生き生きしており、だいぶ埋もれていますが喰違いのクランクになっています。
90度折れ曲がると搦手門の石垣が残ります。
奥には三重櫓も見えます。
搦手門の石垣と三重櫓。隅石は算木積み。
かなり良い写真が撮れました。
高石垣は矢之門脇の櫓台石垣。
ネットでは本丸石垣が白河小峰城では一番高いという情報をよく目にしますが、矢之門の櫓台石垣の方が高いように感じます。
外堀対岸から見た搦手門方面。
正面が矢之門跡で、左側が搦手門跡。
そして左側には外堀から搦手門に架かる土橋。
外堀から見た三重櫓。
現地スタッフさんの話では、北側の防御性が高いのは仙台の伊達政宗を意識したからと考えられているようです。
会津若松城も豊臣政権下においても、江戸幕府の時代においても常に信頼のおける大名が配置されたのは、仙台藩を含めた東北諸藩の抑えだったと言われています。
もし、仙台藩伊達氏の抑えで設計されているのであれば、歴史とは不思議なものです。結果的には仙台藩と共に新政府軍を迎え撃ったわけですから。
城郭の北側と西側を囲む外堀。
外堀から見た北西隅の石垣。
同じく北西隅の石垣と北側外堀。
城郭西側と外堀。
再び北側から晴れ間が見えてきました。
城郭南西隅と外堀。
外堀からの写真を連載。
外堀沿いを歩くと白河小峰城のイメージが一新されました。堀幅が広いのでまるで水に浮かぶ城です。
白河小峰城は総構えの城だったので、何重にも堀を設けて城下を取り込んだスタイルでした。
市街地化が進んだ中で今でも、幾つかの遺構が街の中に残っています。
太鼓櫓も白河小峰城の唯一の現存建築として移築されています。
今回は、前回見逃した箇所を2時間半かけて周りました。
清水門の復活に合わせてまた来たいと思いますので、周りきれなかった旧三之丸と外堀跡は宿題となります。
会津門跡から小峰城歴史館に戻り、今回の遺構巡りは終了です。
城めぐりを始めた当初は、建築物や本丸に一直線に行っていたので、本当の意味で城めぐりをしていませんでした。
何度も城めぐりをしている中で、理解して周る大切さを知り、可能な限り隅々まで見るようになりました。
3年前に同じ城を見ているのに、全く違う城を見ているような感覚でした。
少し角度が変われば、天気が変われば、季節が変われば違った顔になる。
だから何度でも行きたくなる。それが城です。
今月で本格的に城めぐりを始めてから3年が経過し、123城の城に出会うことができました。
お城が好きな方も、これから好きになる方も興味持ってもらえる内容を、これからもお届けしたいと思います。
白河市といえば白河ラーメン。
市内には100店舗以上のお店があります。
手打ち中華そば もりさんでチャーシューワンタンを頂きました。
ぷりぷりの手打ち麺、醤油が引き立った鶏がらスープ。身体中に染み渡り最高でした。
ご当地グルメを味わうのも旅の楽しみです。
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