愛知県北部、木曽川のほとりに佇む犬山城は、現存する日本最古の天守を誇る国宝です。室町時代の天文6年(1537年)、織田信長の叔父・信康によって築城されたこの城は、戦国時代から江戸時代を通じて数々の武将たちが奪い合った要衝の地。
その歴史的価値から、姫路城、松本城、彦根城、松江城と並ぶ国宝五城の一つに数えられています。
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犬山城の見どころ

現存天守

天守地階

門跡

石垣

本丸鉄門

本丸跡
名古屋城カルテ
■攻略のレーダーチャート(ポイント)
■ポイント
- 全国的に大変貴重な現存天守があるが、そのほかの遺構は石垣と堀などで遺構としては少ない
- 本丸を中心としたエリアが整備されており、範囲は狭い
- 天守から見るロケーションと木曽川かわ見る城郭は美しく、城下町も素晴らしい
平均:73/100 ポイント
合計:440/600 ポイント
おススメ度:★★★★☆☆
■見どころバロメーター
■愛知県 主要城郭との比較(ポイント)
※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー
名城スタンプと御城印
※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。
日本100名城スタンプ設置場所
・城郭内(門2階の管理事務所)で押印
御城印販売
・犬山城前観光案内所で購入


犬山城 周辺天気
| 別名 | 白帝城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 平山城 |
| 天守構造 | 複合式望楼型 3層4階地下2階(1596年築、1620年改) |
| 築城主 | 織田信康 |
| 築城年 | 1537年(天文6年) |
| 主な改修者 | 成瀬正成 |
| 主な城主 | 織田氏、豊臣氏、石川氏、平岩氏、成瀬氏、公益財団法人犬山城白帝文庫 |
| 廃城年 | 1871年(明治4年) |
| 遺構 | 現存天守、石垣、土塁 |
| 指定文化財 | 国宝(天守) 国の史跡 |
| 再建造物 | 櫓、門(模擬) |
写真で見る犬山城
マップ
アクセス
◾️公共交通機関
・名鉄犬山線「犬山遊園駅」徒歩15分
◾️車・バイク
・東名高速道路「小牧IC」から30分
・中央自動車道「小牧東IC」から30分
■駐車場
・専用有用駐車場あり
犬山城について
尾張国と美濃国の境にあり、木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。別名の白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩『早発白帝城』(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられる。
前身となる岩倉織田氏の砦を織田信長の叔父・織田信康が改修して築いた城であり、その後、池田恒興や織田勝長が入城、豊臣政権の時に石川貞清(光吉)が改修し現在のような形となった。また、小牧・長久手の戦いや関ヶ原の戦いにおける西軍の重要拠点となった。
江戸時代には尾張藩の付家老の平岩親吉が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)ごろである。
2004年(平成16年)3月末日までは日本で唯一の個人所有の城であったが、同年4月1日付けで設立された財団法人犬山城白帝文庫(現在は公益財団法人)に移管されている。2006年(平成18年)4月6日には、日本100名城(43番)に選定された。犬山市は又、失われた建造物の木造復元や石垣、堀、土塁を調査して復元する計画もある。
天守
犬山城の天守は、外観3重、内部は4階、地下に踊場を含む2階が付く。天守南面と西面に平屋の付櫓が付属する複合式で、入母屋2重2階の建物の上に3間×4間の望楼部を載せた望楼型天守である。
窓は突上窓と火灯窓、両開き窓なと、地階1・2階出入口を含めて、総延面積は698.775平方メートルに達する。 天守台石垣は野面積という積み方で、高さは5メートルある。天守の高さは19メートルある。
なお、2017年(平成29年)7月12日16時過ぎ、鯱が胴体から尾にかけて大きく破損しているのが見つかった。天守の北側にある避雷針が曲がっており、この日は午後から雷雨が降っていたため、犬山市は落雷が原因とみている。
鯱は瓦製で作り直されて、2018年2月26日に天守へ設置。同年3月17日に記念式典が開かれた。
創建の時期
1961年(昭和36年)から1965年(昭和40年)に行われた犬山城天守の解体修理と古文献等から、この天守は下の2重2階の主屋が1537年(天文6年)または、1601年(慶長6年)に建てられ、1620年(元和6年)頃に3、4階を増築。その後唐破風の付加などが行われて現在の姿になったと考えられた。
2019年から犬山市の依頼で名古屋工業大学大学院などが行った建築材の年輪年代法による調査では、柱やはり、床板など、天守の主な建築材は1585年からの3年間に伐採されたものと判明し、当初から1階から4階まで現在のような姿で建築されたものとみられると報告された。
大手門枡形跡
江戸時代、犬山城南側には城の内外を隔てる外堀や大手門があったが、史料から1876年(明治9年)までに取り壊されたことが分かっている。跡地には犬山町時代、町役場が置かれ、さらにその後の1970年(昭和45年)10月には総合福祉センター(のち福祉会館)が開館した。開館から約50年が経過した2017年(平成29年)、老朽化を理由に福祉会館を2020年度に解体撤去する方針が示された。
2021年(令和3年)3月、福祉会館の解体が終了。7月から跡地の発掘調査を実施したところ、江戸時代の絵図と一致する外堀が良好な状態で残っていることが確認された。水のない空堀で石垣を造らない素掘りだったことも判明した。
見つかった外堀の幅は17.5メートル、深さ6.5メートル以上で、17世紀の絵図に記載された幅十間(約18メートル)、深さ四間(約7.2メートル)とほぼ一致した。堀の埋め立てに使われた土の検証から、廃城時と明治後半、大正~昭和初期、戦後の四回にわたって埋められたことも分かった。
2025年(令和7年)2月8日、犬山市は大手門桝形跡を「城見学の起点となる場所」などとして整備する方針を示した。具体的には、休憩所やトイレのある建物を造り、外堀や土塁があった場所が分かるようにするという。同年6月20日、文化審議会は大手門桝形跡が確認されている犬山市福祉会館跡地全体を国史跡に追加指定するよう文部科学大臣に求めた。
当該の跡地は天守から400メートルほど南に位置しており、飛び地のような形になる。この追加指定によって、指定面積は4万9273平方メートルになる。
移築建築物
◾️大手道黒門
徳林寺山門
◾️大手道矢来門
専修院東門
◾️内田御門
瑞泉寺山門
◾️松ノ丸本丸門
浄蓮寺
◾️松ノ丸裏門
常満寺山門
犬山城 周辺スポット
犬山成田山
真言宗智山派大本山成田山新勝寺の名古屋別院であり、御本尊は不動明王尊です。昭和28年10月に本堂が建立され、同11月3日に入仏落慶大法会が大盛儀に奉修され、大本山成田山名古屋別院大聖寺(通称犬山成田山)が開創されました。
今や中部地方最大の不動尊信仰の中心となっています。
日本庭園 有楽苑
国宝茶席三名席の1つ「如庵」を有する日本庭園。
如庵は、織田信長の弟であり茶の湯の創成期に尾張の国が生んだ大宗匠・織田有楽斎が京都の建仁寺に創建した茶室で、1936(昭和11)年に旧国宝の指定をうけた茶道文化史上貴重な遺構です。その他、重要文化財旧正伝院書院、古図にもとづいて復元した「元庵」、有楽苑での茶会のために建てられた「弘庵」があり、四季折々の庭園をお楽しめます。
犬山城 周辺宿泊施設

犬山城 攻城の拠点
愛知県の城を攻める































