足利氏館(鑁阿寺)【日本100名城】

足利氏館は鑁阿寺(ばんなじ)といい、真言宗大日派の本山です。もともとは足利尊氏の先祖にあたる義兼が築いた館であり、国の史跡や日本100名城に選ばれています。

現在でも寺の境内の周囲には土塁と堀がめぐっており、一般的に方形居館と呼ばれる鎌倉時代前後の武士の館の面影が残されている。また、館の南方には坂東の大学と呼ばれた日本最古の学校である足利学校がある。

足利氏館(鑁阿寺)の見どころ

歴史ポイント

足利氏は平安時代の武将 源義家の三男 源義国が私領を寄進したことから発祥した一族。
後に源義康が足利氏を名乗るようになると、足利荘の中心部に広大な居館を築いたのが足利氏館の起源です。
1180年にはじまった源平の争乱期で源頼朝の挙兵にいち早く呼応し、武功を立てたことで足利氏の地位を確立しました。
足利義兼は、1195年に出家を決意。このとき足利氏館に持仏堂を建立。以降、足利氏館は徐々に居館から寺院へと変貌を遂げます。後に足利氏館は正式に鑁阿寺と名乗るようになり、居館としての役割を終えました。

遺構ポイント

現在の足利氏館は鑁阿寺となっていますが、当時の特徴でもある方形居館の形状が残されています。
寺院でありながら、方形の敷地は土塁で囲まれ、周囲には水堀を巡らせています。土塁の上を歩くこともできます。
鑁阿寺の本堂は国宝に指定され、経堂には足利氏歴代将軍の木造座像が安置されています。
通常は非公開ですが、特別公開もしているので要チェックです。

土塁

水堀

東門

本堂

足利氏館カルテ

■攻略のレーダーチャート(ポイント)

■ポイント

  • 方形居館らしく水堀と土塁が綺麗に残っている。範囲はコンパクト
  • JR足利駅からも近いのでアクセスは良好
  • 後の室町幕府15代将軍を生んだ足利氏の本拠だったので歴史的な価値は高い

平均:61/100 ポイント
合計:365/600 ポイント
おススメ度:★★★☆☆☆

■見どころバロメーター

※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー

名城スタンプと御城印

※スタンプ設置場所や御城印販売所の場所、営業時間は最新情報をご確認ください。

日本100名城スタンプ設置場所

・鑁阿寺本堂
 境内・本堂参拝時間: 6:00〜16:30

御城印販売

・鑁阿寺本堂
 境内・本堂参拝時間: 6:00〜16:30

足利氏館周辺の天気

所在地栃木県足利市家富町2220
山号金剛山(こんごうさん)
院号仁王院(におういん)
宗旨新義真言宗
宗派真言宗豊山派 → 真言宗大日派
寺格本山
本尊大日如来
創建年1196年(建久7年)
開基鑁阿(足利義兼)
正式名金剛山仁王院法華坊鑁阿寺
別称大日様
札所等(御朱印)関東八十八箇所第16番(大日如来)
聖観音
大黒天(足利七福神)
文化財本堂(国宝)、鐘楼、経堂、金銅鑁字御正体ほか(国の重要文化財)
足利氏宅跡(国の史跡)
御霊屋、多宝塔、木造大日如来像、木造足利歴代将軍坐像ほか(県文化財)

写真で見る足利氏館(鑁阿寺)

足利氏館 水堀
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足利氏館 水堀
足利氏館 楼門
鑁阿寺本堂
鑁阿寺本堂 鯱
足利氏館 東門
足利氏館 南側水堀と土塁
足利氏館 土塁上から見た水堀
足利氏館 鐘楼
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マップ

アクセス

■公共交通機関
・JR両毛線「足利駅」から徒歩10分
・東武伊勢崎線「足利市駅」から路線バス「あしバスアッシー」松田線に乗り「大日西門」バス下車
・東武鉄道東武伊勢崎線・足利市駅から徒歩15分

■車・バイク
・北関東自動車道「太田桐生IC」から約15分
・北関東自動車道「足利IC」から約10

■駐車場
・鑁阿寺 境内 駐車場(無料)
・太平記館 観光駐車場(無料)

足利氏館について

足利氏館は、平安時代末期から鎌倉時代初期頃に源姓足利氏2代目・足利義兼が建てた居館です。足利氏館は鑁阿寺となっていますが、その別名は足利義兼の法名に由来。
足利義兼は晩年出家して「鑁阿」(ばんな)と称したことから、その法名にちなんで寺院の名が付けられたと言われています。

足利氏館の外周は北約223m、南約211m、東約175m、西約206m。北・東・西を山で囲まれ、南には関東平野が広がり渡良瀬川も流れているため、地の利を活かして敵の侵入を防ぐには最適な館でした。
立地だけでも攻め込みづらいのですが、さらに足利義兼は館の四周に土塁(どるい:土で築いた堤防や砦)や水堀(みずぼり:水を入れた堀)を造成。東西南北に設けた門も堀で囲み、防御力を高めました。なお、このように堀や土塁で四角く囲んだ造りの館は、「方形居館」(ほうけいきょかん)と呼ばれます。

敷地内には、国宝に指定された本堂(ほんどう:寺院において建物の中心となる殿堂)、国指定重要文化財に指定された「一切経堂」(いっさいきょうどう:足利義兼が妻の供養として建立したお堂)などの建造物、鐘楼(しょうろう:寺院などで鐘を設置した建物)などが立地。歴史を感じることができます。

歴史

足利義兼が足利氏館を建てたのは平安時代末期から鎌倉時代初期と言われていますが、正確には分かっていません。当初は足利氏の居館として建てられたものの、次第に居館としては使用されなくなりました。

1196年(建久7年)、足利義兼は館の敷地内に「堀内御堂」という持仏堂を建立し、大日如来(だいにちにょらい:大乗仏教の仏)を奉納。その後、妻「北条時子」(ほうじょうときこ)の死をきっかけに出家した足利義兼は「鑁阿」を法名とし、自身の改称と共に堀内御堂の名も鑁阿寺へ改めました。

足利義兼の死後、息子の「足利義氏」(あしかがよしうじ)によって堀の外に十二支院が建てられ、鑁阿寺は足利氏の氏寺(うじでら:建立した氏族の繁栄を祈り、祖先の安らかなる眠りを願う寺)となります。足利氏館は1922年(大正11年)に「足利氏館」(鑁阿寺)として国の史跡に指定されており、本堂は2013年(平成25年)に国宝となりました。

ナビゲーター

MEMO
城郭としての遺構は少ないものの、門の礎石や形式など城郭建築の礎を見ることができます。国宝の本堂も一見の価値があります。

足利氏館(鑁阿寺) 周辺スポット

足利鹿島園温泉

ゴルフ練習場や湯の里梅園、ダンス・イベントホールもある温泉施設。温泉は100%天然温泉でアルカリ性単純温泉。リーズナブルな値段の宿泊施設もあり、また休憩部屋としても使える。標高285mの大坊山のハイキングの拠点としても人気が高い。

史跡 足利学校

創建は現在も解明されていない。足利学校の歴史が明らかになるのは室町時代中期で、上杉憲実が関東管領になると学校を整備し書籍の寄進や庠主(校長)を招き入れ、学生の養成をしました。16世紀の初頭には生徒は三千人を数え、フランシスコ・ザビエルによって海外にも紹介されました。

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