片倉城は東京都八王子市片倉町にあった平山城。扇谷上杉氏の家臣長井氏が拠ったとされます。
築城主体や年代の特定は困難ですが、深大寺城跡などの他の中世城郭との比較から十五世紀後半以降に築城され、十六世紀代に廃城となったと推定されます。しかし、城郭としての配置や技法、古川越街道や鎌倉街道と隣接する交通の要衝であることから、小田原北条氏による築城や利用の可能性も指摘されています。
お城ニュース ※外部リンク
2026年7月11日
住吉神社夏まつり 2026.8.23(日)
片倉城の見どころ

奥の沢

北側馬出

西側馬出

虎口

土橋

二の丸

二の丸西側 空堀

二の丸西側 竪堀

二の丸土塁

二の丸南側 空堀

本丸

本丸竪堀

本丸南側 空堀

本丸東側 空堀
片倉城カルテ
■攻略のレーダーチャート(ポイント)
■ポイント
- 城郭南側と西側には堀や土橋などが良好に残っている。北側の奥の沢は天然の要害となっており、全体的には城郭形状が綺麗に保存されている。
- 城郭自体はコンパクトで、城内には城跡の史跡としての解説板などは乏しい
- 京王片倉駅とJR片倉駅が最寄りでアクセスが良好
平均:60/100 ポイント
合計:410/600 ポイント
おススメ度:★★★★☆☆
■見どころバロメーター
■東京都 主要城郭との比較(ポイント)
※全ての城にそれぞれの魅力があります。当サイト独自のデータになります。

写真でめぐる お城ツアー
片倉城の御城印
※現在、片倉城の御城印は販売されていません。
片倉城 周辺の天気
| 別名 | 八王子城 |
|---|---|
| 城郭構造 | 平山城 |
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 長井時広(永井とも)か |
| 築城年 | 室町時代(15世紀?) |
| 主な城主 | 大江姓長井氏(永井とも) |
| 廃城年 | 不明(16世紀?) |
| 遺構 | 空堀、土塁 |
| 指定文化財 | 東京都指定史跡 |
写真で見る片倉城
マップ
アクセス
■公共交通機関
・JR横浜線「片倉駅」:徒歩約5分
・京王高尾線「京王片倉駅」徒歩約10分
■車・バイク
・中央自動車道「八王子IC」から国道16号経由
■駐車場
・専用無料駐車場あり(22台 / 利用時間 9:00〜17:00)
歴史・沿革
片倉城の歴史は不明な点が多く、築城年や廃城年などは明らかになっていない。
室町時代、大江広元を祖先に持つ大江備中守師親あるいは長井時広が在城(築城)したと言われているが、諸説ある。
長井氏以降の片倉城に関しては詳らかでないが、その堅固な構造から、後北条氏の領地になってからも砦として戦国時代後期まで使用されたと考えられる。
永禄12年1569年、武田信玄が後北条氏の本拠 小田原城を包囲。武田軍の退却時に北条軍は追撃。そして三増峠の戦いが勃発します。北条氏照と北条氏邦が片倉城より出陣したと云われている。
昭和46年(1971年)、八王子市により片倉城跡公園として整備される。平成11年(1999年)3月3日、東京都指定史跡となる。
片倉城 周辺スポット
住吉神社
片倉城の本丸下に鎮座する神社。
鎌倉管領片倉城主、長井大善大夫道広が、応安5年(1372年)城の鎮守の神として、摂津国(大阪市)住吉大社を勧請したと伝わります。
慶安2年(1649年)、徳川三代将軍より朱印七石を受けました。
国史跡 小仏関跡
江戸時代、甲州道中でもっとも堅固と言われた関所です。
天正年間(天正元年(1573年)から文禄元年(1592年))に北条氏照が武蔵国と相模国境の要衝として小仏峠の頂上に築いたのがはじまりと言われ、その後麓に下ろされ、更に北条氏滅亡後の天正18年(1590年)に関東に入った徳川家康によって、現在地に移設され整備されたといわれています。
曹洞宗 金龍山 信松院
武田信玄四女松姫尼公を開基とし、天正18年(1590)創建の寺院です。
松姫さまは七歳の時に織田信長の長男信忠と婚約しましたが、三方ヶ原の戦いで両家は戦うようになり解消されました。
天正10年武田家は滅亡し、松姫は八王子へ落ちのび恩方にある心源院というお寺に入って尼僧になり創立したのが信松院です。
片倉城 周辺宿泊施設

片倉城 攻城の拠点
東京都の城を攻める














































